レノン氏の失敗
私は募金やらチャリティーやらが大嫌いです。
街頭に立ち、募金を訴えるバイトの大学生。見かける度に私は小銭の代わりに唾を投入するようにしています。
別にバイトだから嫌いなわけではないです。チャリティーを装った輩が、集めた善意のマネーを着服していることが嫌いなわけでもないです。
そのちっぽけな善意が恐ろしいのです。
現在、世界が直面している問題は山積みです。
環境破壊やら貧困、戦争とか。よく聞く言葉です。
それぞれの問題について詳しくは言いません。日本にいる人間ならば9割9部の俗物はご存知でしょう。っていうかググれ。
要は、『それらの問題が募金やらチャリティーで本当に解決できるか』、ということです。
答えはすべからく『No』です。ちょっとシナプスを繋げれば誰でもわかります。
事実として、お前の給料の90%を世界平和と貧困解決と環境問題に捧げたとしても、解決しません。
しかし、その事実をほとんどの人間が理解していない。考えればわかることだが理解していない。
理解するという能動的な行動を、募金やらチャリティーが邪魔をしているように働いている気がする。今の社会システムにおいては。
募金やらチャリティーでは解決できるはずも無いのに、世の俗物どもは我先にと募金やらチャリティーに参加し、解決した気でいる。解決に自分も参加し、世界のために良いことをしたと感じている。
結果としてその先には進まない。様々な問題を知っているにもかかわらず、決して解決には向かわない。
恐ろしいシステムだと思う。
以前、ブログにも書いたかもしれませんが、私は現代において音楽で世界が平和になるとも思わないし、環境問題が解決するとも思っていません。
その昔、ジョン=レノンが世界平和を歌った結果、世界の裕福な人々は戦争の危険性に気付きました。
それは素晴らしいことだと思う。
世界中の人々が音楽を通じて一つの問題に気付き、共有したのだから。
情報が伝わりにくい当時としては音楽は画期的な情報の媒体でした。
しかし、ネットの網が世界を覆い、元カノとのセクース動画が地球の裏まで配信されるのに1秒もかからない今となっては、そんな理想的な、悪く言えば偽善的な想いなんて穴を掘れば当たるほどありふれた出来事になってしまいました。
『水は低きに流れ、人の心もまた低きに流れる』 by 合田一人
地球の問題に関する解決策として、非常に当たり障りの良い募金やらチャリティーやらはもてはやされ、セレブリティーの嗜みと化したのです。
かつてのジョン=レノンの成功が、今となっては足枷となっている気がします。
情報の津波の中に生きる我々現代っ子としては、その次のSTEPに眼を向けていきたいですね。
地球が直面する問題。それを解決するには、「そういう仕組み」を創造しなくてはならない気がします。
募金やらチャリティーのように脆弱な俗物の心理作用を利用した、しかし実効的な仕組みを。
それを築き上げることが私の人生の1/4の目標です。
街頭に立ち、募金を訴えるバイトの大学生。見かける度に私は小銭の代わりに唾を投入するようにしています。
別にバイトだから嫌いなわけではないです。チャリティーを装った輩が、集めた善意のマネーを着服していることが嫌いなわけでもないです。
そのちっぽけな善意が恐ろしいのです。
現在、世界が直面している問題は山積みです。
環境破壊やら貧困、戦争とか。よく聞く言葉です。
それぞれの問題について詳しくは言いません。日本にいる人間ならば9割9部の俗物はご存知でしょう。っていうかググれ。
要は、『それらの問題が募金やらチャリティーで本当に解決できるか』、ということです。
答えはすべからく『No』です。ちょっとシナプスを繋げれば誰でもわかります。
事実として、お前の給料の90%を世界平和と貧困解決と環境問題に捧げたとしても、解決しません。
しかし、その事実をほとんどの人間が理解していない。考えればわかることだが理解していない。
理解するという能動的な行動を、募金やらチャリティーが邪魔をしているように働いている気がする。今の社会システムにおいては。
募金やらチャリティーでは解決できるはずも無いのに、世の俗物どもは我先にと募金やらチャリティーに参加し、解決した気でいる。解決に自分も参加し、世界のために良いことをしたと感じている。
結果としてその先には進まない。様々な問題を知っているにもかかわらず、決して解決には向かわない。
恐ろしいシステムだと思う。
