皆さんこんばんは。  次の臨時急行も2枚看板でした。

 

臨時急行嵐山行 2311Fです。 車内が真っ黒に見えているのでかなりの乗車率のようでした。

 

大阪市交通局66系 普通高槻行。 1990年に登場した 堺筋線専用電車。2012年ごろにリニューアルされていますが、登場から35年 まだ後継車の話は出ていませんね。

 

特急河原町行6356F。 この編成が 2008年に6300系で一番最初に引退しました。

 

急行河原町行8332F+8313Fです。 8413号車の全面少し違和感があるような気がしたら、アイボリーの帯が全面まで来ていなくて 真正面だけ見るとフルマルーンって感じです。

 

次の臨時急行は3300系。

臨時急行嵐山行3325Fです。 表示幕車ですが、黒字に黄色文字で 臨時急行幕も現在では、馬急ぐらいでしか見られないので 貴重ですね。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは、先月末 JR東海所有のドクターイエローT-4編成が引退。 ニュース番組などでも取り上げられて 惜しまれつつ引退 運転終了かと思いきや、その10日後にひっそりと また幸せの黄色い新幹線が走るという 普通の人からしたらキツネに摘まれたような感じになったのではないでしょうか? まあ しかし これを読んでいただいている皆様は そんなことはないと思いますが。

 

 

なお 実写を偶然見て幸福を求められようとしている方は今回は見られない方がいいかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

ブームの去った 新大阪駅21番線 停車中のT-5編成。

この日は、のぞみ検測で ネットの予想情報を元に仕事が終わっても間に合うと思い駅に向かいました。  予想の入線時刻にはまだ間があると思って 東京方面から来るのを待っていました。 ホームの東京方には、20人ほどの同業者が、こちらを向いていました。 ふと振り返ると 21番線の博多寄りにもう停車していました。

 

20番線に停車中の先発さくら565号との並び。 ホームに上がった時 さくら号が止まっていたので もう入線しているとは気づきませんでした。

 

慌てて博多方に戻りつつ 撮りました。

さくら号やこだま号の8両編成車は、ホーム中程に停車しますが、ドクターイエローは、16両編成先頭に合わせてホームの博多方に停車していました。

 

3号車と4号車の間には、大きな引き通し線。

 

 

2号車 大きなパンタグラフカバーが載っています。

 

1号車の方の屋根上に 列車アンテナがついています。このT-5 編成では、後の7号車にもついていますが 引退したT-4編成の方は、1号車のみで7号車にはついていなかったそうです。 編成番号以外での外観上の違いだったみたいです。

 

ブームが一旦去って 20番線側は 私の背後に10人前後 21番線側も20人ぐらいがいるだけでした。 ただ この日は 大寒波の到来で非常に寒かったのもあるかもしれません。その雪の影響で新幹線のダイヤも若干乱れていました。

 

ヘッドライトと営業車にはない 前方監視カメラ窓。

 

動画の切り抜きです。 30分ほど遅れて到着した さくら556号との一瞬の並び。

本来ならならこの時間に 500系こだま854号が到着するはずでした。

 

この後 少し間があるかと思って 動画を止めた瞬間に ぷわぁ〜〜んとタイフォンがなって動き出しました。  ダイヤが乱れていたため 到着と同時に信号が変わったみたいでした。

 

6号車のパンタグラフには、レーザー?が照射されていました。

 

恐らく 予想ダイヤより数分遅れて博多に向けて出発していきました。

 

さて あまりにも寒いのでそそくさと引き上げようかと思ったのですが、列車位置情報でもうすぐ遅れの500系こだま854号が来るので待つことに。

動画の切り抜きです。15分ほどの遅れで到着しました。

 

こだま854号。 V-4編成でした。

 

こだま号遅れのために 21番線に発車ホームが変更された さくら567号が入線。

やはり500系の方が 断然未来的ですよね。

 

こちらの並びが撮れたのに満足して 帰路につきました。

 

ところで ホームに止まっていた のぞみ号のG-3編成の1号車に

品川区東京都のステッカーが 貼ってありました。

他の扉にはなかったのですが、これは??

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんばんは。

 

次の臨時急行も2枚看板。

 

臨時急行嵐山行 5318F。 普段は編成の中間に収まっている5318号車が先頭に立っていました。

 

大阪市交通局6000系の普通高槻市行。 堺筋線専用の車両で 非冷房車でしたが、冷房改造 クーラーは、阪急6000系などと同じものが載っていたようでした。

 

普通河原町行 2307F。

 

急行河原町行7320F。 フルマルーンの原型時代の7320F。 この後驚きの大変身を遂げました。

 

特急河原町行7320F。 1998年頃にアイボリーの帯を巻きました。

 

そして

快速急行京都河原町行 7320F。 2007年に全面が9000系に似たような形になりました。

 

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 

 

特急はくと81号 智頭急行線経由倉吉行です。 智頭急行線が開業したときに JR西日本側では キハ181系を使用した 特急はくと号を定期で1往復、臨時で1往復運転していました。 ヘッドマークは 因幡の白兎をイメージしたものでした。 所要時間は、大阪ー鳥取間2時間45分前後で スーパーはくとより10~15分ほど遅い程度でした。

