好きにならずにはいられない
「波音…」
「なに?」
扇子を使う手を止め、波音が振り向いた。
同時に紅牡丹が勢い良く弾け、その横顔を鮮烈なまでに紅く染め上げた。
僕は波音の手を取ると、そこに指環をそっと乗せた。
「これ…」
「分かるか?」
「あの人がお父さんから貰った指環…お父さんが死んで、伊吹と付き合うようになってからも絶対外さなかったの…どうして楓が?」
「波音の事を頼みます、って俺にその指環を託してくれたんだよ」
「そうなの…」
波音はそう呟くと、掌(てのひら)の指環に視線を落とした。
僕は正面(まえ)を向き、闇にぼんやりと浮かんだ江の島を眺めた。
不意に花火が続け様に上がり海岸線から歓声が沸き起こった。
不安定な光源が支える視野の隅。
波音が肩を震わせていた。
「辛いよな、親を憎むのって」
「うん…あの人を憎んだ分だけ、自分の事が嫌いになってた…」
「ゆっくりで良いから…お母さんの事、許していってみるか?」
「…やってみる、私の為に」
指環を凝視したまま波音が頷いた。
波音のリクライニングチェアーに移り、抱き締めた。
こんな強くて、綺麗で、愛しい女の子は、エルビスだって『好きにならずにはいられない』筈だ。
僕は塩辛い波音の瞼(まぶた)や頬にキスをしながら、プロポーズをした。
(続く)