皆さんこんばんは。 続いて仁川駅に。

 

乗車してきた 5203F。 折り返し線に引き上げていくところです。

 

下り宝塚行ホームに入線する5203F。

 

普通宝塚行5203F。 阪神競馬開催時や 朝のラッシュ時に 西宮北口方面からの折り返し列車はありましたが、宝塚方面からの折り返し運転を私が目撃したのは、この時が最初で最後でした。

 

 

宝塚から到着した普通仁川行6012F。 6012Fの到着とともに5203Fが発車していきました。10時近くなっていましたが、ラッシュ時並みの混雑でした。

 

折り返し線に引き上げる6012F。 

 

宝塚行ホームに入線する6012F。  仁川まで電車で来た方々は、持てるだけの支援物資などをもって、徒歩でそれぞれの目的地に向かっていました。

 

この後 家族と合流して 宝塚経由で箕面のスパーガーデンまで震災後初めてお風呂に入りにいきました。 そして 帰りは十三経由で西宮北口まで戻り 駅付近で買い物そして 一駅だけ復旧していた今津線で門戸厄神まできました。

 

普通門戸厄神行7020F。

門戸厄神の字幕はなかったために 白幕。 運行標識板を使用していました。

列車は、下り線のみを使用この7020Fの一編成が行き来していました。

 

この後は、歩いて仁川の自宅まで戻ることに。 線路沿いの道をトボトボと歩いているうちに 日が暮れてきて 新幹線の倒壊現場に着く頃には真っ暗に。 線路沿いは直進することができず 西側に迂回 甲東園駅では 駅東側の傾いたマンションを見上げたときは、かなり衝撃でした。  甲東園駅からは、復旧していた逆瀬川方面に行く阪急バスに乗って仁川まで戻りました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。2月の終わりに親戚の家に行った帰りに 山陽新幹線の六甲トンネル出口上の公園によりました。

 

阪急電車との交差部分では 高架橋が横向きに置かれていました。

線路沿いには多数のクレーン車が集結し復旧工事が行われていました。

 

3月のある日 中山寺駅。

普通大阪行。207系。9時前でしたが車内はかなりの混雑。

 

そして 連写で撮影しました。

DD51-1116牽引。臨時寝台特急あかつき82号京都行。 京都ー長崎・佐世保間に一往復 福知山線・播但線経由で運転されていました。確か 4両が長崎行 3両が佐世保行だったと思います。 7両と短いのは 播但線の行き違い設備の関係だったと思います。  このほかに 新大阪ー熊本間に なは81・82号も14系寝台車7両編成で運転されていました。なは82号の方は、大阪着が早朝だっっために記録できませんでした。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんばんは。 震災発生後は、家の片付けなどをしつつ仕事に行き3週間ほどは休みもなく過ごしていました。 2月になってやっと休みがあり、少しだけ撮影に行きました。

 

普通仁川行 3058F。

 

当時の今津北線は、山陽新幹線の高架橋の倒壊と 西宮北口駅ー門戸厄神駅間の国道176号線の高架橋の落橋と2箇所で大きな被害を受けました。 しかしそれ以外では 線路の歪みなどがあっただけで、1月30日に宝塚ー仁川駅間の運行が再開されました。これで 1月18日に復旧していた仁川から宝塚線を経由して梅田まで行けるようになりました。

 

普通宝塚行5203F。

 

光が反射して見にくいのですが、運行標識板には、宝塚ー仁川間の印刷したものが貼り付けて対応されていました。

 

普通仁川行7022F。 字幕車では、通常の字幕以外に貫通扉にも運行標識板を使用していました。

 

普通宝塚行 6012F。 ほぼ10分間隔で運転されていました。

 

当時の自宅は今津線の見えるところで 電車の音が再び聞こえてきた時は 勇気が湧いてきました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 震災から1ヶ月が経った2月の下旬に 少しだけ撮影。

 

生瀬駅。

普通大阪行。

 

快速大阪行。 

 

そして宝塚駅に戻りました。

特急エーデル鳥取 鳥取行と 2番線で特急を待避する 臨時普通新三田行。

 

続行の急行みやづ 天橋立行。

 

JR宝塚線に応援に来た117系100番台車 臨時普通新三田行。 大阪ー神戸間の大動脈が寸断されていた時期で 三田駅で神戸電鉄と北神急行で三宮方面 加古川駅で加古川線で山陽本線に 和田山駅で播但線に乗り換えることで姫路まで。大阪ー神戸間が鉄道で移動できました。姫路からは山陽新幹線も運行再開していたので 長距離利用客の迂回路ともなっていました。 その多客対応のために各地から応援の電車が投入されて臨時列車や定期列車の増結が行われていました。  この普通も臨時ダイヤだったために 宝塚駅で待避していました。

 

その117系に乗って新三田駅に。

 

