モラハラと内ゲバの相似 | 父が自己愛性人格障害でモラハラ・DV加害者です。その記録として。

父が自己愛性人格障害でモラハラ・DV加害者です。その記録として。

家庭と職場が戦場です。
怒号罵声物のぶつかる音泣き声叫び声日常茶飯事。
家庭内で行われる汚い争い。
自分だけ悠々自適な生活をし、
私は踏みにじられ尊厳を奪われている。

私にも静かな普通の暮らしする権利がある!

内ゲバとは同一党派または同一陣営などの内部での暴力を使用した抗争のこと。
主に学生運動もそれに当たる。

1950年~2003年までに起こっており、
死者は100名以上、負傷者は数千人と言われている。
元々仲間だった者たちが敵対し、戦争状態になり、
自分たちを正当化するために計画的な殺人を行った。

内ゲバが発生する理由とモラハラが起こる理由がとても似ていると思った。

引用させていただきます。

元ネタはこちら

理由は簡単。
はっきり言えば「気に食わないから」でしょう。
理想家は始末に悪い。
現実に目をそむけないと、自分達の正当性を立証できないから。
理想家は思い込みで思考・行動するから余裕が無い。
そのため些細なコンプレックスやストレスから激発しやすくなる。
今の「キレる」方々と同じです。
「自らが絶対正しい」とムリヤリ信じ込んでいるから、否定する存在を排除しなくてはいられないのです。
だから身内で討論しても、「自分と違う意見を言うやつは敵、敵は殺せ」と、こうなるのです。

というように、
日本でつい最近まで内ゲバの名で殺人が行われていたことを知って
甚だ恐ろしくなりました。
あまり公に語られることがないものですが、
殺された人は学生だったり社会人でもみんなまだ若く
前途洋洋の優秀な人たちだったことと思います。
あまり今語られない理由は、
犯人が分からないこと、
時代の流れで起きたこと、
当時の過激な思想家たちによる別世界のこと、
若さゆえの行動で残された家族には理解できないこと、
というように
片付けられているように思えます。

しかし、それから時代を経て、
今の学生は生ぬるいとか言われますが、
団塊ジュニアもそうですし、
そもそも内ゲバなんて不可能でしょう。
現実的になったのだと思います。
それに、
理想を現実に近づけることの難しさを知っている大人は
物事に寛容で、ゆったりと余裕があると思う。
そして、今の若者は理想家よりもまとめ役に惹きつけられるのではないかな。


ただし父は古い人間で理想家です。

理想が高いから仕事が進まない。
さっさと決断すれば済むことを
こねくり回して複雑にして、
難しい顔しているけど、
集中すれば2時間で終わるような仕事ばかり。
決断できないから途中でストップ。
それを10件くらい抱えている。

また、思い込みの塊です。
実はすごいコンプレックスとストレスがあるらしい。
いつもイライラ、ピリピリ。

そして、父にとっての敵は私です。

ただ、
父は理想家崩れになっているようです。

夜の父を見ているとテレビを毎日見ることが
父の理想なのかと思えます。

夜7時前後から夜中の2時・3時まで7時間以上の長い時間、
毎日毎日休むことなくテレビを見ています。

お正月休みは、1週間何にもせず昼から毎日テレビ。

年賀状もお墓参りもお正月のお飾りも全て私と母でやった。

父がやったことは12月30日に鏡餅を供えたことだけ。
それだけで「疲れた」と言っていた。
鏡餅を買って来たのは私ですが、だまっていました。

父は「ご先祖様を大切にしろ」とか
「俺のお墓だ」とかよく言っています。

でも、昨年も今年も、
父だけお正月にお墓参りをしていません。
昨年から、家族3人で行くのを止めたのです。
前もってお墓の掃除を私がやっておき、母に一人で自由に行ってもらいます。

何故なら父と一緒に車に乗ると、車の中の密室で自分の不満をぶちまけて私と母をいじめるから。
それと、お墓でああだこうだと注文を付けて命令して威張り散らすのが耐えられないから。
他の家は静かににこやかにお参りしているのに、
うちはいつも父が怒鳴っていて、苦痛だ。

お供えの菓子を置くのに「お盆を持ってくれば良かったのに。気が利かないな!」
(父が自分で前からお盆あるといいなと言っていたんだから父が持ってくれば良いこと。私も母も別にお盆がなくても不便とも何とも思ってない。父だけが要求が高い。)
花を生けようとすれば「はさみあるか?」
(これから花に手を付けようとする前に先回りして口に出す)
花を切ると「ゴミ袋!」
その後、花は前もって適当な長さに切ってから持参すればゴミも出ないので、
前もって切っておくことにした。
線香に火を点けようとすれば「ライター!」
(あるに決まってる。なければお寺で借りれるし。)
全て父のペースでこっちのペースでやらせないので、
一緒にいてすごくストレスが溜まります。
父にとってはこれが自分の見せ場なのです。
そして、もしはさみがなかった場合だけ文句を言い、
あった場合に「あって良かった」「助かったよ」「偉いね」とは言わない。
どっちにしても父は自分は何も手を汚さずに全部自分の手柄とする。
お墓参りに行く前は、出発ぎりぎりまでテレビ見たりして何にも気にしていない風なのに、
現地に着いたら豹変するのだから、ついていけない。
父と一緒に出かけるといつもこうだ。
父は自分のペースで私たちを振り回すのが快感なんだろう。

そして、昨年から3人一緒に行かなくなったら、
とたんにお墓参りの話題すらしなくなった。
自分だけがまだ行ってなくて、私も母がもう済んでいるということを認めたくないので、
話題にしないのだ。
いつだって自分が一番じゃないと気が済まない。
もし一番になれないのなら、なかったことにする。逆切れ。

これってまるで内ゲバ状態だと思う。
本来の思想(ご先祖様を大切にする)より、
自分の正当化が目的になっている。

今までのお墓での威張った振る舞いは何だったのか?
父が立てたお墓なんだけど。

この話しをもし知人にしたら、
「お父さんを立てて一緒に行ってあげればいいのに」
と言われそうだ。

はたから見ると父を除け者にしていじめているように見えるだろうか?
父は実際に「自分はいじめらている」と思っているのだが。
いじめられていると公言し、
私に対して「いじめるな!」と言ったり仕返しをしたりしているのだから、
いじめとは言えないようにも思う。

それに、もし、
「お父さんどうして昨年も今年もお墓参り行かないの?」
と聞いたら、
「なんだと!このやろう!」と
私が蹴り倒されます。

相手が動くのを待ってから反撃に出る。
モラハラ加害者はいつも後出しジャンケン。

父は正月1週間の休みの間、一度も外へ出かけませんでした。
買い物すらしませんでした。
自分が何かしてもらいたいという子どものように
何もできない人。

年末年始はいつも母がいじめられます。

大晦日に当日になって急に「何かごちそうあるのか?」
「ない」と言えば、「これだからな!」と捨て台詞。
逆にごちそう準備しても食べなかったりするし、
何考えているのか全く読ませない。
結局、大晦日の夕食は家では食べず、温浴施設へ入浴と食事に行った。
最初から「お風呂屋行くからごちそうはいらないよ」って言うか、
前持って「すき焼きが食べたいけどどうだろう?」ってお伺いするもんじゃない?

自分の気持ちの押し付け、
相手をおとしめるための会話。

神様はどうして父みたいな人を野放しにしているのだろう。
本当に不公平だ。