以前、ブログにも書いたかもしれませんが、私は現代において音楽で世界が平和になるとも思わないし、環境問題が解決するとも思っていません。
その昔、ジョン=レノンが世界平和を歌った結果、世界の裕福な人々は戦争の危険性に気付きました。
それは素晴らしいことだと思う。
世界中の人々が音楽を通じて一つの問題に気付き、共有したのだから。
情報が伝わりにくい当時としては音楽は画期的な情報の媒体でした。
しかし、ネットの網が世界を覆い、元カノとのセクース動画が地球の裏まで配信されるのに1秒もかからない今となっては、そんな理想的な、悪く言えば偽善的な想いなんて穴を掘れば当たるほどありふれた出来事になってしまいました。
『水は低きに流れ、人の心もまた低きに流れる』 by 合田一人
地球の問題に関する解決策として、非常に当たり障りの良い募金やらチャリティーやらはもてはやされ、セレブリティーの嗜みと化したのです。
かつてのジョン=レノンの成功が、今となっては足枷となっている気がします。
情報の津波の中に生きる我々現代っ子としては、その次のSTEPに眼を向けていきたいですね。
地球が直面する問題。それを解決するには、「そういう仕組み」を創造しなくてはならない気がします。
募金やらチャリティーのように脆弱な俗物の心理作用を利用した、しかし実効的な仕組みを。
それを築き上げることが私の人生の1/4の目標です。
『アワーミュージック』 by 相対性理論+渋谷慶一郎
私は基本的に人の悪口を言うことは実際楽しいと思うが美学に反する故に自粛していますので、良いところを見つけようと目を凝らし耳を澄ましているわけです。
しかし。
本日紹介したいアワーミュージックは酷い。酷すぎる。
聞く価値無しです。
どうやら、渋谷慶一郎氏のピアノソロの楽曲であるところの「our music」などなどを、相対性理論によってバンドサウンドにアレンジしたものが今回のシングル「アワーミュージック」だったとのこと。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・それって意味があるんですか?
もともとピアノソロの曲でしょうが。
それをバンドサウンドにアレンジしたらどうなるか。そりゃバンドサウンドになるでしょうよ。
それも相対性理論独自のポップでキッチュで中毒性のあるオタクサウンドになるでしょうよ。
それで?
それで一体何なのか?
ピアノソロ用に作られた曲がバンドサウンドになったとしても、その良さを保っていられるのでしょうか?
答えは大概にしてNOです。
刺身にソースをつけて食べるようなものです。不味いでしょ?
じゃ、何故そんなことをしちゃったのか?
自己満足でしょう。はっきり言ってベーションです。マスター○ーションですよ。
「既存の曲を相対性理論な感じのアレンジにすることができました。」
以上。
それだけです。このCDは。
1800円。損しました。一通り聴いて叩き割って窓から放り投げました。
私はリアレンジというのが最高に嫌いです。
再構築することに意味が無い。
別の解釈を引き出すなんて当たり触りの良い言葉に惑わされがちですが、1曲作るならば、一つの解釈のみで作りこむべきです。
歌謡曲なんて5分程度です。その中に幾つもテーマを入れるな。
一曲内に主テーマ以外に他の解釈が出来る余地があるならば、それは異物だ。ゴミが混じっている。ピュアではない。そんな曲に傾倒しません。
繰り返しますが、私は駄目ですね。アワーミュージック。
上記バックグラウンド無しで初回聴いたときも何も心に引っ掛からなかった。それはスルーして良い音楽と言うことですね。
残念です。
と言うことで、次回は最高傑作、相対性理論セルフプロデュースの新アルバム「シンクロニシティーン」です。
こちらは良いので安心ですね。
しかし。
本日紹介したいアワーミュージックは酷い。酷すぎる。
聞く価値無しです。
どうやら、渋谷慶一郎氏のピアノソロの楽曲であるところの「our music」などなどを、相対性理論によってバンドサウンドにアレンジしたものが今回のシングル「アワーミュージック」だったとのこと。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・それって意味があるんですか?
もともとピアノソロの曲でしょうが。
それをバンドサウンドにアレンジしたらどうなるか。そりゃバンドサウンドになるでしょうよ。
それも相対性理論独自のポップでキッチュで中毒性のあるオタクサウンドになるでしょうよ。
それで?
