皆さんこんばんは。 阪急電車では、神戸線と宝塚線でダイヤ改正が行われますが、最近 公式HPで PDF形式で時刻表が公開されましたが、それを紙ベースにしたものが 宝塚線神戸線各駅で配布されました。

 

阪急ニュース リネア 宝塚線版。

宝塚線に関しては、通勤急行が新設されますが、大幅な時刻変更は ないように思われます。

 

続いて。

神戸線版。

逆に 神戸線の方は、平日の朝夕ラッシュ時間帯のダイヤが大幅に変更されます。

単なる 10両編成運転の廃止。 通勤急行の塚口通過による快速に変更だけでなく 発車順序や 時間がかなり変わっています。

朝ラッシュ時について 上の記事以外に気づいた点を書いていきます。

西宮北口駅発で7時台〜8時台後半で 通勤特急が約7~8分間隔 快速が約15分間隔 西宮北口は通過ですが 準急も約15分間隔 (快速と準急は十三駅時点で交互に7~8分間隔)普通は 神戸方面発と西宮北口始発を含めて7〜8分間隔の運転となりました。

 誌面のトピックス以外に大きな変更点としては、 まずは 上り方面。 

 今津線からの準急が宝塚発が現行より3分繰り下げられています。 そして現行ダイヤでは 西宮北口で特急の発車の直後に神戸線に入り 特急が園田で追い越した 普通の後を走って十三についていたのを あとの通勤特急の前を走るようになり 準急も普通を追い越すように変更になりました。

これによって 塚口駅での優等列車はどれも普通より 十三梅田方面には、早く着くようになりました。 ただし 準急の所用時間は変わっていません。

 また 現行ダイヤで 武庫之荘始発の普通列車が1本 7時30分発でありましたが

30分繰り上がって 7時ちょうど発になっています。

 

細かいところでは、6時台のダイヤはほぼ変わっていないのですが、現行6時52分西宮北口駅始発の通勤特急大阪梅田行が、急行大阪梅田行となっています。

 

次に下り方面。

7時台ぐらいから 大きく変わっていき 梅田発7時27分発通勤特急高速神戸行 7時30分発特急新開地行が続行運転。 その後 梅田到着後回送となっていた編成が 7時46分発通勤特急新開地行となる他は、急行西宮北口行となり その時間に運転されていた 神戸方面への通勤特急は、特急に変更になっています。 8時台は、特急急行普通が7~8分間隔で運転さるようになっています。

 

平日夕方ダイヤです。

現行の通勤急行が塚口通過の快速 特急が塚口と六甲停車の準特急になります。

次に大きな変更点としては、梅田発で普通が2分繰り下がり 快速は1分繰り下がります。 そして 現行ダイヤでは、西宮北口まで先行していた 普通が、園田駅で快速と準特急の2本を待避するようになりました。

これは 私にとっては少しショックで 帰宅時 神崎川駅から西宮北口駅を利用しているのですが、現行ダイヤより所要時間が7分も伸びるようになってしまいました。。。  今回のダイヤ変更 大阪方面への通勤利用に対しては、かなり便利になったようですが、 神戸方面への通勤通学利用に関しては 若干不便になったようです。特に 神崎川 園田 塚口駅ですね 

細かいところでは、夕方ラッシュ時 新開地行オンリーだった特急に 18時前後に2本準特急高速神戸行が設定されています。

また 平日ダイヤで 日中の山陽電車の神戸三宮駅への乗り入れがなくなっています。

土曜休日ダイヤは、ほぼ現行と同じです。

 

長くなりましたが、 最近帰宅時に 少しづつ神戸線通勤急行を記録するようにしています。

 

 

 

 

武庫之荘駅停車中の通勤急行神戸三宮行。

 

梅田駅にて。

 

今回は、長々と御覧頂きありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんばんは。 前回訪れてから 2週間後 あかつき82号を新大阪で撮影した後に また正雀工場の外周を歩きました。

 

2842号車。 伊丹駅の崩落で廃車になった 3109号車の代替え車を捻出するために この廃車予定の2842号車に 3000系の電装品などを載せ替えて 3072Fの3022号車と入れ替えて その3022号車を 2代目3109号車にするために改装している途中だったようです。

 

修理中の2250Fの車両。真ん中の先頭車が2250号車です。

 

修理中の2720号車。修理後は、T車化 6762号車となりました。

 

7027号車。 この編成は、震災発生時 梅田行普通として 三宮駅を発車直後に脱線しました。

 

2251号車。 スカートがつき 修理が完了したようでした。

 

中止になったレールウェイフェスティバルで展示予定でした。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。  今回は 新大阪駅で撮影。

