前回書いたように、

私は父子家庭で育ちました 

父は毎晩お酒を飲み、その偏った思考のの元で私は育ちました

幼少期シリーズ①↓


当時、ひとり親家庭はまだ珍しく我が家は町内でもちょっとした話題になっていました 毎日、掃除をし買い出しをし、ご飯を作っている私を見て、近所の大人たちは、私のことを「しっかりしてる」「えらい子や」とよく褒めました その陰で、自分の子どもに「なんであの子みたいにできひんの」と叱るので、私は同年代の子たちから、

「調子に乗るなよ」

いじめ冷たい視線を向けられていました


 でもね、実際の私は

父という絶対的恐怖服従するしかなかったんです

ちゃんとしてた』

わけじゃなかったんです


誰も教えてくれなかったから、

“常識”“当たり前”がわからないまま、ただ怒られないように必死に毎日を過ごしていました

父との会話は、叱られることばかりで

「教えてもらう」という経験は、ほぼありませんでした 

私は『わからない』ことだらけの中で必死に生きていました


● 小学校の頃の集合写真を見返すと、髪が、はねたまま写っている私がいます

 朝に髪をとかすことは、していたけれど、水で整えるなんて知らなかったクシ

「直す」「整える」って発想すら、当時の私にはなかったんですドライヤー


 私は「おしゃれ」も「身だしなみ」も、なにもわかりませんでした

「お風呂に入る」「顔を洗う」「歯を磨く」「服を着る」

それが“全て”だと思っていました

くどいようですが、本当に誰にも教わってこなかったから


 ある日、小学校の身体測定で、みんなと同じように下着姿になったときのこと 女子たちがコソコソ私を見て笑ってるのがわかりました 

「あんたんとこ、貧乏やからパンツもツギハギやん!」

お尻がすり切れた下着を、祖母(たまに遠方から来てくれていました)が縫ってくれたものを履いていたのでした(昭和初期のツギハギパンツパンツって言えば伝わるかな?笑) 

まわりを見ると、みんな新品でかわいい下着ばかり 私はもう、恥ずかしくてたまりませんでした


 ●掃除の時間にも、同じような出来事がありました 私が机を拭いていると、女子たちが言いました 「その雑巾、洗った? 床拭いたやつで机拭かんといてよ!

びっくりしました 家庭から1枚ずつ雑巾を持ってくる決まりだったので、私はその1枚で全部を拭くものだと思ってたんです「床用」「机用」に分けるなんて、考えたこともありませんでした

そもそも、

私にとって「学校を掃除する」という感覚自体が、よくわかりませんでした

父は「学校なんか掃除せんでええ!そんなことするくらいなら、うちをキチンと掃除せえ!」と日々、怒鳴り散らしていました  

だから私は、学校の掃除の“意味”すら、理解していなかったんです


うちのルールは

父の気分で決まっていたから

 今日はOKでも

明日は怒られる

そんな毎日だったから

「やってはいけないこと」

よくわかっていませんでした


“正しいこと”“普通”が、

私には、わからなかったんです


「しっかりした子」

言われていた私は

本当は、

誰にも教わらないまま、

ただただ恐怖で服従している

普通の子どもでした


 心の中ではいつも、

「私っておかしいのかな?」

「なんでこんな思いをしなきゃいけないのかな?」

「私が悪いのかな?」

そんなふうに

自分を責めてばかりいました


 だからいつも、びくびくして人の顔色ばかり伺っていたんです


今ふりかえって

当時の私に伝えたいことは、

あなたは、ちゃんと向き合ってたよ あの時できる精一杯を頑張ってた!!  

だからもう

後悔しなくていいっ!

恥じなくていい!

本当によくやった!って照れキラキラ  


いろんな思い出があるけど、今回はここまでにしておこうと思いますウインク


カバー画像:ODEN(イラストAC)