携帯小説 『海月と龍』 -2ページ目

Let forver be




「波音ちゃん。マジ幸せになってくれよぉ」





カウンターに突っ伏して竜二が泣いていた。





ありがとう、と波音が笑いながら竜二のパンチパーマに絡まった色とりどりの紙吹雪を取ってやっていた。






僕はそっとカウンターを抜け出してベランダへ出た。







煙草をくわえ、側にあったビールケースに腰掛けた。






立て続けに三本吸った。







藤沢の街にネオンが輝き始めていた。






思い起こしてみれば、波音と出会ったのもこの街だった。






あの頃の全てが。






今では良い思い出に変わっていた。






ただ、ふと、あの頃が夢だった様に感じる時がある。






いつの間にか激変している環境。






携帯のアドレス帳に名前だけが残った音信不通のダチ。






そんな事に気付いて思う。






『この記憶は本当に俺の記憶なのか。じゃああの頃のあの場所や、あいつらはどこへ行った?』と。







「楓、こんなトコにいたのかよ」






振り返るとドアの前に健一が立っていた。

Let forever be




約一ヶ月後の週末。







『MULL』はいつになく騒がしかった。






ドアにはいつもの『会員制』のプレートの下に『本日貸し切り』の張り紙。






『Happy Wedding!!!』と大書きされた白い布が飾られた店内では約30人程のゲストが思い思いに歓談していた。





皆、僕と波音が今までお世話になった人達。





そしてこれからも何かとお世話になるであろう人達。







皆から祝福の言葉を貰うのは、何だかくすぐったい。






店の片隅にはDJブースが設置され健一がレゲエを流している。






「おい、ベランダ軍団なんかテキーラ持って来い!」






ボルサリーノにタキシード姿の健一が目の前に陣取ったガキ共に叫ぶ。






いつも用心棒代わりにベランダで安く飲ませている連中。






ほとんどが未成年だ。





ただ、前に『あんな事』があったからには、





用心をするに越した事は無い。






まあ、まさに『諸刃の刃』だが。






連中の一人がカウンターに走り寄ってきた。





「楓さん、たまには中も良いっすね!」






「今日は特別だ。明日からは、またしっかり見張っといてくれよ。確か、お前らもテキーラ好きだったよな」







ガキに冷蔵庫で冷やしたサウザをボトルごと三本渡してやる。






「ありがとうございます!任しといてくださいよ。伊吹なんて野郎が来たら、瞬殺ですから」






「頼んだぞ」






「うぃっす」






ガキがサウザを抱えて元気よく凱旋していく。






ガキ共の間から歓声が上がった。

好きにならずにはいられない




「波音…」



「なに?」



扇子を使う手を止め、波音が振り向いた。




同時に紅牡丹が勢い良く弾け、その横顔を鮮烈なまでに紅く染め上げた。




僕は波音の手を取ると、そこに指環をそっと乗せた。




「これ…」




「分かるか?」




「あの人がお父さんから貰った指環…お父さんが死んで、伊吹と付き合うようになってからも絶対外さなかったの…どうして楓が?」



「波音の事を頼みます、って俺にその指環を託してくれたんだよ」



「そうなの…」




波音はそう呟くと、掌(てのひら)の指環に視線を落とした。




僕は正面(まえ)を向き、闇にぼんやりと浮かんだ江の島を眺めた。




不意に花火が続け様に上がり海岸線から歓声が沸き起こった。




不安定な光源が支える視野の隅。




波音が肩を震わせていた。




「辛いよな、親を憎むのって」




「うん…あの人を憎んだ分だけ、自分の事が嫌いになってた…」




「ゆっくりで良いから…お母さんの事、許していってみるか?」




「…やってみる、私の為に」




指環を凝視したまま波音が頷いた。




波音のリクライニングチェアーに移り、抱き締めた。




こんな強くて、綺麗で、愛しい女の子は、エルビスだって『好きにならずにはいられない』筈だ。




僕は塩辛い波音の瞼(まぶた)や頬にキスをしながら、プロポーズをした。



(続く)