名前はその人につながる扉~名前には、その人が生きてきた時間が詰まっている~
最近、「名前」について考えることがあります。
私は、自分の名前が好きです。
理真。
この名前には、「理に適った真を生きる」という意味があります。
改めて言葉にしてみると、とても私らしい名前だなと思います。
これまで生きてきた時間。
大切にしてきた想い。
譲れなかったもの。
探し続けてきた本質。
そのすべてが、この名前の中に静かに詰まっているような気がするのです。
子どもを授かった夫婦の多くは、お互いの呼び方が「パパ」「ママ」に置き換わっていく。
私も、そうだった。
夫にまで、ママと呼ばれる。
そうすると、子どものママとして生きる自分に、なんとなくなっていく感じがする。
その後も——あなたとか、おまえとか。
ちゃんと名前で呼んでもらった記憶が、ほとんどない。
社会に出れば、苗字で呼ばれる。
気づいたら、「理真」という名前が、どこか遠いところにしまわれていた。
だからだろうか。
なんの躊躇いもなく「理真」と呼ばれると、最初はなんだかくすぐったかった。
でも、不思議と悪くない。
ちゃんと私自身を見てもらえているような感覚。
自分の名前を通して、自分自身に出会い直しているような感覚。
呼ばれるたびに、少しずつ、自分と繋がっていく気がする。
そんな体験があったからかも知れません。
少し前から、大切な人のことを本名で呼びたいという気持ちが芽生えていました。
「呼んでいいよ」とは言ってもらっています。
それなのに、なかなか呼べない。
どうしてだろう。
朝風呂に入りながら、ゆっくりその理由を考えていました。
お湯の温かさの中で、ぼんやりと浮かんできたのは…
名前には、その人の人生がある。
家族との歴史がある。
生まれてから今日までの時間がある。
その人が歩いてきた道がある。
だから、本名で呼ぶということは、少し特別な意味をもつことなのかもしれない。
その人を近くに感じたい。
その人をもっと大切に、深く理解したい。
その人の人生に、そっと敬意を払いたい。
本名で呼ぶことには、そんな想いが自然と含まれているのだと気づいたとき、
簡単に呼べない自分の気持ちが、なんだか少し愛おしく思えました。
名前は、その人自身につながる扉。
その扉を開けるとき、人はきっと無意識に、相手への敬意と愛を持つのだと思います。
そして同時に、私はますます自分の名前が好きになりました。
理真。
この名前を、これからも大切に生きていきたい。
そう、静かに思っています。
🎙️このお話はラジオでもお話しています。
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なぜ、実務支援をしている私が「愛」について語るのか
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不安が強いと、人は動けなくなる。
安心できると、人は本来の力を取り戻していく。
私にとって「愛」とは、その人がその人らしくいられる安心の土台です。
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海老理真(えびりま)エビちゃんについて
行政書士として、
補助金申請・資金調達・バックオフィス業務などの
実務支援を行いながら、ラジオで言葉を通して
「本音に触れ、自分に戻る時間」を届けています。
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