Let forver be
「波音ちゃん。マジ幸せになってくれよぉ」
カウンターに突っ伏して竜二が泣いていた。
ありがとう、と波音が笑いながら竜二のパンチパーマに絡まった色とりどりの紙吹雪を取ってやっていた。
僕はそっとカウンターを抜け出してベランダへ出た。
煙草をくわえ、側にあったビールケースに腰掛けた。
立て続けに三本吸った。
藤沢の街にネオンが輝き始めていた。
思い起こしてみれば、波音と出会ったのもこの街だった。
あの頃の全てが。
今では良い思い出に変わっていた。
ただ、ふと、あの頃が夢だった様に感じる時がある。
いつの間にか激変している環境。
携帯のアドレス帳に名前だけが残った音信不通のダチ。
そんな事に気付いて思う。
『この記憶は本当に俺の記憶なのか。じゃああの頃のあの場所や、あいつらはどこへ行った?』と。
「楓、こんなトコにいたのかよ」
振り返るとドアの前に健一が立っていた。
Let forever be
約一ヶ月後の週末。
『MULL』はいつになく騒がしかった。
ドアにはいつもの『会員制』のプレートの下に『本日貸し切り』の張り紙。
『Happy Wedding!!!』と大書きされた白い布が飾られた店内では約30人程のゲストが思い思いに歓談していた。
皆、僕と波音が今までお世話になった人達。
そしてこれからも何かとお世話になるであろう人達。
皆から祝福の言葉を貰うのは、何だかくすぐったい。
店の片隅にはDJブースが設置され健一がレゲエを流している。
「おい、ベランダ軍団なんかテキーラ持って来い!」
ボルサリーノにタキシード姿の健一が目の前に陣取ったガキ共に叫ぶ。
いつも用心棒代わりにベランダで安く飲ませている連中。
ほとんどが未成年だ。
ただ、前に『あんな事』があったからには、
用心をするに越した事は無い。
まあ、まさに『諸刃の刃』だが。
連中の一人がカウンターに走り寄ってきた。
「楓さん、たまには中も良いっすね!」
「今日は特別だ。明日からは、またしっかり見張っといてくれよ。確か、お前らもテキーラ好きだったよな」
ガキに冷蔵庫で冷やしたサウザをボトルごと三本渡してやる。
「ありがとうございます!任しといてくださいよ。伊吹なんて野郎が来たら、瞬殺ですから」
「頼んだぞ」
「うぃっす」
ガキがサウザを抱えて元気よく凱旋していく。
ガキ共の間から歓声が上がった。
好きにならずにはいられない
「波音…」
「なに?」
扇子を使う手を止め、波音が振り向いた。
同時に紅牡丹が勢い良く弾け、その横顔を鮮烈なまでに紅く染め上げた。
僕は波音の手を取ると、そこに指環をそっと乗せた。
「これ…」
「分かるか?」
「あの人がお父さんから貰った指環…お父さんが死んで、伊吹と付き合うようになってからも絶対外さなかったの…どうして楓が?」
「波音の事を頼みます、って俺にその指環を託してくれたんだよ」
「そうなの…」
波音はそう呟くと、掌(てのひら)の指環に視線を落とした。
僕は正面(まえ)を向き、闇にぼんやりと浮かんだ江の島を眺めた。
不意に花火が続け様に上がり海岸線から歓声が沸き起こった。
不安定な光源が支える視野の隅。
波音が肩を震わせていた。
「辛いよな、親を憎むのって」
「うん…あの人を憎んだ分だけ、自分の事が嫌いになってた…」
「ゆっくりで良いから…お母さんの事、許していってみるか?」
「…やってみる、私の為に」
指環を凝視したまま波音が頷いた。
波音のリクライニングチェアーに移り、抱き締めた。
こんな強くて、綺麗で、愛しい女の子は、エルビスだって『好きにならずにはいられない』筈だ。
僕は塩辛い波音の瞼(まぶた)や頬にキスをしながら、プロポーズをした。
(続く)