 

撮りそびれた シュプール妙高志賀の回送。

 

日本海4号、雷鳥16号、221系快速網干行。大改装前の大阪駅3・4番線ホーム。国鉄時代の雰囲気が残っていました。

この日本海の止まっているホームは現在の大阪駅では 5・6番ホームになります。

多分現在の大阪駅 停車するのは 特急こうのとり9号で4番線に停車中。 上の1995年の日本海4号は、現在の写真では、こうのとり9号の右側に停車していたことになります。

 

1995年1月に戻って 大阪駅から環状線の野田駅に移動しました。

223系0番台 関空快速 京橋行です。ヘッドマークがついていました。

 

特急はるか14号京都行です。運転開始当初のはるか号は、5両編成 グリーン車1両と普通車指定席車4両となっていました。

 

特急スーパーくろしお11号新宮行です。

 

再び大阪駅に。

特急雷鳥23号新潟行です。 JR東日本色の 白+青塗装の 雷鳥号。 特急白鳥の方はよく撮影していましたが、雷鳥の方はあまり撮っていませんでした。

JR西日本とJR東日本との車両使用両の相殺の関係で 「白鳥」以外に一日4往復運転されていた 大阪ー新潟間の雷鳥号にも運用されていました。

 

雷鳥号の発車直前 トワイライトエクスプレス号が入線。EF81-113号機と並びました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんばんは。 今回からは、阪急京都線の画像です。 過去に記事にもしています。

 

4月月末の祝日に高槻市駅で撮影しました。

臨時急行嵐山行3318F 嵯峨野エクスプレス。

当時の京都線の日中ダイヤは 15分間隔。梅田発基準で 特急 急行 普通河原町行と普通北千里行の4本が運転されていました。 そして 春秋の行楽シーズンに嵐山行の臨時急行が 9時ぐらいから11時過ぎまで15分間隔で入りました。ちょうど梅田発で北千里行の普通の直前に発車するダイヤでした。  ちなみに 当時の急行の停車駅は 現在の準特急と同じです。

 

急行河原町行3329F。 3300系は 2+6両の8両編成が多く存在し 8両で急行運用にもついていました。

 

臨時急行嵐山行 5309F。 5300系は、8両編成組を中心に表示幕改造が未試行で

嵯峨野エクスプレス看板と 桜をかたどった桃色の急行ヘッドマークがついた2枚看板でした。

 

5300系の8両編成グループも 2+6両となっていて 行楽期の嵐山行運転時は、2両を開放して6両編成で運転されていました。

 

急行河原町行 8304F。

8304Fは1994年製造の8300系最終増備グループで 前面車両番号が運転室窓内電照式になりました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。

 

急行シュプール妙高・志賀4号の回送です。 土曜休日のみの運転のシュプール号で 青い14系座席車で運転されていました。

 

特急スーパーはくと2号新大阪行です。当時のスーパーはくと号は 一日3往復の運転でした。

 

まだ 大屋根のない明るい大阪駅でした。

 

寝台特急日本海4号大阪行。 函館発の4号は、16時53分函館発 青函トンネルを通って 大阪には9時56分到着所要時間17時間3分。 トワイライトエクスプレスの影に隠れて地味な存在でした。

 

快速福知山行。 当時は、日中も1時間に1本福知山行の快速が運転されていました。

 

117系と日本海4号の並び。

 

臨時特急冬こそ北陸雷鳥号 富山行です。 かにすき列車の北陸本線版というべき列車で 9時50分発車で 臨時列車ながら 車両と同じスーパー雷鳥と同じダイヤで設定されている速達特急でした。  この写真は、1月3日に撮影しましたが、

1月15日にも撮影に行きました。

 

臨時特急冬こそ北陸雷鳥号富山行。

 

この日は、489系白山色で運転されました。 ボンネット車の大きなヘッドマーク。大きくなった分 かにが2匹増えていました。

余談ですが、この列車は、カニすきシーズン以外も運転されているのですが、 その際は愛称が雷鳥101号で時刻表には(ニュー雷鳥号で運転)の注意書きがあり、681系試作編成が使用されていました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんばんは。 1995年3月26日。正雀車庫などを巡った帰り道 神戸線の神崎川駅付近で人身事故が発生。梅田ー園田駅間が不通になり 園田駅と西宮北口駅間で折り返し運転が行われました。 西宮北口駅から西側は まだ震災の影響で不通でした。

 

普通西宮北口行 7005F。 園田駅の東側にあった渡り線で折り返していました。

特急は運休 普通が不定期で運転されていました。

 

普通園田行 5004F。

 

園田の行先幕は何ので白幕になっていました。

 

側面の表示幕も白になっていました。 

現在だと神崎川付近で事故があったら 梅田ー西宮北口間で運休になっていますが、この時は、園田折り返しになっていました。  ただ 現在もそうですが 園田駅まで来ても 梅田方面に行く手段はほぼ皆無で園田駅近辺に用事のある人ぐらいしか利用価値はないように思われます。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 今回は、1995年1月3日の撮影分です。

