これまで多くの経営者、一流人たちとリアルに関わってきて、強く感じることがある。


ほとんどの人は、自分の能力を出し切っていない。

今日は、それを自覚・確信していただこう。


かなり以前、わたしは、あるものを作る社会人向けの講座に参加した。わたしは、絵に関して、プロから見ればヘタクソだけど、一般レベルからすれば、一応、うまいと言われることが多い。(言われるだけで、うまいとは本当に思っていないし、やるべき課題もいくつも分かっている)


その講座は、絵が描けると有利だけど、描ける人は圧倒的に少ない。


わたしは、その講座に参加するまでに、独学で、3000以上、練習して、自分の作りたいもののイメージをハッキリさせていた。


講座の最終日、先生に、自分の描いたものを見せ、「こういうのを作れるようになりたいんですが、なにを学んだがいいですか?」と訊ねる。


やりとりしながら、近くにいた受講生たちが何人か集まってきた。ひと通り話を終え、先生が去り、その場にいた受講生のひとりのおばちゃん(失礼!)が、「絵が描ける人はいいわね」とわたしに言った。


「えっ、本当ですか?」
「そりゃもちろんよ」
「え、本当にそう思います?」
「そりゃそうよ。決まってるじゃない!」

「絵の練習しました?」
「……」

あなたは、どうだろうか?
才能やら能力やら運やら言う前に、どれだけのことをしているだろうか?


もちろん、置かれている環境、状況、現在のレベル、センスの有無など、人によって違う。恵まれている人とそうでない人と、スタートラインに大きな差があるのは、百も承知。


だけど、成功を収めている人の圧倒的多数は、逆境にいた人が多いことも事実。


たとえば、「五体不満足」の乙武洋匡氏。あなたは、「五体不満足だから、脚光を浴びて、活躍できたんだ」と言うだろうか?

もし、そうなら、あなたが五体不満足に生まれた方がよかったと思うだろうか?

その方が成功できた、と本人の前で言えるだろうか?


念のため、書いておくと、あなたを責めているわけではない。


この記事は、あなたに、自分のポテンシャルがすごいものだと気づいてもらうために書いているのですよ。


ただ、まず、「自分はできない思考」のクセに気づいてもらいたい。

ハッキリ言えば、能力を「使っていないだけ」。

下手すると、1/10も。




■もし、あなたがアメリカの大統領になったら?■

ここで、ちょっと考えてみてほしい。

もし仮に(本当に仮に、の話)あなたがアメリカの大統領になったら?

1年後、今と同じ能力のままだと思うだろうか?



おそらく別人レベルで変わっているはず。



毎日が意思決定の連続。世界規模のプレッシャー。膨大な情報と責任。圧倒的広範囲にわたる知識の把握と、パワーバランス維持や、戦略などなど。


もし、今日から、そんな状況に追い込まれたら?


呑気にSNSを見たり、政治家の批判したり、増して芸能ゴシップなど追いかけたりなどしている場合ではなくなるだろう。


思考力も判断力も行動力も、強制的かつ劇的に引き上げられる。

つまり、その「別人になった自分」と「今の自分」の差。

それが、あなたのポテンシャルだ!



あなたが、あなた自身を甘やかし、現状のままで居続けさせているのは、あなた自身に他ならない。


では、ここから、実践的なポイントに入りたい。





■なぜ、人は能力の1/10しか使わないのか?■

理由はシンプル。

大きく3つ。


①大きな目標を立てていないつまり意識のスケールが小さい。

あなたの能力やアイデアを、自分のためやせいぜい家族のためだけに使うのと、広く世の中のために使うのと、全く同じ能力であっても、効果の差は、計り知れない。

あなたが、チキンの美味しいレシピを考え、それを自分のためや家族のためだけに使うのと、世間に広めることを思いつきフランチャイズ化したカーネル・サンダースとの差は次元が違いすぎる。

多くの人は、気づけば、「今日やること」をこなして終わりということだけに、脳のリソースを使い果たしている。

アメリカの大統領が、

「今日のメール返信どうしようか」とかで悩まない。

国家レベルで物事を考える。その視点で動くだけで、使う能力のレベルが変わる。

もちろん、どこまで、視野を、スケールを広げるかはあなた次第。

ただ、差の大きさを分かりやすくするために出した例。




② 欲望を抑え込んでいる

「こうなりたい」「これが欲しい」「すごいな、なりたいな」

多くの人は、「でもムリ」と、言葉にするかどうかは別として、自動返信メールのように、すぐ諦めの意識に包まれる。


本音では思っているのに、「現実的じゃない」「言ったら恥ずかしい」「さすがにムリ」と、自分でブレーキをかける。


たとえば、わたしは、何人もの人に、

「1000億の資産を手に入れる人生」と「いまとあまり変わらないままの人生」、どちらも選べる、選んだ方の人生を送れる、さあ、どっちを選びますか? 

と訊いたら、全員、1000億を選んだ。


つまり、これが本心。



そして、この質問の前に、10代で何億とか稼いでいる人の例を話したりすると、だいたいこう言う。

「でも、しあわせそうじゃない」


いやいや、チラッと話しただけで、どういう人か、どういう生活をしているか、本人がどう思っているか、いま聞いただけで、なにも知らんでしょ?

