iPhone用のケースが今どんどん種類豊富になっています。


先日東京ゲームショウ2010に行ってきましたが、

そこではゲームテックという会社が出店しており、まあ何かと

いうとNintendoDSやPSPなどの携帯ゲーム機に関して外装を

個性的に演出するためのカバーやケース、シール等の類を扱って

いるところのようでした。


和柄(さくらや鯉など)を派手かつ大胆に使っており、対象も

携帯ゲーム機のみならずWiiやPS3などの固定型の機種にまで

広がっており、方法もカバーからシールや巾着など様々です。


携帯ゲーム機ならいざ知らず、固定ゲーム機までその対象として

しまうなど、ゲーム機あるところ全てに需要を創出してしまうほどの

商売根性はたいしたものだと感心してしまいます。


パンフレットをみると博多にある会社のようで、わざわざこのゲーム

ショウに出店することが認知拡大や販売機会の創出のためには

不可欠だったのでしょうね。


これはすごいなと思っていると、ありました。iPhoneとiPad用が・・・。


すでにGREEやモバゲーなど、ケータイがゲーム機種の一つとして

定着してきた感がありますが、iPhone(iPad)もゲームアプリは様々

あり、ケータイよりも画面サイズや表示性能が高いので携帯ゲーム

としての側面も強いのでしょう。


そういえば今年のゲームショウでは、スマートフォンやスレートPC等

の新たなモバイル端末コーナーも設けられていました。

専用機器で高度な内容のゲームを家庭又は移動中に楽しむか、

より可動性を重視して手頃なゲームで楽しむのか、

もはや人の生活や好みに合わせて端末を選ぶ時代になっています。


で、iPhoneケースですが、こちらも和柄オンリーでカバーからケース

からシールまで一通り揃っており、最近よく見かける単純な

キャラクターものや無柄のあっさり系とも異なり、インパクトが強烈。


中でも木目調のものにはオリジナリティを感じました。

最新の電子機器をウッディな素材で包むというアンバランスさと

斬新さは、それを持つ人の気分や内面を向上させてまでくれそうです。


一方で個人的には鋼のケースが、質感や見た目の色鮮やかさ、

シャープな印象で気に入ったのですが、どうやらそれは外国人に

バカ売れということでした。


外国人の中には日本文化に興味を持つ人は少なくなく、

現代の日本人が興味を持っているかどうかとはまったく別の観点で、

和柄を日本的だとして魅力を感じるようです。


そういうところから日本人のナショナリズムの意識の低さをまた感じて

しまうのですが、まあそれはおいといて、、外人が好む和風のiPhone

ケースというところに、ある意味さらに興味を持ちました。


iPhoneケースはもう、ケータイと同じように個性を表現するための

ツールの一つとして成長しているように思いますが、その中で

より楽しめるものを見つけ出してとりいれていきたいですね。

三越銀座店がリニューアルオープンし、大盛況だったようです。


初日開店前には2000人が行列をなし開店時間を早め、

一日の来客数は18万人、売上は7億円だったとのこと。


今回の改装で売場面積は従来の1.5倍になり、銀座地区では最大。

独自の視点で商品を揃えた自主編集売場や、屋上の一部を利用

した芝生広場にカフェなどが設けられたフリースペースなど、

銀座一等地にあっての贅沢なつくりも目を引きます。


特に気になったのは、1Fが百貨店定番の化粧品売場ではなくなった

こと。雑貨やバッグ、ジュエリー等を配置し、化粧品は地下1Fへ。


確かに多くの百貨店で、入った時に立ち込める化粧品売場のあの

独特の匂いと雰囲気は、化粧品に用の無い客にとっては何だか一歩

引いてしまいがちな(無駄な)圧力があります。


自分は女性ではないのでその感覚はいまいちわかりませんが、

逆にあの入店第一歩が百貨店らしい高級感の格好の演出の場なの

かもしれません。


でも特に男性にとってみたら、いかにも入口からしてあまり歓迎されて

いないようにも感じられてしまいます。

というか、単純に入りにくいというような・・?