それで一体何なのか?
ピアノソロ用に作られた曲がバンドサウンドになったとしても、その良さを保っていられるのでしょうか?
答えは大概にしてNOです。
刺身にソースをつけて食べるようなものです。不味いでしょ?
じゃ、何故そんなことをしちゃったのか?
自己満足でしょう。はっきり言ってベーションです。マスター○ーションですよ。
「既存の曲を相対性理論な感じのアレンジにすることができました。」
以上。
それだけです。このCDは。
1800円。損しました。一通り聴いて叩き割って窓から放り投げました。
私はリアレンジというのが最高に嫌いです。
再構築することに意味が無い。
別の解釈を引き出すなんて当たり触りの良い言葉に惑わされがちですが、1曲作るならば、一つの解釈のみで作りこむべきです。
歌謡曲なんて5分程度です。その中に幾つもテーマを入れるな。
一曲内に主テーマ以外に他の解釈が出来る余地があるならば、それは異物だ。ゴミが混じっている。ピュアではない。そんな曲に傾倒しません。
繰り返しますが、私は駄目ですね。アワーミュージック。
上記バックグラウンド無しで初回聴いたときも何も心に引っ掛からなかった。それはスルーして良い音楽と言うことですね。
残念です。
と言うことで、次回は最高傑作、相対性理論セルフプロデュースの新アルバム「シンクロニシティーン」です。
こちらは良いので安心ですね。
時は止まる
ゆらゆら帝国が解散ですって。
うん。
驚きです。
まさか。
yahoo!ニュースにもなるとは・・・・・・
正直な話ですが・・・
こうなるだろうという気はしていました。
何故なら、「空洞です」の完成度の高さが半端なかったからです。
と言っても、その完成度に気付いたのは最近の話でして。
昨年の年末、12月30日の事です。
ゆらゆら帝国恒例の年末ライブ。リキッドルームでゆらゆら帝国登場!!最初の曲は・・・『おはようまだやろう』。
あのトレモロの効いたギターのリフを聴いたときに、「ああ、そういうことなのか」、と。
この感覚は、『しびれ』と『めまい』のあまりにもアグレッシブな姿勢に疑問を抱きつつ、『な・ま・し・び・れ・な・ま・め・ま・い』に出会ったあの感じに似ている・・・・・・
ゆらゆら帝国の真価はライブの生の音の艶っぽさにあると思う。
CDなどの音源では打ち込みなどのの機械的な音を多用しているものの、ゆらゆら帝国の魅力は3人と言う最小限の人数で、最小限の音数で、あの奥行きを出している点にあると思います。
ギターに限った話で言えば、ギターの音数で言えば、ピアノに劣るものの、一音の伸びではどの楽器にも勝る、その魅力。
その一音の一撃の一瞬の、ビヨ~~~~ンって感じ。その魅力。
例えば、国会の国政を決めるその一瞬にて、あるパンクな議員が放つ全力の「FUCK!!」と言う言葉。
その言葉に世界は「えッ!!マジで!?」となるだろう。
まさか国民の投票を得て国会に君臨する極少数の人間が卑猥中の卑猥な言葉を選んで解き放つとはッ!!
それである。
複雑さはいらないのだな、と感じます。
たったワンフレーズの言葉でも日本の時間を精神的に一瞬でも止めるパワーがある。要は立場とタイミングです。
その針に糸を、意図を通すかのような一瞬を見逃さず、音楽と言う戦場で、そこに挑戦したアーティストがゆらゆら帝国だったと思います。
すごく難しい挑戦だったでしょう。ミニマルという新しい「概念」が邪魔をしたと結論付けたいが、SUICIDEに近い所までにすごく純粋に音そのものに迫ったと思う。
この方向性が決まったのも2003年のしびれとめまい、いや、2002年の冷たいギフトだったかも知れない。
この挑戦に満足したのか、はたまたボロクソに打ち負かされたのか、ゆらゆら帝国は解散と言う決断を下したわけだが、それ以前にも彼らは挑戦していたみたいです。
坂本慎太郎氏の言葉を引用すれば「アルバムごとに過去のイメージを払拭し、更新し続けることを自らに課し、時にはバンド形態すらも壊すことによって、常に自分達の演奏に向かう新鮮な気持ちや、緊張感を保ってきました」とのことで、要は難しいことに挑戦してきたってことです。
尊敬します。
彼らは音楽の最も暗黒な深い部分へ挑んだのだと思う。たどり着く先です。「音」そのものの価値と言う。
さらにその先は音楽の歴史上まだ現れていはいない。
その答えが出るのか、答えがあるのかさえわからないですよ。私には。現状がこの世にあるMAXだった可能性も無きにしも非ずです。
「空洞です」の最初の1曲である『おはようまだやろう』を生演奏で聴いたときに感じました。
これがMAXだってねッ!!