真ん中は、関西本線快速色の113系。 奥は117系300番台定期の快速大阪行です。

この時の時刻表を買う余裕がなかったので詳細は分かりませんが、かなりの臨時列車が運転されていたと思います。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。 まず最初に 本日の画像は 脱線車両になります ご注意ください。

 

宝塚大橋から見た 宝塚大劇場と阪急今津線の鉄橋。 1995年1月17日午前9時過ぎに撮影しました。

 

当時私は、仁川駅近くのマンションに住んでいました。 大きな揺れで目が覚め 倒れてくる本棚やテレビを避けながら揺れが収まるのを呆然と待っていました。 揺れが治るか治らないか 真っ暗な窓の外を稲光みたいな閃光が何度か走ったのを覚えています。 家の中は全てのものが倒れ散らかり足の踏み場もなくなっていましたが。幸い 身内に人的な被害は全くありませんでした。

 

明るくなり 家の周りも倒壊している建物はなかったので 宝塚市内の職場に徒歩で向かうことにしました。 テレビで、今津線の脱線のことは報じていたので知っていました。

 

脱線した6025F。 地震発生から4時間あまり この時はスマフォもなかったので ラジオも聞いていなくて どれだけの被害が出ているのかわからないままに いました。

 

橋を渡って撮影。 傾いた 6025F+2250F。

 

架線柱に激突して大きく凹んだ 2721号車。 この車両のみ廃車となりました。これ以外の車両は 修理されて復旧。 6025+6125の2両は 3両編成に組み直されて今津北線などで。 2720号車はT車化されて 宝塚線6015Fの前から3両目 6762号車。

2250と2251号車は、現在の7090と7190となっています。

 

この後 職場について 後片付けなどをしてから 暗くなってから帰宅 とてつもない地震が起きていたことを知りました。

 

自宅は 無事だったので 幸いでしたが、水道 ガスのない生活が2ヶ月近く続きました。

 

阪神淡路大震災以降も 大きな自然災害などが多発していますが、いつまた身に降りかかるかわからないので 常に心の準備をしていきたいなと思います。

 

ありがとうございました。

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。  新宿駅からある列車に乗ってこの駅に。

 

御殿場駅を発車した 特急あさぎり5号 沼津行 です。 小田急新宿駅から この列車に乗って御殿場駅にきました。 御殿場も雨が降っていました。 御殿場までやってきたのは もちろん雪の富士山を撮るため。。。

 

普通国府津行です。115系の3両編成です。  御殿場線はJR東海の路線で車両の115系もJR東海バージョン。 冷房装置が独特でした。

 

特急あさぎり6号 小田急新宿行です。 

J R東海 371系直流用特急型電車です。 以前に1994年の記事でも書きましたが、

JR東海の 小田急直通特急あさぎり号用の電車です。 371系は この1編成しか製造されませんでした。

 

中間車2両は、サロハ371で、2階建車両。 2階がグリーン席で 海側が1人掛け 山側が2人掛けの3列シート。 1階席は、普通車指定席車でしたが、 座席配置は、グリーン車と同じの3列シートで シートピッチも1100mmだったそうです。 

車体の塗装は、同時期に登場していた 東海道新幹線100系と同じもので 白3号をベースに 窓周りが青20号の帯で 100系と同じ 窓下に細帯もついていました。 流線型の先頭車に 2階建車両が2両。1編成しか製造されず 在来線では兄弟はいませんでしたが  100系新幹線が兄貴分的な存在の風変わりな電車でした。 

 

この後は、何もすることもなく 駅近くのビジネスホテルに引き篭もりました。

そして 翌朝 奇跡が起きると信じて撮影ポイントに、  1994年の時とは違って 沼津方面に電車に乗って移動 裾野駅東側の富士山の見えるはずだった場所に向かいました。

雑誌の撮影ポイントもはっきりせず、雪どころか姿も見せてくれない富士山をバックに撮影しました。

 

特急あさぎり2号小田急新宿行。 この年は、暖冬で全国的にも雪のかなり少ない年でした。

 

富士山も見えないので 駅に戻りました。

特急あさぎり1号 沼津行です。駅近撮影スポットでした。

 

富士山の裾野の緩やかな下り坂を 軽やかに下って行きました。

 

御覧頂きましてありがとうございまいした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんばんは。 

 

多分 上桂駅で撮影。

2303Fと2815Fの離合風景。

 

発車した 普通嵐山行2815F。

 

桂から戻ってきた 普通嵐山行2303F。 そういえば 今津線ではついていた初詣看板ここではついていませんでした。

 

桂駅にて。

普通梅田行2812F。 この編成が 京都本線を最後まで走っていた2800系です。

 

急行梅田行7306F。1988年に新造された編成でまだ比較的きれいでした。

 

特急梅田行 6300系。

 

