「どうして生きなきゃいけないんだろう」

子どもの頃の私は、そんなことばかり考えていました

『普通』とか『常識』とか

まわりを見て、見よう見まねで演じて生きていました

ウチのルール世間一般のルールは、あまりにもかけ離れていて――

小学生の私は、それに気づくこともできず「私がおかしいのかな?」と、いつも自分を責めていました。

何が良くて何が悪いのか

『当たり前』ってなんなんだろうと

幼少期シリーズ↓



●誰も気づかない高熱と、ひとりぼっちの私

小学2年生、運動会の練習中

私はいつも、かけっこでは一番なのに、その日は最下位でした

「ちゃんと走りなよ!」

女子たちの鋭い声が飛んできて、私は戸惑いました

えっ??ちゃんと走ってるよ??

手を抜いたわけでも、ふざけたわけでもないよ??

なんで??

そんな事言われるんだろう?

何が悪かったんだろう?

意味が分かりませんでした


下校中、動けなくなり座り込んでいると「熱が、あるんじゃない?」と近所のおばさんに声をかけられた 測ってみると、なんと39度もありました。
私は、自分に熱があることさえ気づけない子でした

しんどいって言ったら怒られる

泣いたら叩かれる

そんなふうに育ってきたから 

しんどくても耐える

これくらい大丈夫と、

いいきかすうちになんにも感じなくなっていたんです

「辛い」と気づく感覚自体が、どこかに消えてしまっていたのかもしれません

それは大人になった今でも、まだ抱えている問題です💦


次の日も高熱が続き、私は1人で寝ていました

しんどくて

辛くて

心細くてショボーンショボーンショボーン

いつもは極力母の事を、考えないようにしていたんですが

こんな時お母さんがいれば

頭を冷やしてくれたんかな

ずっとそばに、おってくれたんかな

と考えたのをハッキリ覚えています


泣くと怒られる

それに泣いても誰も来ないって、わかってる

1人ボッチだってわかってる

でも昼間は父がいないから、そっと泣いたのを覚えています


そして、運動会当日

その年は全学年、家族とではなく教室でお昼ごはんを食べることになりました「ウチだけ親が来ないのが、かわいそうだ」という理由だったらしい 

クラスの子に「お前んとこのせいだ」と言われたのを覚えています


ですが当の本人の私は自分が可哀想なんてこれっぽっちも思ってなかった爆笑
なぜなら
その日のお昼は――
ホカホカ弁当「のり弁」だったから!!
だって

いつものごはんより、ずっとちゃんとしてる 

ごちそうレベル爆笑キラキラ

ごはんの上に海苔、ちくわの天ぷら、白身魚のフライ、甘辛いきんぴら、どれも家では見たことない、おかずだったし、何よりちゃんと味がしてすごく美味しかった爆笑爆笑爆笑

だから私は、ご機嫌でしたルンルン

「おいしいなぁ

のり弁サイコー」ってキラキラキラキラ



●これが『理不尽』ってやつなんだと始めて知った

ウチは父が決めたこのルールにのっとり誰かが何かをやらかすと、関係ない兄弟全員で怒られるという不条理がありました


「誰がバナナをトイレに流したんやっ!! 詰まってるやないかっ!?」父が怒鳴り散らしてた

私: ……??

ウチは貧乏だったから、おやつなんてなかった「3時のおやつ」がある家がうらやましかったくらいなのに

バナナなんてあるわけないやん!?バナナ

父:「口が、きけんのかっ!?」

今にも殴られそうなので、私は必死で答えました

私:「ウチにバナナがあるわけないやん それに、そんなとこに流したりしない」 

と 黙っても怒られる 口を開いても怒られる まさに地獄(今書いてて思い出したけど、そういえば兄や、弟はいっつも何も言わなかったような…… だから私が受け答えするしかなかった)

父:「なら、これはなんなんやっ!」

私: ……知らんし??

兄弟の顔を見ても全員「訳わからん」って顔をしてました

結局そのまま暗い夜に兄弟全員追い出されました

「連れてって」って泣いて頼んだけど、お兄ちゃんは1人で友達の家に行ってしまった 

私はまだ低学年、弟は保育園児

2人で途方にくれ、路地裏に隠れることにしました

「お兄ちゃんは、いいなぁ…」

「なんで、こんな目にあわなあかんねんやろ…」

路地裏は、とても暗くて寒くて怖かった


何時間か経過し、そろそろ父が寝ただろうと、そっと家に帰ると兄はとうに帰っていたみたいでした 

探しにきてもくれないんだ……

私達も父を起こさぬようにそっと寝ました


次の日 父は笑いながら 私達に

父:「バナナやと思ったけどウンコやったわ あんなすごいウンコ誰がしたんや」笑い笑いと笑って言いました 

私: はぁ!? 

この人何言ってんの? 

どうして謝らないの?

あなたの勘違いで私達怒られたのに

あんなに恐い思いをしたのに

始めて腹の底から、湧いてきた気持ちでした

だけど 何も言えませんでした

言えば、どうなるかわかっていたから


いつのまにか

私は、言いたい事が

言えない子なっていました 

どうでもいいことは言えるのに、大事なことほど言えなくなる


今このブログを書きながら こんな笑えるエピソードやったんやなと思えます笑い泣き笑い笑い

でもあの時はただただ理不尽さに震えていました


---

しんどくても、

誰も気づいてくれない

つらくても、泣けない

理不尽にも耐えなきゃいけない

「助けて」って言いたかった だけど、誰に言えばいいのかわからなかった


これが、あの頃の私の生き方でした


あの頃の出来事が、今も私の生き方に影を落としている気がします

自分でも色々と内観してきましたが、あえて、このブログに書くことで、より自分と向き合えるようになってきましたニコニコ


まだまだ続きます


カバー画像:ミミクリ(イラストAC)