今思えば、あの時聴いたあの音が、ゆらゆら帝国最後のライブになるとは。私は歴史的現場にいました。
我々は惜しいバンドを失くしましたね。
一番真面目に、ストイックに挑んでた奴らだったと思います。今となっては過去形で書くしかないのですが。
うん。
驚きです。
まさか。
yahoo!ニュースにもなるとは・・・・・・
正直な話ですが・・・
こうなるだろうという気はしていました。
何故なら、「空洞です」の完成度の高さが半端なかったからです。
と言っても、その完成度に気付いたのは最近の話でして。
昨年の年末、12月30日の事です。
ゆらゆら帝国恒例の年末ライブ。リキッドルームでゆらゆら帝国登場!!最初の曲は・・・『おはようまだやろう』。
あのトレモロの効いたギターのリフを聴いたときに、「ああ、そういうことなのか」、と。
この感覚は、『しびれ』と『めまい』のあまりにもアグレッシブな姿勢に疑問を抱きつつ、『な・ま・し・び・れ・な・ま・め・ま・い』に出会ったあの感じに似ている・・・・・・
ゆらゆら帝国の真価はライブの生の音の艶っぽさにあると思う。
CDなどの音源では打ち込みなどのの機械的な音を多用しているものの、ゆらゆら帝国の魅力は3人と言う最小限の人数で、最小限の音数で、あの奥行きを出している点にあると思います。
ギターに限った話で言えば、ギターの音数で言えば、ピアノに劣るものの、一音の伸びではどの楽器にも勝る、その魅力。
その一音の一撃の一瞬の、ビヨ~~~~ンって感じ。その魅力。
例えば、国会の国政を決めるその一瞬にて、あるパンクな議員が放つ全力の「FUCK!!」と言う言葉。
その言葉に世界は「えッ!!マジで!?」となるだろう。
まさか国民の投票を得て国会に君臨する極少数の人間が卑猥中の卑猥な言葉を選んで解き放つとはッ!!
それである。
複雑さはいらないのだな、と感じます。
たったワンフレーズの言葉でも日本の時間を精神的に一瞬でも止めるパワーがある。要は立場とタイミングです。
その針に糸を、意図を通すかのような一瞬を見逃さず、音楽と言う戦場で、そこに挑戦したアーティストがゆらゆら帝国だったと思います。
すごく難しい挑戦だったでしょう。ミニマルという新しい「概念」が邪魔をしたと結論付けたいが、SUICIDEに近い所までにすごく純粋に音そのものに迫ったと思う。
この方向性が決まったのも2003年のしびれとめまい、いや、2002年の冷たいギフトだったかも知れない。
この挑戦に満足したのか、はたまたボロクソに打ち負かされたのか、ゆらゆら帝国は解散と言う決断を下したわけだが、それ以前にも彼らは挑戦していたみたいです。
坂本慎太郎氏の言葉を引用すれば「アルバムごとに過去のイメージを払拭し、更新し続けることを自らに課し、時にはバンド形態すらも壊すことによって、常に自分達の演奏に向かう新鮮な気持ちや、緊張感を保ってきました」とのことで、要は難しいことに挑戦してきたってことです。
尊敬します。
彼らは音楽の最も暗黒な深い部分へ挑んだのだと思う。たどり着く先です。「音」そのものの価値と言う。
さらにその先は音楽の歴史上まだ現れていはいない。
その答えが出るのか、答えがあるのかさえわからないですよ。私には。現状がこの世にあるMAXだった可能性も無きにしも非ずです。
「空洞です」の最初の1曲である『おはようまだやろう』を生演奏で聴いたときに感じました。
これがMAXだってねッ!!
