勝海舟「氷川清話」
【無用意と根気】
■ (それからまた)、世に処するには、どんな難事に出会っても臆病ではいけない。‘さあなにほどでも来
い。おれの身体が、ねじれるならば、ねじってみろ‘という料簡で事をさばいてゆくときは、難時が到来
すればするほどおもしろ味がついてきて、物事は造作もなく落着してしまうものだ。
なんでも大胆に、無用意に、打ちかからなければいけない。どうしようか、こうしようか、と思案してか
かる日にはもういけない。むずかしかろうが、やさしかろうが、そんなことは考えずに、いわゆる無我と
いう心境に入って、無用意で打ちかかって行くのだ。
もし成功しなければ、成功するところまで働き続けて、けっして間断があってはいけない。世の中の
人は、たいてい事業の成功するまでに、はや根気が尽きて疲れてしまうから大事ができないのだ。
根気が強ければ、敵もついには閉口して、味方になってしまうものだ。確固たる方針をたて、決然た
る自信によって、知己を千載のもとに求める覚悟で進んで行けば、いつかは、わが赤心の貫徹する機
会がきて、従来敵視していた人の中にも、互いに肝胆を吐露しあうほどの知己ができるものだ。区々
たる世間の毀誉褒貶を気にかけるようでは、とうていしかたがない。
■ そこへいくと、西郷などは、どれほど大きかったかわからない。高輪の一談判で、おれの意見を通じて
くれたのみならず、江戸鎮撫の大任までを一切おれに任せておいて少しも疑わない。
そのほかのむずかしい事件でも持ち上がると、すぐにおれの処へまかせかけて、「勝さんが万事くわ
しいから、よろしく頼みます」などと澄ましこんで、昨日まで敵味方であったという考えは、どこかへ忘れ
てしまったようだ。その度胸の大きいには、おれもほとほと感心したよ。あんな人物に出会うと、たいて
いなものが知らずしらずその人に使われてしまうものだ。小刀細工や、口先の小理屈では、世の中は
どうしても承知しない。
参考・松下幸之助さんの語録に「成功とは成功するまでやることだ」と同じものがある。