 

DD51-1117牽引 寝台特急あかつき82号 京都行。

 

ホームの先端ギリギリで停車。 寝台車の窓には 降りるのを待つ人の姿が写っていました。

 

京都に向かって発車しました。

 

岸辺駅に移動しました。

特急スーパーくろしお7号 新宮行です。

 

パノラマグリーン車を先頭に持つ 381系特急スーパーくろしお号は 1989年に運転開始 2000年のあこも改良工事までは、白地に黄色と赤の帯が入った塗装でした。

 

普通住吉行。

 

新大阪方面に回送されていく 167系電車。 ヘッドマークは 「サンケイ春休みミステリー列車」となっていました。

 

特急はるか15号関西空港行。 281系特急はるか号は 1994年9月に運転が開始されました。当初は5両編成が基本でした。 これを撮影した直後の1995年4月から 中間車の増結がはじまって 現在と同じ基本編成は 6両となりました。

5両編成で運転されていたのは、最初の半年ほどとなりました。 J

 

特急白鳥 青森行。 機会があれば 必ず撮影していました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 今回は 昨日の夜の部の続きになります。

西宮北口駅から徒歩で  夙川駅付近に留置された7023Fを見た後、夙川沿いに南下してJR神戸線を記録しました。 撮影場所は現在のさくら夙川駅付近です。

 

当時のJR神戸線は、大阪側からは住吉駅まで復旧していました。

201系普通住吉行。

 

113系快速芦屋行。 普通電車は住吉まで運転。 快速電車は、芦屋駅で折り返していました。 また 芦屋駅まで複々線が開通していました。

 

外側線を走る 221系新快速住吉行。 新快速も住吉で折り返していました。 日中は、15分サイクル 新快速 快速各1本 普通2本の通常とほぼ同じダイヤまで復旧していました。

 

205系普通住吉行。

 

207系普通高槻行。 少し分かりにくいですが、震災前のJR神戸線207系は、2両+6両の8両編成で運転されていました。 この207系も8両編成でした。 震災前は、日中は6両編成で ラッシュ時に8両で運転されていました。

 

快速米原行。

快速芦屋行。  

新しいバラストが入っていますが、波打っている感じで 急いで復旧に漕ぎ着けたという感じがしました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんばんは。 1995年の3月22日 西宮北口駅から徒歩で夙川駅まで向かいました。

 

夙川駅西側の切通し区間に留置されていた 7023F。

 

震災の当日 7023Fは、普通須磨浦公園行として 夙川駅を発車直後でした。

 

編成は 神戸方と大阪方の3両に分けられて留置されていました。

 

大阪方の3両。 確か脱線したと思いますが、被害が軽微で線路に戻されて留置されていました。 西宮北口への高架橋。夙川からの西の区間も被災していたため しばらくの間ここに留置されていました。

 

この後 4月7日に 夙川駅ー岡本駅間が復旧し この区間の折り返し運転に従事しています。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんばんは。  とある駅のポスター。

 

30th KOBE ルミナリエ 明日1月24日から開催です。 

阪神淡路大震災の犠牲者を追悼と、震災の記憶を後世に継承することを目的として 1995年の年末の12月に開催されていましたが、2020年から 新型コロナの影響で休止 2023年度末から再開。時期を1月17日の震災追悼行事の後 1月下旬の10日間になりました。 その最初が昨年(2024年)です。

 

公式HP

 

 

そして 話は変わって。

鉄道ジャーナル 休刊。 恥ずかしながら 私が知ったのは 一昨日 たまたま開いた X アプリの おすすめ欄に出た 小倉沙耶さんの投稿でした。電車の中で 声が出そうになりました。

 

1978年7月号。 中学1年生の夏頃。小遣いで買えるようになって購入。 ここから2010年の2月号まで 毎号購入していました。 記事を作成しているパソコンの背後の本棚には 300冊ほどのジャーナルが並んでいます。 購入しなくなってしまったのは、鉄道自体に昔ほどの話題がなくなり マンネリ化した感じだったのと スマフォを使い出して 活字離れも影響したのかなと思います。 定期的に購入しなくなっても 関西地区や阪急電車に関する特集の時は買ったりしていました。

 

ジャーナルと同時に 季刊として発行されていた 同じ頃から旅と鉄道も毎号購入していました。

 

今日 近くのブックファーストで 久しぶりに買ってきました。 やはり少し薄くなったのかな? 巻頭からの32ページの特集は、津軽鉄道ストーブ列車とJR五能線の特集。それと シリーズの凋落のメインライン 今月は 紀勢本線西線 この二つの記事は、さすが 鉄道ジャーナルと思える ボリュームでした。 

