花火
また一つ、江ノ島の夜空に大輪の造花が咲いた。
光の花弁が連なり、枝垂(しだ)れ、やがて相模湾に溶けていった。
「綺麗…花火がすっごい近いよ。あっ!お酒持って来るけど、楓はまだビールで良いかな?」
波音はリクライニングチェアーから起き上がると、浴衣の裾(すそ)を直し、リビングへと姿を消した。
季節は初夏から盛夏(せいか)へと移っていた。
僕は、腹の底を揺さぶるような号音を聞きながら左の袂(たもと)を探った。
ざらついた感触が指先に伝わった。
革の巾着袋。
中にはダイヤの指環。
波音の母親から託されていたが、渡しそびれたまま僕の手元にあった。
今夜、渡そうと思う。
僕の想いや決意と共に。
「おうっ!つめてえっ!」
思わず跳ね起きた。
「お待たせ~!」
左の頬に触れたコロナと波音の唇。
「何すんだよ。びっくりさせんなよ」
「えっ!ねえねえ、どっちに?」
「んっ?」
チェアーに腰掛け、悪戯っ子の目で僕を見つめる波音。
「はいはい、お前だよ」
僕はようやく意味を理解しチェアーに寝そべると顔を背(そむ)けボトルを傾けた。
「照れ屋さんだな!」
波音もシートを倒した様だった。
夜空で弾ける造花達。
押しては引く歓声は潮騒の様。
五頭龍も眺めているのだろうか。
僕は袂へと手を入れた。
(続く)
楓の休日④
やべぇな…
気付いたら十時回っちまってたよ。
なんでパワプロなんか始めたんだ。
『サクセス』三回もやっちまったもんな。
しかも全員ドラフトにかかんねえでやんの、
ハハハ…
ああ…もう腹減ったの通り越して、腹いてえよ。
もう、無理だ。
注文する余力すらねえ。
冷蔵庫の中に確かウィダーがあったべ。
取りあえずあれで。
おお、あったあった。
んっ?
携帯、鳴ってやがる。
誰だこの番号…
「もし?」
〈楓くん?〉
何か聞き覚えのある声だな。
「どなた?」
〈レミです…あっ!ごめんなさい。波音の母です〉
「ああ…ご無沙汰してます」
〈番号…麦田さんに聞いたの。波音はそこにいる?〉
「いませんけど」
〈そう…でも、いいの。あなたにお礼が言いたくて。波音に捜索願出させたのあなたでしょ?〉
「いや…あれは波音が自分の意思で決めた事です」
〈えっ?〉
「波音も、もう前に進みたいんですよ」
ゆっくりと溜め息が漏れていく音。
〈そうだったの…あの子が…あれ、良かったらあなたから波音に渡してあげて〉
「『あれ』ってあの巾着袋…」
〈ありがとね。じゃあ〉
「ちょっと待ってください!」
〈はい?〉
「どうして伊吹をかばったんです?」
〈…あいつをかばった訳じゃないわ〉
「えっ?」
〈波音の事、よろしくお願いします〉
電話が切れた。
寝室へ向かった。
クローゼットの扉を開いた。
中にはだいぶ使い込まれた金庫がある。
ダイヤルを合わせ、中から巾着袋を取り出した。
ベッドに寝転がり、袋の口を広げた。
逆さにすると中から転がり出て来たのは…
指輪だった。
ダイヤモンドがはめられたプラチナの指輪。
「ただいまあ!」
ウィダーを啜りながら、その不思議な輝きを見ていると波音が帰ってきた。
指輪をポケットにしまった。
「なんでウィダーなんか飲んでるの?ピザは?」
「何か食いそびれちゃって」
「食べそびれた、って…電話するだけで良いのに」
「そんな事もあるんだよ」
僕は答えながら、指輪をいつ波音に渡そうかと考えていた。
(続く)
楓の休日③
竜二はどうだろな。
「もし」
〈おう…なんだよ?〉
「ピザ食わねえか?」
何だか竜二の奴、元気ねえな…
〈はあ…ピザね…お前は良いよなあ〉
「何かあったのか?」
〈ああ…実はな…昨日、ウチの馬鹿社員がかなりブラック気味のグレー客に二百万、追加融資しやがってよ…〉
「二百万かよ…よく回したな。焦げ付いたらどうすんだ」
〈なっ?普通そう思うだろ?報告聞いて蹴り入れて即、クビにしてやったぜ、あのタコ〉
「でも、何でお前もそんなのにOK出したんだよ?」
〈それがよお…聞いてくれよ。昨日は俺、本社行ってたから電話で承認確認受けてな。あのタコが『何とか「2」で承認頂けませんか?』って言って来てよ〉
「で、お前はまさか『2』が『二百万』だと思わず承認しちまった、って訳か」
〈ああ…普通二十だと思うだろ?まあ、基本的な確認を怠った俺が悪いんだが…〉
「そりゃ災難だったな」
〈だから今その客を探しに出してんだよ。いくらか詫び料包んでも、二百が丸々焦げ付くよかマシだからな。まあ、そう言う訳で今日は体、あきそうもねえよ〉
「おお…忙しいトコ悪かったな」
〈ああ…また『Mull』に飲みに行くからよ。波音ちゃんにヨロシクな〉
はあ…竜二も大変だな。
ていうか、今日はウィークデイだったな。
誰か暇そうな奴いねえかな。
腹減ったな…
(続く)