今思えば、あの時聴いたあの音が、ゆらゆら帝国最後のライブになるとは。私は歴史的現場にいました。
我々は惜しいバンドを失くしましたね。
一番真面目に、ストイックに挑んでた奴らだったと思います。今となっては過去形で書くしかないのですが。
『Present Tense』 by Sagittarius
さて。
今回は「やりすぎなかったカート・ベッチャー」という事でSagittariusです。
サジタリウス。
貴方は何ですか?
ちなみに私はパイシーズです。
「Sagittarius(サジタリウス)」って「射手座」という意味なんです。知ってました?知ってましたか。そうですか。じゃ、この記事読むのやめれば?べっ、別に読んで欲しいわけじゃないんだからねッ!!
前回のMillenniumのBEGINのちょっと前に発売されたレコードです。
Millenniumの際には説明しませんでしたが、カート・ベッチャーには相棒とも言えるあるプロデューサーがいました。
その名もゲイリー・アッシャー!!
「カート ゲイリー」でググれば、それはもう世の腐女子どもが失禁を禁じえないほどに泣いて喜ぶBL画像がこれでもかッ!!と言うほど出てくるでしょうよ!!
「カト×ゲイ」は次回コミケ78では全ブースの80%以上を占めるといわれている超注目のカップリングだッ!!ちなみに残りの15%はゲイ×カトだッ!!残りの5%は知らねぇ。
ここで名誉のために断っておくが、私にはそういう属性は無い。くれぐれもよろしくたのむんだからねッ!!
カート・ベッチャーはプロデューサーであるゲイリー・アッシャーに見出され、2人でボールルームとかいうグループを形成します。
ボールルームについては知らないし聴いたことも無いので何とも言えませんが、ボールルームのデモテープにゲイリーが追加録音を加えて発表したのが、今回の『Present Tense』らしいです。何故に名前を『Sagittarius』に変更したのかは謎。
その頃カートは、前回紹介したMillenniumのレコーディングにお熱で、Sagittariusにはあまり力を入れてなかったみたい。
文章に"らしい"とか"みたい"が多いのは、私もよく知らなかったから。ググって書いてます。
参考ページはココ。ココはスゴイですね。大変詳しい。
私は音楽に歴史やバックグラウンドの知識は必須だと思ってます。詳しくは別の機会に回しますが、そんな知識も含めて音楽だと考えてます。
以上のような背景のもとでこのアルバムを聴いてみると、確かにMillenniumと比べ、手抜き感があります。
手抜きと言うと良くないですが、カートとゲイリーならもうちょっと出来ただろう、という思いは禁じえません。
Sagittarius - Another Time
アルバムの最初を飾る「Another Time」ですが、何かおしい。
大変綺麗なメロディラインとコーラスワークの曲ですが、サビの一山を超えたらすぐに終わってしまう。長さも2:40と短い。
Bメロというか、もう一山あったら、もっと大きな叙事詩になっていたのに、と思います。
このように、なんか投げやり感があるんですよね。
MillenniumのBEGINのように、曲と曲の間を繋げるようなギミックも無いですし。
しかし。
それがこのアルバムの良さでもあります。
以前語ったように、Millenniumは"やりすぎ"でした。アレンジが凝り過ぎていて、サイケと呼べる次元にまで行ってしまいました。
ところがSagittariusはカートのやる気の無さが幸いしてか、絶妙なところでアレンジが止まっている気がします。
これはサイケではなく、まさにソフトロックなのだ!!と感じます。
いやらしさがありません。素朴に聴ける感じです(別にMillenniumがいやらしいと言っているわけじゃないですが)。
Sagittarius - My World Fell Down
この曲はさりげに有名なんじゃないでしょうか?「My World Fell Down」サビの部分だけは聴いたことがあるって人がいると思います。
このくらいのアレンジが良いですね。ポップスです。途中にちょっとサイケ感がありますが。
SagittariusはMilleniumの劣化版ではないです。確かにSagittariusからMillenniumへ繋がると言う流れから発展期の作品ですが、コレはコレで良さがあります。
聴いてみて欲しいですね。女性には特に。
今回は「やりすぎなかったカート・ベッチャー」という事でSagittariusです。
サジタリウス。
貴方は何ですか?
ちなみに私はパイシーズです。
「Sagittarius(サジタリウス)」って「射手座」という意味なんです。知ってました?知ってましたか。そうですか。じゃ、この記事読むのやめれば?べっ、別に読んで欲しいわけじゃないんだからねッ!!
