皆さんこんにちは。 少し間が開きましたが 続きです。

 

寝台特急トワイライトエクスプレス 札幌行。  今回は、この1枚を撮るために訪問しました。 といっても そんなに訪れてはいないんですけどね。

 

特急はるか25号 関西空港行。

 

新大阪始発の 特急北近畿9号城崎行の回送。 新大阪発着の特急北近畿号は、向日町運転所まで回送されて折り返ししていました。

 

特急スーパー雷鳥24号 大阪行。この列車は 前7両が和倉温泉始発の列車で 後ろの3両は、金沢駅で増結されていました。

 

113系快速米原行。編成が11両あったら良かったんですが、1990年代前半の快速は 大体6~8両が基本。 新快速でもほぼ8両編成でした。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんばんは。 ついに明日22日から阪急電車神戸線・京都線ダイヤ改正ですね。

19日水曜の帰り道 西宮北口駅にて。

 

平日の時刻表のみ新ダイヤに交換されていて その上から現行ダイヤが張られていました。新ダイヤの快速の青が浮かび上がって見にくくなっていますねえ。 これを見ると 快速の方が 通勤急行より2本少ない感じです。

 

横の停車駅案内も 快速がすけて見えています。 通勤急行が快速に置き換わっていますね。

ダイヤ改正は、2月22日土曜日からですが、実際の平日ダイヤが変わるのは、25日の火曜日からになりますね。 神崎川駅・園田駅をご利用の皆さんも 特に大きく影響があるのでご注意ください。

 

 この直前 武庫之荘駅で撮影。

通勤急行神戸三宮行。7023F。 検査明けピカピカの7023Fが通勤急行の運用に入りました。 木曜が休みだったので 水曜の夜は、最後だと思って 遅くまで記録しまくりました。

金曜の最後の夜は、YouTubeの 梅田駅や三宮駅を写すライブカメラを見て通勤急行の見納めをしたいと思っています。

 

 

全く話題が変わりますが、

車内ポスター。 阪急電車では今年の3月末で磁気定期券の発行が終了されます。

ご注意ください。 ゆくゆくは、磁気の切符も無くなるのでしょう

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんばんは。 1995年の5月 王子公園駅です。

 

普通御影行8000F。

御影ー三宮駅間の折り返し運転で 普通のみ日中は10分間隔 ラッシュ時は6~7分間隔で運転されていました。

阪急神戸線の被害区間で一番最初に復旧したのは、この王子公園駅ー御影駅間でした。2月13日に運転再開。撮影している下りホームの損傷が激しかったために 列車は下り線路に入線していましたが、上りホームを線路上まで仮設延長して たかやく対応しながら運転していたそうです。2月20日にJRの灘駅以西が開通して、 大阪方面からJRで住吉駅 徒歩で阪急御影駅〜阪急王子公園駅 徒歩でJR灘駅と行くことで 電車での大阪ー神戸間の移動ができる用意なりました。

 

三宮に移動しました。JR三ノ宮役ホームから撮影しています。

普通御影行8003F。

 

普通御影行 8006F。

三宮駅の特徴のあった駅ビルは完全に取り壊されていました。

ところで2023年になりますが、現在のほぼ同じ位置で写真を撮りました。

回送 8008F。ホーム屋根に隠れていますが、三宮駅には新しい高層の駅ビルが建ち線路の山側にもビルが増えました。

 

1995年の写真。

三宮駅に当直する 下り113系の快速加古川行。 駅の南東方向をが映っています。

 

2023年の同じ方向。

223系快速網干行。三宮駅の海側も多くのビル群が立ち並びました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこん日は、前回の記事で 大阪駅の廃線跡などと記載しましたが、その場所撮影していないかと過去画像を探していて これだと思って見つかったのが、

 

1983年に撮影したこの画像

特急はまかぜ2号の回送。 記憶の中では旧11番線から発車したと思っていたのですが、左にも線路が見えていて どうも旧9番線から発車したようです。 位置的には、この線路が現在の11番線付近になります。

 

もっと探してみると。1992年夏。

11番線から発車した 臨時特急雷鳥。

 

特急スーパー雷鳥。 あまりこの方向へは撮影していなかったので数少ない写真。2025年にサロンカーなにわを撮影したのは 11番ホームの先端付近ではないかと思います。

 

続いて1992年11月。もっとわかりやすい画像がありました。

旧10番線を発車した 寝台特急彗星 新大阪行。 

 

30年の時差がありますが、ほぼ同じ場所ではないかと思います。

 

続いて 1996年の画像をもう少し。

寝台特急彗星 新大阪行。 1992年の大阪発九州方面への寝台特急は3往復 日豊本線南宮崎行の「彗星」 西鹿児島行「なは」 長崎佐世保行「あかつき」でした。

それぞれに ヘッドマークもついていました。

 

同じく1992年の夏。

EF58-150号機牽引 臨時急行マリン但馬 浜坂行。

 

客車の方は、サロンカーなにわ7両編成でした。 マリンのステッカーに背後のテールマークも マリン但馬になっていました。

がらんとした ホームからわかりますように 撮影者は、私を含めても 5〜6人ぐらいだったかと。

 