特急河原町行6300系。 京都線では、6300系にだけ 初詣ヘッドマークがついていたようでした。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。

 

特急スーパーひたち9号 原ノ町行です。 日中の常磐線特急は 651系スーパーひたちと485系ひたちが 30分間隔交互運転でした。 もう少しで415系に被られるところでした。

 

次に 新松戸駅から確か 我孫子駅に移動しました。

特急 ひたち110号上野行です。 

 特急ひたちも 気になるんですが、 今になると 奥の12系客車も非常に気になります。 かすかに読み取れる字幕は 団体表示でした。 

 

特急スーパーひたち6号上野行です。 この列車は 仙台始発で常磐線を完走していました。

JR発足直後に登場した JR東日本651系交直流特急型電車。 確か タキシードボディとかいう キャッチフレーズがあったように思います。 485系をスマートにしたスタイルですね。

 

続いて 新宿駅にやってきました。

特急あずさ17号 松本行です。 時刻表には デラックス車両で運転と注意書きがありました。 グレードアップあずさとも呼ばれていました。  183系の一部車両の 指定席運用車を床面をかさ上げして 窓を拡大、 座席をフリーストップ式のリクライニングシートに交換して座り心地を改善 外装も 写真のように 国鉄特急色から変更されました。  青い簡易リクライニングシートオンリーだった国鉄特急型

車両が改善に向かう最初の一歩でした。

 

特急成田エクスプレス21号 成田空港行です。

車両は、初代成田エクスプレス253系直流型特急型電車です。 この前年の1991年3月から 成田空港アクセス専用特急として運転開始されました。斬新なデザインと カラーリングでした。しかし 特急型なのに 普通車は固定式のクロスシートとなっていました。

 

登場時の基本編成は3両で。新宿発と横浜発の同名の特急が東京地下駅で合流して6両編成で成田空港に向かっていました。 途中の停車駅は 東京駅のみでした

この写真の成田エクスプレス21号も 東京駅で 横浜からきた 成田エクスプレス21号と連結されて 6両編成で成田空港に向かいました。

 

普通千葉行です。 中央総武緩行線黄色の103系です。JR宝塚線だと4両なので 10両編成となると迫力ありますね。

 

サハ204形0番台車。 山手線の11両編成への増結用に新造された車両で 混雑対策用に6扉車でした。 1990年から走り始めて 2005年に山手線全車がE231系に置き換えられて山手線での運行は終了したようです。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

皆さんこんばんは。1992年のお正月3日は嵐山線に。

 

嵐山駅を発車した 普通桂行 2303F。

 

駅の東側の定番スポット。

 

普通嵐山行 2815F。 当時の嵐山線には、2800系2811Fと2815Fの2本と 2300系3編成で運用されていて 全編成運行標識板車でした。

 

 

普通桂行2815F。 この時は 嵐山駅から松尾大社駅まで歩きながら撮影していました。

 

普通嵐山行2303F。

 

当時も確か現在と同じ約15分間隔での運転 2編成が行き交っていました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。  200系新幹線を撮影後  今度は、485系特急ひたちを求めて、新松戸駅に来ました。 武蔵浦和駅から 武蔵野線を使って移動しました。

 

特急ひたち106号 上野行です。 関東地方の485系最後の牙城 ひたち号 を撮影に来ました。

 

特急ひたち105号 勝田行です。 ボンネットのクハも健在。 大きな 「ひたち」の絵入りヘッドマークもゲット。

 

普通電車 代々木上原行です。  車両は、常磐線と営団地下鉄(現東京メトロ)千代田線直通専用の203系電車です。 関東地区も含めて 他のところでは観られませんでした。 しかし もしかすると 関西のJR東西線の開業が早かったら 関西でも観られたかもしれませんね。

 

103系 快速上野行です。 常磐線のラインカラーエメラルドグリーンの103系も関西地区には走っていなくて 見慣れない私に撮っては貴重な1枚に。 多分15両編成だったと思うので 右カーブだったのが残念です。 

 

この時間にここに来たのは この車両が目当てでした。 先頭車はクハ415-1901で 普通勝田行です。415系1900番台は  1991年に登場した2階建て車両で 試作車として1両のみの製造されました。2階部分は 2+3のクロスシート。1階は 2+2のクロスシートで普通車自由席でした。しかし、乗降に時間がかかったため その後は、同型車は増備されず 後のオール二階建て車の215系に発展したそうです。 当時の時刻表には 2階建て車両連結のマークがあり、 上野ー土浦、勝田、高萩間で 午前中1往復 夕方から夜間に2往復運転されていました。

 

営団地下鉄千代田線の6000系電車 普通代々木上原行。  小さい頃の図鑑で 地下鉄電車として載っていたのが、この6000系電車で。この特徴的な前面窓配置で、私のあこがれの車両でした。  

 

御覧頂きましてありがとうございました。