と思う(笑)。


これは、自覚がないことの多い「嫉妬」。
自分がなろう、なれると思っていたり、なっていたりする人はこんなことは言わない。


あなたの心の奥にある、潜在的な、「抑え込んでいる欲望」の静かなる「叫び」。


たとえば、登山に全く興味ないとして、10代で、世界7大陸最高峰に登った人がいる、と聞いても、「でも、しあわせそうじゃない」なんて思わないはず。

「へー、すごいね」
「ふーん」

という感じだろう。


あなたがポテンシャルを引き出せないのは、欲望のエンジンを動かしていないから。

錆びつかせているから。

そうなると、「でも、しあわせそうじゃない」と言うような「ディスり」がはじまる。

それは、あなたの心の奥にある、「心の牢獄」に押し込められた「あなたの本当の欲望」からのSOS。


そこに気づき、スポットライトを当て、解放してあげないといけない。


そうしなければ、あなたは一生、(口にするかどうかは別として)ディスりつづける。


SOSのサインに気づいてあげないと…


そうしたら、解放し、アクセル全開で、エンジンに火をつけろ!
あなたのポテンシャルは最大限に引き出される!





③ 一人でやろうとしている

大きなことをやっている人ほど、一人でやっていない。

人を巻き込む。環境を使う。外部の力を借りる。

アスリートたちが、監督やコーチなしで、トップに登り詰めることがないように、1人ではなれない、達成できない。

特にフリーランスや個人事業主系の人は、1人でやりたがる。年商10億を突破できない経営者も、これに近い。

もちろん、個人の技を極めてつき抜ける人もいるにはいる。ただそれは圧倒的少数。個人名で有名な人も、実はチーム抜きで成り立たない例も多い。


たとえば、フランス料理のトップシェフは、1人でやっている人などいない。コース料理を提供をするのに、作業分担、役割、ポジションなどが明確に決まっており、トップシェフは、映画にたとえるなら、「監督」。

現場を指揮し、自らの理想を、スタッフを用いて具現化する。下ごしらえ担当、調理担当、盛りつけ担当、魚担当、肉担当、スイーツ担当など、色々担当者がいる。
アートの世界でも(1人で制作するのもいるけど)チーム制作も普通。


それでも1人にこだわりたければ、それはそれで、本人のスタイルだし、本人の選択。


ただ、あなたのポテンシャルは、1人だと、グッと制限されるのは間違いない。





■たった2週間で起きた劇的変化■

最近のこと。わたしは、ガンになり、治ってほぼ引退状態になっていて、短期的にやりたいこと中心にやっていたが、まだもう少しは生きられそうだと分かり、長期的にやり遂げたいことを、昨年末頃から、本気のチャレンジとしてしたいという気になってきた。

そこで、旧知のバルセロナオリンピック元代表で、現在コーチをしている方の「2週間チャレンジ」を7月頭(2026年)に受けた。
これに、独自の要素を加味して試みた。


知り合いではあったが、「見られている」と思うと、さすがに手は抜けない。
毎日ヘトヘト。


結果、たった2週間で、取り組み方が激変した。具体的には、1時間単位で自分のパフォーマンスを計り、体調管理や食事、運動などをかけ合わせ、

・作業の精度
・時間の使い方
・集中力
・生活の整え方
・達成度

全部、底上げされた。

なぜか?

基準が上がったから。


人は、基準が上がると、それに合わせて能力を使い始める。

大統領になった日から、眠れるポテンシャルをたたき起こすように。


逆に言うと、多くの人は(これに関しては自分もだけど)、自分を甘やかし、適当なところで妥協し、折り合いをつけ、低い基準のままで、そこに安住している。


つまり、

「できない」のではなく、

(できるのに)「そのレベルでやっていないだけ」。


絵を描く練習もしないで、「絵が描ける人はいいわね」なんて言ったりするように。(念のため、この人は、いい人で応援もしてくれた




■漫然と生きていないか?■

日々、なにも明確にせず、なにも目標立てず、なにも解放せず、なにも進めず、もっと言うなら、なにも考えず、思考停止状態で、惰性で生きていないだろうか?

もし、こういう人が「変わりたいのに変われない」と言ったら、あなたはどう思う?


再度、言うが、わたしは責めているわけではない。自分も含め、「分かったつもりになって、やらない」部分が多いことに、気づかないと、一生、変わらないままだということ。


2週間チャレンジで、自分の甘さをまざまざと痛感させられた。


甘さとは、できるのにやらないこと。

ガンが治り、短期的にやりたいことばかりをやっていたが、もう少し生きられそうだと分かり、ほぼ引退状態だったところから、また、今度は、長生きして人生最大のチャレンジをするつもりで、錆つきまくった心も身体も、フルレストアして取り組んでいる最中。

どれくらい生きられるかは分からないが、長生きするつもりで、とことんやりたい。
(というわけで、健康や身体のメンテナンスにはかなり力を割いている)


特に2週間チャレンジの気づきは大きかった。



あなたは、間違いなく、フェラーリを、ケリーのバッグを、備えている。

その性能や魅力を生かしきれず、埃かぶったまま、「ゴミ」同然にしてしまうのか、最高に良さを発揮し、輝かせるのか、それはあなた次第。

わたしは、存分に引き出したい。

1年後、別世界にいる自分を見たい…




■まとめ■

あなたは、能力がないわけじゃない。
おだてているわけでも、お世辞を言っているわけでもない。

アメリカの大統領になったとして、1年後のあなたと、いまのあなた。

そのギャップを考えればわかる。

ただ、甘やかして使っていないだけ。
軍隊なみにしごかれて、能力が上がらない人がいるだろうか?


まずは、たった1つ、「基準」を上げるだけで、あなたの生き方はかわる。


あとは、

やるか、やらないか。
望むか、望まないか。


10年後、20年後、どれくらいの差になるか、真剣に考えてみて欲しい。

決めるのは、あなただ。