携帯小説 『海月と龍』 -3ページ目

花火




また一つ、江ノ島の夜空に大輪の造花が咲いた。







光の花弁が連なり、枝垂(しだ)れ、やがて相模湾に溶けていった。







「綺麗…花火がすっごい近いよ。あっ!お酒持って来るけど、楓はまだビールで良いかな?」







波音はリクライニングチェアーから起き上がると、浴衣の裾(すそ)を直し、リビングへと姿を消した。







季節は初夏から盛夏(せいか)へと移っていた。







僕は、腹の底を揺さぶるような号音を聞きながら左の袂(たもと)を探った。








ざらついた感触が指先に伝わった。







革の巾着袋。







中にはダイヤの指環。





波音の母親から託されていたが、渡しそびれたまま僕の手元にあった。







今夜、渡そうと思う。





僕の想いや決意と共に。







「おうっ!つめてえっ!」







思わず跳ね起きた。







「お待たせ~!」







左の頬に触れたコロナと波音の唇。






「何すんだよ。びっくりさせんなよ」






「えっ!ねえねえ、どっちに?」






「んっ?」






チェアーに腰掛け、悪戯っ子の目で僕を見つめる波音。







「はいはい、お前だよ」






僕はようやく意味を理解しチェアーに寝そべると顔を背(そむ)けボトルを傾けた。







「照れ屋さんだな!」






波音もシートを倒した様だった。







夜空で弾ける造花達。





押しては引く歓声は潮騒の様。







五頭龍も眺めているのだろうか。






僕は袂へと手を入れた。


      (続く)

楓の休日④




やべぇな…



気付いたら十時回っちまってたよ。



なんでパワプロなんか始めたんだ。



『サクセス』三回もやっちまったもんな。



しかも全員ドラフトにかかんねえでやんの、



ハハハ…



ああ…もう腹減ったの通り越して、腹いてえよ。



もう、無理だ。



注文する余力すらねえ。



冷蔵庫の中に確かウィダーがあったべ。



取りあえずあれで。



おお、あったあった。


んっ?



携帯、鳴ってやがる。


誰だこの番号…



「もし?」



〈楓くん?〉



何か聞き覚えのある声だな。



「どなた?」



〈レミです…あっ!ごめんなさい。波音の母です〉



「ああ…ご無沙汰してます」



〈番号…麦田さんに聞いたの。波音はそこにいる?〉



「いませんけど」



〈そう…でも、いいの。あなたにお礼が言いたくて。波音に捜索願出させたのあなたでしょ?〉



「いや…あれは波音が自分の意思で決めた事です」



〈えっ?〉



「波音も、もう前に進みたいんですよ」



ゆっくりと溜め息が漏れていく音。



〈そうだったの…あの子が…あれ、良かったらあなたから波音に渡してあげて〉



「『あれ』ってあの巾着袋…」



〈ありがとね。じゃあ〉



「ちょっと待ってください!」



〈はい?〉



「どうして伊吹をかばったんです?」



〈…あいつをかばった訳じゃないわ〉



「えっ?」



〈波音の事、よろしくお願いします〉



電話が切れた。



寝室へ向かった。



クローゼットの扉を開いた。




中にはだいぶ使い込まれた金庫がある。



ダイヤルを合わせ、中から巾着袋を取り出した。



ベッドに寝転がり、袋の口を広げた。



逆さにすると中から転がり出て来たのは…



指輪だった。



ダイヤモンドがはめられたプラチナの指輪。


「ただいまあ!」



ウィダーを啜りながら、その不思議な輝きを見ていると波音が帰ってきた。



指輪をポケットにしまった。




「なんでウィダーなんか飲んでるの?ピザは?」



「何か食いそびれちゃって」



「食べそびれた、って…電話するだけで良いのに」



「そんな事もあるんだよ」



僕は答えながら、指輪をいつ波音に渡そうかと考えていた。



(続く)

楓の休日③




竜二はどうだろな。







「もし」






〈おう…なんだよ?〉





「ピザ食わねえか?」





何だか竜二の奴、元気ねえな…






〈はあ…ピザね…お前は良いよなあ〉







「何かあったのか?」






〈ああ…実はな…昨日、ウチの馬鹿社員がかなりブラック気味のグレー客に二百万、追加融資しやがってよ…〉






「二百万かよ…よく回したな。焦げ付いたらどうすんだ」







〈なっ?普通そう思うだろ?報告聞いて蹴り入れて即、クビにしてやったぜ、あのタコ〉







「でも、何でお前もそんなのにOK出したんだよ?」







〈それがよお…聞いてくれよ。昨日は俺、本社行ってたから電話で承認確認受けてな。あのタコが『何とか「2」で承認頂けませんか?』って言って来てよ〉







「で、お前はまさか『2』が『二百万』だと思わず承認しちまった、って訳か」







〈ああ…普通二十だと思うだろ?まあ、基本的な確認を怠った俺が悪いんだが…〉







「そりゃ災難だったな」







〈だから今その客を探しに出してんだよ。いくらか詫び料包んでも、二百が丸々焦げ付くよかマシだからな。まあ、そう言う訳で今日は体、あきそうもねえよ〉






「おお…忙しいトコ悪かったな」






〈ああ…また『Mull』に飲みに行くからよ。波音ちゃんにヨロシクな〉






はあ…竜二も大変だな。






ていうか、今日はウィークデイだったな。







誰か暇そうな奴いねえかな。







腹減ったな…



(続く)