前回のMillenniumのBEGINのちょっと前に発売されたレコードです。
Millenniumの際には説明しませんでしたが、カート・ベッチャーには相棒とも言えるあるプロデューサーがいました。
その名もゲイリー・アッシャー!!
「カート ゲイリー」でググれば、それはもう世の腐女子どもが失禁を禁じえないほどに泣いて喜ぶBL画像がこれでもかッ!!と言うほど出てくるでしょうよ!!
「カト×ゲイ」は次回コミケ78では全ブースの80%以上を占めるといわれている超注目のカップリングだッ!!ちなみに残りの15%はゲイ×カトだッ!!残りの5%は知らねぇ。
ここで名誉のために断っておくが、私にはそういう属性は無い。くれぐれもよろしくたのむんだからねッ!!
カート・ベッチャーはプロデューサーであるゲイリー・アッシャーに見出され、2人でボールルームとかいうグループを形成します。
ボールルームについては知らないし聴いたことも無いので何とも言えませんが、ボールルームのデモテープにゲイリーが追加録音を加えて発表したのが、今回の『Present Tense』らしいです。何故に名前を『Sagittarius』に変更したのかは謎。
その頃カートは、前回紹介したMillenniumのレコーディングにお熱で、Sagittariusにはあまり力を入れてなかったみたい。
文章に"らしい"とか"みたい"が多いのは、私もよく知らなかったから。ググって書いてます。
参考ページはココ。ココはスゴイですね。大変詳しい。
私は音楽に歴史やバックグラウンドの知識は必須だと思ってます。詳しくは別の機会に回しますが、そんな知識も含めて音楽だと考えてます。
以上のような背景のもとでこのアルバムを聴いてみると、確かにMillenniumと比べ、手抜き感があります。
手抜きと言うと良くないですが、カートとゲイリーならもうちょっと出来ただろう、という思いは禁じえません。
Sagittarius - Another Time
アルバムの最初を飾る「Another Time」ですが、何かおしい。
大変綺麗なメロディラインとコーラスワークの曲ですが、サビの一山を超えたらすぐに終わってしまう。長さも2:40と短い。
Bメロというか、もう一山あったら、もっと大きな叙事詩になっていたのに、と思います。
このように、なんか投げやり感があるんですよね。
MillenniumのBEGINのように、曲と曲の間を繋げるようなギミックも無いですし。
しかし。
それがこのアルバムの良さでもあります。
以前語ったように、Millenniumは"やりすぎ"でした。アレンジが凝り過ぎていて、サイケと呼べる次元にまで行ってしまいました。
ところがSagittariusはカートのやる気の無さが幸いしてか、絶妙なところでアレンジが止まっている気がします。
これはサイケではなく、まさにソフトロックなのだ!!と感じます。
いやらしさがありません。素朴に聴ける感じです(別にMillenniumがいやらしいと言っているわけじゃないですが)。
Sagittarius - My World Fell Down
この曲はさりげに有名なんじゃないでしょうか?「My World Fell Down」サビの部分だけは聴いたことがあるって人がいると思います。
このくらいのアレンジが良いですね。ポップスです。途中にちょっとサイケ感がありますが。
SagittariusはMilleniumの劣化版ではないです。確かにSagittariusからMillenniumへ繋がると言う流れから発展期の作品ですが、コレはコレで良さがあります。
聴いてみて欲しいですね。女性には特に。
『夜、暗殺者の夜』 by 裸のラリーズ
ラリーズの中では最も知名度の高い曲ではないかしら?
今回は「夜、暗殺者の夜」です。
何よりもまず、曲名に股間の妖怪アンテナが反応します。
夜って二回言っちゃっている所とか、「暗殺者」という響きとか。
ハートの厨なところをくすぐるタイトルですよね。
Les Rallizes Denudes - Night of the Assassins
つべで拾ってきたこの音源は1982年10月2日慶応大日吉でのLIVEだったりします(動画の説明では12/28法政大学って書いてありますけど、多分違います)。bootではGreenとLIVE & SOUNDBOARD 1981 - 1988のDISC1に入っていますね。
長髪をバッサリ切り、おばさんヘアーと化した水谷氏の、自由の意味を穿き違え夜の学校で校舎の窓を割りまくる餓鬼よろしくのフリーダムギターがドパパッと聴こえます。
歌っている時はギターは弾かないという潔さも吉。
4:30くらいからギターのドライブをOFFにした状態で爪弾くのだが、その音がこれはまた恐ろしい程の不協和音で、ああ、チューニングがアルト・リンゼイ状態なのだな、しかし彼はその不協和音に一切の後ろめたさも無く堂々と弾いてらっしゃる、ギターってチューニング出来なくても弾けるものなんだッ!!と気付き、その日以来、ギターの練習をやめたことを思い出しました。
特徴的なのが、その当時流行ったオールディーズなナンバーでよく使われていたベースライン。
ポップでキッチュな雰囲気ですね。キッチュって何?
