その試合で、相手チームにハンドがあったのを審判が見逃しており、
監督がその点にも言及していたそうです。
(そこまで審判のせいにしてるわけではないでしょうが。)
まあ、あえて言ってしまえば、よくあることと、よくある状況です。
高校サッカーのみならず、FIFA主催の世界大会ですら、充分ありうる。
っていうか、よくある。
ただ、勝ったチームはともかく、真剣勝負で負けたチームにしてみたら、
自分達の実力以外の部分が敗因に繋がったのだとしたら、それは
ものすごく納得のいかないこと。
真剣であればあるほど、尚更。
終了直前ならまだしも、時間が残っている状況ならばその後の流れを
変えてしまう可能性もあるし、もし誤審や見逃しなどがなかったと
したら・・と考えたら、そりゃあどこまでいっても影響が無いとは
言い切れない。
あくまでタラレバだけど、監督が言うのも理解はできる。
だけど、特にメディアを通じてなどでの審判のせいを臭わす発言や態度は
フェアでないと思うし、気持ちはわかるけど、そういう行為自体が
とても残念なことだと思います。
はじめに言っておくけど、審判のせいではない。
勿論、見逃してしまったのは審判の力量不足もあるだろうし、
その点を別に良しとして流す気もないけど、
結局それも含めてサッカーなんだから、しょうがない。
審判委員会では今頃(?)当該審判員のアセスメントが報告され、
より良いジャッジに向けて指導や注意、激励などが行われてるでしょう。
程度によっては、ペナルティもあるのかもしれません。
そんなものです。
それ以上に、おそらく有りようが無い。
仮に判定のせいで負けた、つまり、審判が優秀ならばこの手の案件が
全て的確にその場で処理されるのだとするならば、世界でも指折りの
優秀な審判員がアサインされるFIFA主催大会でも似たような案件が
起きるのはなぜだろうか。
結局、審判であろうと、人がやってるのだから、ミスや見逃し、
その他もろもろあるのが当たり前ってことです。
技術の進化によって、ビデオ判定の導入是非などもFIFA理事会の議題
に上がったりしてますが、結局それらは世界的な導入には至らない。
(資金面など、他にも色々な事情があるでしょうが。。)
100%正確なジャッジを求めるのであれば、人間ではなく全て
コンピューターにやってもらうのが良いでしょう。
そんなことができるコンピューターがあればの話ですが。
でも皮肉なことに、仮にビデオやコンピューターなどどんな高技術・
マシンを駆使しようとも、「それらを使う」のはどこまでいっても人間。
つまり、そもそもの話、100%なんて、最初から無理。
ミスやグレーな判定も起こりうれば、選手22人、さらにいえばベンチ
含む全員を90分常に監視することなど不可能。
いや、監視できりゃいいってものでもない。
審判に文句を言うのなら、じゃあお前が審判やってみろ、と言いたい。
(気楽に文句を言えるほど、審判の世界は実際は簡単ではない。)
だから、審判の判定に文句を言ったりするのではなく、ミスもあれば
逆に有利に働く可能性も含めて全てを飲み込んだ上で試合に参加し、
チームは1点でも多く取ることにのみ精力を傾ける。
それ以上でも以下でもないでしょう。
仮に、この点が理解できていないのであれば、サッカーをやるのは
止めた方がいい。
(いや、勿論、気持ちの面で収まりきらないからつい文句の一つも
出ちゃうんでしょうけど。。。)
ところで、今回の件で青森山田のエース・柴崎は
「ジャッジは運。その後、点を決められなかったのが僕らのミス」
と言っていたようです。
そういうことです。
実に良くできた青年というか、成熟したサッカー観というか。
むしろ監督の方からそういう風に選手に話して、これから先もサッカー
人生を歩んでいくであろう若い選手たちに向かってしかるべき「指導」
をして欲しかったですね。
オシムさんが日本代表の監督になってから、その哲学がすごく注目され
るようになり、やはり海外、特にヨーロッパのサッカーの文化と歴史は
成熟しているな、と日本中で感じたことでしょう。
それに比べて、日本のサッカーにおける「指導者の未成熟」ぶりは
将来的な発展のための重要な課題であると感じました。
代表強化、選手育成と並びJFAが重視する事項、指導者養成。
ワールドカップの日本招致よりも、予算や人手を割くべき喫緊の課題は
こちらにあると思います。