そして 鉄道ジャーナルといえば 列車追跡シリーズ。 このコーナーは、賛否両論あると思いますが、過去記事の再掲で 今月号では 2012年頃の急行はまなす と 寝台特急日本海 でした。

 

あと2回の発行。 鉄道の魅力を教えてくれた 鉄道ジャーナル、今までの感謝も込めて 買おうと思います。

 

旅と鉄道は どうなるのだろう。。。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

鉄道ジャーナル3月号をAmazonで購入しようと考えられている方へ。 現在Amazon本体では、売り切れており、新品を出品している業者から購入することになり プライム会員でも送料がかかるようになっています。 ということもあって 本屋で購入しました。 売り切れを心配しましたが 近所のブックファーストでは10冊ぐらい積んでありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんばんは。 3月になると少し余裕ができ 明石方面の無事だった親戚を訪問。その途中の三宮駅にて。

 

普通御影行 8000系。 

阪急電車の神戸市内の復旧は、2月20日に御影ー王子公園が開通。 3月13日に 王子公園ー三宮間が開通し 御影ー三宮間で運転が再開されました。 この運転に際しては、 車庫と線路が繋がっていなかったために 車両検査が簡素化された 8000系が 集結しました。

 

鉄路の復旧は少し進みましたが、街中はそのままでした。 

 

西の方を見ました、車止めの先で高架橋が損傷して 三宮ー花隈ー高速神戸間は普通でした。  113系は 快速姫路行。 この頃のJR神戸線は、灘駅から西の方が復旧していました。

大阪方面から JRで住吉駅まできて 徒歩か連絡バスで阪急御影駅に、そして阪急電車で 王子公園か三宮駅まで来ることで 鉄路の乗り継ぎで 阪神間が移動できるようになりました。 私もこのルートで移動しました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 まずは連写で。

 

臨時寝台特急あかつき82号 京都行。  この日は 川西池田駅で記録しました。

 

そして 北伊丹駅に移動しました。

朝ラッシュの運転を終えて 北伊丹駅西側の留置線に留め置かれていました。

 

こちらも確か 臨時快速姫路行です。 予想外だったので慌てて撮りました。 4量と短かったのですが、後ろから2両目は、秋田地区からの応援車両でした。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんばんは。 最近 ネット動画でよく阪急正雀工場の外周を回って 新車や改造車両の紹介をする動画がよく公開されていますが、1995年3月 所用のついでに私も正雀工場に行っていました。

(今回も 閲覧注意ください。)

 

 

3109号車。伊丹駅で被災した 3159Fの伊丹方先頭車。

 

一番手前のクーラーキセはなくなっていました。

 

同じく 伊丹駅で被災した3159Fの伊丹方から2両目の2087号車。

 

クーラーカバーは破損し 車体も微妙に歪んだ感じでした。

この2両も復旧されることなく廃車となりました。

真ん中が 2251号車です。 宝塚大劇場の横で脱線した車両です。 スカートがなくなっていますが、修理中でした。

 

仁川駅を発車した 8020F普通宝塚行。 当時住んでいた家から撮影。仁川駅北側にある弁天池。ブルーシートのところの遊歩道の法面が崩れました。 確かこの付近の今津線線路もずれていたような気がします。

 

阪神競馬場のパドックの大屋根。大震災の激震によって この大屋根がずれてしまい

避難場所としてはスタンドを利用できなくなり、スタンド横の無事だった 厩舎を避難場所として開放していました。

分かりにくいですが、大屋根の内部には櫓が組まれて修理中でした。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。夜の部でもお届けしていますが、3月のJR宝塚線の記録です。

 

113系6連 普通大阪行。

 

117系快速大阪行。

 

確か 臨時普通大阪行。 多分日根野区からの応援の103系。

 

特急北近畿1号城崎行。

 

特急北近畿2号新大阪行。 後ろが切れてしまいましたが、8両に増結されていました。

 

確か 臨時快速姫路行。 大阪から福知山線 山陰本線 和田山から播但線経由で

運転されていました。阪神間の代替だけでなく 山陽新幹線の代替輸送として運転されていました。

 

103系普通大阪行。 前3両が広島地区からの応援。

 

後3両は黄色の103系。 この黄色の103系の編成は、前年1994年の夏に三田ー新三田間の踏切で無謀横断の2tトラックと衝突先頭車は脱線横転して水田に突入 2両目と3両目も脱線しました。 この事故で前3両は廃車になりましたが、 後3両は広島地区から借り入れた103系と組み合わせて運転されていました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。