また、百貨店で化粧品を購入するスタイルにあまり馴染んでいない

若い女性客にしてみても、もしかしたら近い印象を持つものかも

しれません。

特に今はインターネットで化粧品を購入する客も増えていますし、

百貨店の売上が年々減少している、まさにその原因の一つがそういう

購買スタイルの変化でもあると思います。


また、土地柄でみても、近年のFOREVER21やユニクロの進出など、

明らかに単なる高級路線から庶民へと客層が広がっていたり、高額な

消費支出を避ける傾向など、銀座といえどもその状況はまったくの

様変わりをみせているところ。


客を引き寄せる要素がなければ、そもそも商売にならない。


だからこそ、まず入口となる1Fの売場構成は非常に重要で、

そこに一つ目を付けたのだろうと考えます。


まず客(百貨店なのでターゲットとしては広いと思いますが・・・)が

入り易いことが第一。

入ってもらえなかったら、売場を用意しても上に昇ってももらえませんし。


そのためには、個客にじっくりと対応するため人気や物の多くない化粧品

ではなく、人が集まり易く物が充実して賑わって見える売場づくり、という

ことになったのではないでしょうか。


狭い売場でいかに充実した店舗づくりをできるかということを必死に考えて

いるコンビニエンスストアをみれば、それはよくわかると思います。

・店内は外からみて開放的にみえる

・窓側に雑誌を並べ、人が入っている様子を見せる

このあたりは人が入り易い店舗づくりの基本ですが、百貨店業界では

基本的な考え方は異なっていたと思います。


勿論、コンビニは1フロアですが、百貨店はそうではないので、

一番集客を見込める商品群ということを踏まえて、今回のような結果に

なったのではないかと思います。


とはいえ、歴史と伝統のある三越にとっては、これまでの在り方を変える

ということは、かなり勇気のいることではなかったでしょうか。


裏を返せば、そういう部分にこそメスを入れて、百貨店としての在り方を

変えていかなければ、本当に売れない、後が無い、という危機感の表れ

ではないかと思うわけです。


勿論売れているのであれば特に変える必要はないのですから、入口部分

から構成を変えるということは、それだけ切羽詰まっているということですね。



あと一つ気になったことは、9Fに芝生広場とテラス、それからフリーで

使えるレストスペースが用意されているというのは大きいですね。


都心の街中、とくに百貨店などは、少し休んだり待ち合わせたりするような

場合にもスペースが無くて、広くて歩きまわるし時間も長時間に及ぶので

足がすごく疲れます。


当然そのような時にはカフェに入って一休み、ということになったりするの

ですが、百貨店内の店舗は単価も高いし店の雰囲気によっては入りづらい

こともしばしばです。


荷物を持ってちょっと休憩したり、店が立ち並ぶ銀座においてエアコンの

入った快適なスペースで待ち合わせなどできてしまったら、それだけでも

すでに黙って足を運んでしまいそうです。


それが銀座のランドマークである三越の中だったりしたら尚更・・。


フロアを思い切って贅沢に使ってしまう、その大胆さの裏にはこのような

客心理の読みがあり、単なる「店舗」から、もっと人が集まるランドマーク

へ、という三越銀座店の理念理想のような思いが込められているのでは

ないでしょうか。


勿論、百貨店として高級感を出すことは重要だと考えているでしょうが、

その出し方は、何も1Fに広々と構える化粧品売場でしかないと限定する

必要はない。


また、勿論買ってもらうことが目標ではあるものの、それ以前に人が

集まるところ、あるいは長時間過ごしてもらえるところでなくては、

そもそも買ってももらえない。


そんな基本的な考え方が今回の店舗設計には多分に込められている

ように思います。


まだ行ってないですが、是非近いうちに足を運んでその良さを実感して

みたいと思います。

たとえば、ツイッターでつぶやきたいことがあったとします。


その場で携帯(あるいはPC等)からつぶやければベストですよね。


でも、

仕事中などで全然ツイッターなどやっていられない時、

携帯の電源が切れてしまった時、

つぶやくのを忘れてだいぶ時間が経ってしまった時、

リツイート等の拡散でようやく情報を知った時、

気になるニュース等のネタを知ったのがだいぶ遅かった時。

色々あると思います。


そんな時、どこまでが、いつまでが、つぶやきのネタとして

許されるものなのでしょうか??