まあ上記のベースラインを含むリズム隊はメジャーキーで明るい感じなのだが、畳み掛けるようなギターとディレイの聴きすぎたヴォーカル、ベルセルクな歌詞が、全体として暗黒にしています。
これは当時のポップ界に対する風刺と言うか皮肉と言うかアイロニーと言うかアンチテーゼなのかもしれませんね。全部同じような意味でしたね。
ラリーズの中ではかなり好きな曲です。
有名な'77 LIVEに収録されているヴァージョンはかなりゆっくりめですが、個人的にはもっとアップテンポでズバズバしたほうが好きです。
マイベストはCradle Saloon78のDISC3に収録されているヤツ。
1978の11/1らしいが、ヴォーカルがシャウト気味で、鬼気迫る勢い!!
おまけで、以前紹介した造花の原野の別ヴァージョン?People Can Chooseがつべにあったので、貼っておきます。
Les Rallizes Denudes - People Can Choose
2:20からが最高だ。
もりたかにサイコーなのは、8:15に元のベースラインに戻るところなんだよなぁ。
今回は「夜、暗殺者の夜」です。
何よりもまず、曲名に股間の妖怪アンテナが反応します。
夜って二回言っちゃっている所とか、「暗殺者」という響きとか。
ハートの厨なところをくすぐるタイトルですよね。
Les Rallizes Denudes - Night of the Assassins
つべで拾ってきたこの音源は1982年10月2日慶応大日吉でのLIVEだったりします(動画の説明では12/28法政大学って書いてありますけど、多分違います)。bootではGreenとLIVE & SOUNDBOARD 1981 - 1988のDISC1に入っていますね。
長髪をバッサリ切り、おばさんヘアーと化した水谷氏の、自由の意味を穿き違え夜の学校で校舎の窓を割りまくる餓鬼よろしくのフリーダムギターがドパパッと聴こえます。
歌っている時はギターは弾かないという潔さも吉。
4:30くらいからギターのドライブをOFFにした状態で爪弾くのだが、その音がこれはまた恐ろしい程の不協和音で、ああ、チューニングがアルト・リンゼイ状態なのだな、しかし彼はその不協和音に一切の後ろめたさも無く堂々と弾いてらっしゃる、ギターってチューニング出来なくても弾けるものなんだッ!!と気付き、その日以来、ギターの練習をやめたことを思い出しました。
特徴的なのが、その当時流行ったオールディーズなナンバーでよく使われていたベースライン。
ポップでキッチュな雰囲気ですね。キッチュって何?
まあ上記のベースラインを含むリズム隊はメジャーキーで明るい感じなのだが、畳み掛けるようなギターとディレイの聴きすぎたヴォーカル、ベルセルクな歌詞が、全体として暗黒にしています。
これは当時のポップ界に対する風刺と言うか皮肉と言うかアイロニーと言うかアンチテーゼなのかもしれませんね。全部同じような意味でしたね。
ラリーズの中ではかなり好きな曲です。
有名な'77 LIVEに収録されているヴァージョンはかなりゆっくりめですが、個人的にはもっとアップテンポでズバズバしたほうが好きです。
マイベストはCradle Saloon78のDISC3に収録されているヤツ。
1978の11/1らしいが、ヴォーカルがシャウト気味で、鬼気迫る勢い!!
おまけで、以前紹介した造花の原野の別ヴァージョン?People Can Chooseがつべにあったので、貼っておきます。
Les Rallizes Denudes - People Can Choose
2:20からが最高だ。
もりたかにサイコーなのは、8:15に元のベースラインに戻るところなんだよなぁ。