 

臨時特急タンゴエクスプローラー81号宮福線経由久美浜行です。 京都発大阪駅~

福知山線経由で運転されました。 年末年始の帰省ラッシュ期間は 帰省客対象の臨時特急として運転されていました。

 

普通新三田行。 207形の4両での運転も今ではまず見られませんね。

 

快速篠山口行です。

 

KTR001形を撮影して大阪駅に移動しました。

特急はまかぜ1号 浜坂行です。

 

大阪環状線外回り京橋行です。  空気みたいな存在だった 103系でしたが 京橋行ということで1枚。

 

大阪駅に移動してきた目的はこの列車。

103系普通新三田行と急行幕のキハ58。

 

臨時急行但馬81号 播但線経由浜坂行です。 先頭1号車は ボックスシートに白いカバーが見えていますが、指定席車となっていました。

 

3両編成で後の2両は自由席車でした。

急行但馬号は、京阪神地区と兵庫県北部と鳥取方面を播但線経由で結ぶ急行でした。

1980年代後半までは、大阪から運転されていましたが、1990年代になって 大阪ー姫時間は廃止。姫路ー豊岡・鳥取間に2往復運転されるようになっていました。

定期列車も3両編成でしたが 全車自由席車でした。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 今回は、はまかぜ号但馬号以外の味めぐり号をどうぞ。

 

その前に。ホーム停車中の味めぐり但馬号。

EF58-150号機の正面から撮影していました。

 

その150号機ですが 現在は、ここに。

2011年に車籍抹消後 一般色に戻されて 京都鉄道博物館のトワイライトプラザで余生を過ごしています。

 

さて 本題に戻って。

臨時急行味めぐりわかさ号 湖西線小浜線経由若狭高浜行です。 エーデル丹後の運用を外れた後は、臨時列車運用についていて 湖西線を走る電車特急にスピードで劣るためか急行列車として運転されていました。

 

臨時特急味めぐりはくと  智頭急行線因美線経由倉吉行です。

 

全車普通車指定席のキハ181系5両編成でした。 当時の智頭急行線では、HOT7000系使用のスーパーはくと3往復と キハ181系使用 特急はくと号1往復が運転されていました。 定期でもキハ181系が残っていて 週末の土曜下り日曜上りの変則1往復で味めぐり号も運転されていました。

 

そして もう1本キハ181系使用の臨時特急

臨時特急味めぐり北近畿3号城崎行です。 以前の記事で 米原発の味めぐり北近畿1号とその後に 381系使用の3号をご紹介しましたが、1996年その味めぐり北近畿3号は、キハ181系グリーン車組み込みの6両編成で運転されていました。 13時9分発で その4分前の13時5分には定期の特急北近畿9号が運転されていて 4分間隔の続行運転でした。  週末土曜日のカニすき需要の大きさがわかりますね。

 

普段では見られなかった 681系特急ズーパー雷鳥(サンダーバード)22号と並びました。

 

土曜日味めぐり号のラスト列車は。

臨時特急味めぐりタンゴエクスプローラー号 福知山線宮福線経由久美浜行です。京都始発で 大阪を13時21分発でした。

流線型のKTR001系でしたので ヘッドマークはついていませんでしたが、KTR001系の福知山線営業列車での初入線は、 この臨時列車からでした。

KTR001系のデビューは1990年で 京都発の山陰本線経由の特急でした。 その後1999年10月のダイヤ改正で 大阪発福知山線経由の特急に変更されました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。 前回の朝の部で かにかにはまかぜ号を記事にしましたが、30年前 正確には29年前でしょうか、 1996年の1月大阪駅にて撮影しました。

 

臨時特急味めぐりはまかぜ 浜坂行です。 キハ181系8両編成で グリーン車1両普通車指定席車7量でした。1月~2月の土曜休日に1往復運転されていました。

 

当時は、「かにかに」ではなく 「味めぐり」と冠していましたが、他の列車と共通デザインのヘッドマークがついていました。

 

当時の1996年1月号時刻表です

紙面の中央に 味めぐりはまかぜ号。 現在のかにかにはまかぜ号は、大阪駅9時38分の発車ですが、1996年の味めぐりはまかぜ号は、12時20分発の発車でした。 浜坂には 16時11分着で 20分の間合いで折り返し大阪行で戻ってきていました。

 

味めぐりはまかぜ号の他にも多数の臨時列車が運転されており 左端には、臨時快速味めぐり浜坂号 この列車は サロンカーなにわ使用でした。 残念ながら画像なしです・・・

 

しかし はまかぜ号の17分後 12時37分発 臨時急行味めぐり但馬号。

今なら ケガ人が出るかもしれない列車で運転されていました。

大阪駅1番線に入線 EF58-150号機牽引で SLやまぐち号用のレトロ客車5両編成でした。

 

撮り鉄風の人はほとんどおらず 純粋にかにを食べに行く人でホームは一杯でした。

 

なぜか サボは 但馬カニスキでした。

 

 

御覧頂きましてありがとうございました。