我輩はヘタレである。根性も何もない。



昨日、もう結構長い付き合いになる女友達と久々に飲みに行った。

結論から言うと、おいらはホントにダメダメでした。


一晩も一緒にいて、何もせんとか中学生か。笑

カラオケだったけどね。

言い訳か。


二人でカラオケとか行くと、交代で歌う場合、ずっと歌ってるか曲選んでるかしてないとダメじゃん?

あーいうのがね。

んでお互い曲も歌わんと何かしでかせるかなーって思ってると、テレビから流れてくる広告で気持ちが冷めること。

こりゃダメだと観念しました。


んでもって、一緒にいる時に考えこととか策略練ってちゃいかんですな。

向こう若干気遣ってくれてたやんけ。

気持ち切り替えられた&気付けたから良かったけど。


終わりよければすべて良しというのがあるわけで。

終わりのほうでそれはチャンスと思われるものがあったのが、気付いた時にはもう電車の中。

こりゃダメだ。


次回にとか、こんな日にとか色々考えすぎなんだよ。

もっと素直になりなさい。


はいそうですよ。

好きですよ、きっと。

初めて会ったときから。


そりゃ人生に影響を受けた人の一人ですから。

ずっと関わっていきたいなとも思ってますよ。


付き合うのって何じゃ?ってずーっと考えてる。

一緒に居たいのならば、友人のままで良い。

今の時代、付き合ってなくてもそういうことしちまう関係もある。


個人的にはきちんとせんと思うけどな。

倫理観的に。


で、付き合ったの別れただのって関係は関係が修復したためしがない。

復縁とかではなく、友人関係としてだ。


なので、その人とずっと関わっていきたいと思うなら、今のままが良いのではないかと考えたりもする。

けど、誰かに彼女を紹介するとか、そんな気もさらさら起きない。

というか、嫌だ。


ってことはそういうことなんだろう。

計画的に動きましょう。

変わり映えのない、何てことない繰り返しを「日常」と呼ぶのなら、今がまさにその時である。


心身共に健康、心は澄み渡っている。

部屋は汚いのに。


いや、汚いという言葉は言いすぎだ。

適度に整理されてはいるが、乱雑と言う感じである。


二、三年前から本を読むようになった。

小説、ビジネス書、語学書、実用書、哲学書、等々。

・・漫画はカウントされないか?


とりあえず、本が在り過ぎるのである。


一度読んだものは捨ててしまえばいい。

そんなこと言われたらしょうがないのだが、捨てられないのだ。


何故捨てられないのだろうか。

読むか読まないか分からない本を。


確実に読む時間を以前は取っていた為、定期的に内容は消化出来ていた。

しかし、最近では習慣が変わったため、読みたい本は山ほどあるのに、時間を取れない。

いや、取らないのかもしれないが。


自分の部屋の中に、読みたい本がそろっているのに、読まない。


これは言い換えると、自分の周りに付き合いたい女性が山ほどいても、俺は手を出さないということか?



ちょっと違うか。

でも、心意気は近いものがあると感じる。


要するに投げ出しちゃってるんじゃないかと。

新しいものばっかり手を出して、足元がおろそかになっているんではないかと。


そりゃ多少は気付いてるよ。

でもそれだと走れないんだ。

自分が望んでる終着点まで時間が足らないんだ。


はい、言い訳だね。

もっと根性いれて物事取り組みなさい。

自分は恵まれている。


風呂上りにテレビをちょろっとみた。

そこでは夜間中学校の現状を映していた。


基本的な会話、「この写真の色は何色ですか?」との文章におぼつかない平仮名で回答する男性。

掛け算の基本的な問題を必死に回答する女性。


あぁ、英語の勉強も似ているなと感じた。



そして、僕らが当たり前に行っていること。

こうして文字を書くことや、本を読むこと。

パソコンを操り、手間を省く。


彼らは60歳前後である。


それに比べて、僕らはなんて恵まれているのだろう。


地域に縛られないコミュニティ。

表現の自由。

文化の自由。

自由な発想。

多量な情報。

世界と繋がるネットワーク。


どれだけの可能性があるのだろう。

前を向いても、先が見えない。


だが、彼らは先どころか、足元すら見えないのだ。

そして、後悔という言葉で表現された過去。


自分を信じろ。

恵まれている。


社会の波が、世界の波が僕らを押し上げる。

きっと近い将来、飲み込まれてしまうだろう。


いや、もう渦中にいるのかもしれない。


けど、僕らには出来ることがある。


今、出来ること。コト。

全力でやっていこう。


Nov. 8th 2008