敷地面積が183万6千平方メートルもあるここの公園内を散策してみると、野球場やサッカー場をはじめ、ソフトボール場、児童広場、自由広場などがあり、各種スポーツなどに活用されていたのだサッカーそしてここからは、富士川の土手道を一気に北上し、雁堤(かりがねつつみ)の堤防を利用して造られた公園で、江戸時代初期に雁堤の築堤によって、富士川の東側下流域が新田地帯に開発された「雁公園(かりがねこうえん)」を目指して行った走る人ここ雁堤の名称は、堤の形状が、雁が連なって飛ぶ形に似ていることから名付けられたもので、実際に岩本山の麓まで散策してみると、土手の形が「W」みたいな形をしていたので凄く不思議だったニコニコそして最後に、身延線柚木駅付近から住宅街の中を西へ歩き、東海道線富士駅に午後1時20分頃にゴールしたフラッグ今日の12㌔のコースを無事に歩き終えた僕は、富士駅構内にある「ヴィドフランス富士店」というパン屋さんに立ち寄って遅い昼食を食べてから、特急ワイドビューふじかわ8号に乗って帰りました電車今日は天候に恵まれなかったため、コース道中から富士山を間近に見ることができず、その影響で何も無い土手歩きが永遠と続いてしまい、最高につまらないコースとなって凄く残念でしたダウンおしまいチョキ
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東海道線菊川駅を午前9時10分頃にスタートした僕は、「JA遠州夢咲菊川支店」でお茶のサービスをいただきながら近道をして行くと、延暦11(792)年に創建されたと伝えられている「大頭龍神社」に到着した走る人現在の拝殿は宝暦13(1763)年に、本殿は文化11(1814)年に修復再建されており、文政7(1824)年に建立された青銅の鳥居は、菊川市の文化財に指定されていたのだキラキラそんな「大頭龍神社」で手を合わせ、平成17(2005)年に菊川市と菊川市茶業協会との間で決定した「絵になる茶畑十景」の一つで、運が良ければ、ここから富士山を見ることができる「富士山が見える茶園」を抜けて行ったあし菊川で栽培されているお茶は、遠州の風と恵まれた太陽の光を得て、アミノ酸を多く含む茶肉が厚いのが特徴となっていて、この茶葉で作る「深蒸し茶」は、とりわけ風味が高く、これまで多くの賞を受賞しているのだお茶そんな美味しいお茶のサービスをここでもいただくことができ、かわいた喉を潤すことができたニコニコそして、東名高速道路の高架下を潜って、お茶のサービスが行われていた「菊川運動公園」を抜けて行くと、通称「高田ヶ原」と呼ばれている小高い丘で、農学校・草競馬場・青年学校など、
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時代とともに変遷(へんせん)し、現在は市民公園として親しまれている「菊川公園」に差し掛かったあしさっそく公園内を散策してみると、園内の西側には、日本にお茶を伝えたと言われている「栄西禅師」の石碑があり、今日はその目の前で地場産品の販売が行われていたのだニコニコ僕はここで「スイカの冷しカット(250円)」を購入し、暑さに負けないよう美味しくいただいたナイフとフォークなんせ、暑さの影響で食欲不振に陥っていたため、この「スイカの冷しカット」は非情にありがたい食べ物だったしょぼんそして、丘陵地を下って市街地を歩き、明治時代後期に建てられた堀之内にある赤レンガ倉庫で、当時はお茶の再製工場が所有し、倉庫に加えてお茶のブレンド作業も行っていた「菊川赤レンガ倉庫」へと向かった走る人ここ「菊川赤レンガ倉庫」は、菊川市の主要産業である茶産業が発展していった歴史を今に伝える歴史的建造物で、平成26(2014)年4月に国の文化財として登録されたレトロ感ある大変素晴らしい建物となっていたキラキラここでもお茶のサービスが行われていたため、その美味しいお茶をいただいてから、東海道線菊川駅に午後12時20分頃にゴールをし、今日の11㌔のコースを無事に歩き終えることができましたフラッグおしまいチョキ
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