ブログなどでネタを探してて、ニュースサイトなどをみてたら

たまたま興味のあるネタをみつけたものの、3日前だった。


その時点からつぶやくのって、ありでしょうか・・?


それとも、それはすでに情報として話題性として旬を過ぎた

ネタになってしまっており、ストレスのたまる雑音になってしまう

のでしょうか?


最近その部分が妙に気になるのです。



というのも、ツイッターの特性として

・つぶやきがタイムリーであること

・情報量が膨大のため過去はすぐ忘れ去られる

・リアルである(飾られたものではなく生身の感覚に近い)こと

・拡散し話題を生みやすいこと

という辺りが考えられるからです。


つまり、新しいネタや面白い内容には即座にユーザーが反応し、

そういう行為や情報自体には価値があるが、内容を練って中身を

厚くして生み出した例えばブログのような性質の情報や、何らかの

事情があってすぐには反応できなかった情報にはもはやつぶやき

としての価値は無く、それらはただいたずらに情報の全体量を

増大させるだけのゴミやチリでしかない、ということなのではないか

と考えるわけです。


人間生きていればだいたい何かしらの活動をしているわけで、

常にパソコンの前にいたり携帯を握りしめているわけではないし、

様々な媒体や方法で飛び交うありとあらゆるニュースを全て把握

できるなんてこともあり得ません。


とはいえタイムリー性がウリのメディアを駆使してすでに旬を過ぎた

情報をネット上に垂れ流すというのは、すでに迷惑行為でないかと

さえ思うのです。



近年特に感じるのは、すでにかなりの高度情報化社会

(そういえば最近はもうこの言い方しませんね…)であり、

益々多様化するデバイスを用いて生活はユビキタス化しつつあり、

そのような環境下では自分に適した・必要な情報をいかに効率よく

効果的に収集・処理できるかが重要になります。


一日24時間は誰が何をしていても平等に訪れ、うち起きている

時間を仕事や勉強、食事、移動等様々な構成要素が奪い合う

世の中です。


どれだけ早くなったとしても人間の情報処理能力が飛躍的に

向上することはないし、睡眠時間が不要になることもありません。


そんな中、近年のこのツイッターに代表されるようなメディア

ツールを頑張って使いこなし、情報収集や展開をしている人々

とは一体どんな人たちなのだろうかと疑問に思い、またある意味

畏敬の念を持つにすら至るわけです。


だからこそ、自分はそれほどツイッターにのめりこま(め)ず、でも

そのタイムリー性から、ニュース配信アカウントを中心にフォロー

することで、そこにツイッターというメディアとしての価値を見出し

ていたりします。


また、タイムラインをスクロールするのだって勿論ゼロ秒ではない

わけですし、なるべく自分が興味関心のある情報や、有用なネタ

を中心に取り込めるよう、少しでも意味=価値の無いと判断できる

情報は瞬時に取捨選択して省き効率を重視しています。



ということで話は元に戻って、改めて、

じゃあタイムリーでなくなったネタは他の見ている人たちにとって

削除対象となるムダ情報なのか、、?ということになります。


この問題はおそらく人によって考えは異なるでしょうし、

強いて言うなら一般的には●日位、などという表現はできるの

かもしれません。


別にそこにこだわるわけではないのですが、

納得の仕方としては、タイムリーであるかないかをざっくり判断し、

それについてはブログを活用する、または残念ながら諦める、

という選択を今後していく、ということになるのでしょうね。


今後もソーシャルメディアはさらに進化していくことでしょう。


そうなると、今ユーザーが不便・不明・不満に思っていることを

また新しい形態のニッチ媒体が登場し、それらをうまい具合に

解消していくことがあるのかもしれません。


高度情報化が勢い余って不便な社会になってしまわないよう、

ユーザー視点で使い勝手の良い、分かり易いメディアを、また

情報を意識して展開・活用していかないといけませんね。