せっかくの サロンカーなにわ でしたが、このとき撮影したのは この2枚のみ。 当時は、他にも興味のある被写体がたくさんありました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんばんは。最近不定期の更新になってしまっていますが、一つは、阪急10連通特の撮影に行ったり 通勤急行の撮影に行ったり 休みの日に出かけることが多く 更新できずにおります。 一度出かけると 寒さからか体力的にダメージが大きく バタンキューになっています。

 

さて 1995年の画像を継続的に記事にしていましたが、1995年も5月になるとJR神戸線は全線復旧しておりましたが、阪急神戸線の方は、不通区間が2ヶ所残っていました。

 

御影駅にきました。

普通御影行8008F。 岡本駅ー御影駅間が不通になっていたので 御影ー三宮間で折り返し運転を実施していました。

 

山陽電車が、折り返しに使用していた中線を通って 上り線から御影駅下りホームに入線していました。

 

ホームにて。 方向幕は御影ー三宮で固定。 これを撮影したのは、5月31日。 翌日からは、夙川ー三宮間が開業するために仮設ホームなどは撤去が済んでいました。

 

そして 駅の梅田方には。

岡本ー御影間の復旧区間を試運転する 8002Fと8006Fが停車していました。 方向幕は 試運転 三宮 となっていました。 なぜ 三宮かというのは、 御影ー三宮間の営業運転で 梅田方先頭車は、御影ー三宮間区間表記で固定。 三宮方先頭車は、三宮行で固定されていたためです。

 

王子公園役に移動しました。

普通御影行 8008F。

 

後は、三宮で固定されていたために 上に列車なのに 三宮行となっていました。

側面は白幕です。

日中は10分間隔の運転。しかし、JR神戸線開通後は、朝夕ラッシュ時以外は、閑散としていたようです。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。 昨日(2月16日)大阪駅付近で 撮り鉄のお祭りがありました。 もうネットでたくさん上がっているので今さらですが、私も休みが合いましたので 行ってまいりました。

 

今大阪では「大阪来てな!キャンペーン」というのが 展開されているらしくて (今回初めて知りました) そのキャンペーン実行委員会とJR西日本が協力して

「大阪来てな!TRAIN D AY」 サロンカーなにわに乗って 網干総合車両所宮原支所を見学しようというイベントがありました。

 

 このイベントに私が気づいたのは 2月15日で申し込みはとっくに過ぎていましたが、とりあえず行ってみることにしました。

昨年の11月に サロンカー白兎で中山寺駅で撮影して以来の サロンカーなにわです。 しかし最近のJR西日本は、サロンカーなにわを使用したイベントが目白押しに実施されています。 先週は 下関まで往復。今回は 宮原支所を3周。 来月は、琵琶湖一周企画と 何か検査期限が近づいているので どんどん稼いじゃおう??って感じなんでしょうか。

 

大阪駅改札口に着くと 団体列車の文字が10番線に とりあえず11番線に上がってみました。 11番線には9両編成のサンダーバードが停車中でしたが、ホーム後ろの方に人垣が見えたので 近づいてみました。 想像よりは少なく皆が黄色の線の内側を順守して並んでいました。 警備員 駅員さんもたくさん出ておられて 普通に注意されていました。 

 

動画からの切り抜き。

12時40分頃1回目の宮原周遊から戻ってきました。

牽引機はDD51-1191号機。 サロンカーなにわ7両フル編成。

 

後には、DD51-1183号機。 前後にDD51を連結した編成でした。 これは、宮原支所構内での入れ替えイベントに備えたものだったのかなと思います。

サンダーバード発車後 前の方に向かって個車撮影しました。

1号車スロフ14-703 展望室 スナック ラウンジコーナー車。

 

乗務員室は、2号車側に。

2号車 オロ14-706  2+1列のリクライニングシートが13列並んだ座席車。中間車は全て同じ構成。

 

3号車 オロ14-707。

字幕は、ノーマルな サロンカーなにわ。 1983年登場時からのデザイン?かもしれません。

 

4号車 オロ14-708。

5号車 オロ14-709。

 

6号車 オロ14-710。

前回目撃した時のサロンカー白兎の時など 最近の運転では 5号車と6号車を抜いた 5両編成での運転が続いていたのですが、今回は7両フル編成での運転 これも注目を集めていたようです。

 

7号車スロフ14-704。 6号車7号車の号車札が見られたのも久々だったそうです。

 

7号車は、展望室以外は、3列の座席が8列並んでいました。

 

DD51-1191号機。

 

ホーム一杯には停車していなかったので 前方からも撮影できました。

怒号やパニックになることなく皆静かに係員の注意に従って撮影しているように見えました。

 

さて 発車はどこで撮ろうかと思案。 このまま11番線にいても 次のサンダーバードが入線してくるはずなので 駅の外に出ました。 阪急電車から大阪駅に来るときに目についた階段に向かいました。  警備員さんが一人おられて すでに階段には、15人ほどがいましたが、一番下のこのポジションは誰もいなかったのでここで。

 

大観覧車と阪急17番街を入れて。

 

最後は列車を。 

この場所からは初めて撮影したのですが、この線路の左側の空間何かわかりますか?

 

旧11番線と10番線の廃線跡になります。大阪駅改築の際 西側のルクアなどが入る駅ビル建設用地を確保するために 撤去されました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんばんは。 今回は、少しマニアックな内容になっています。 

 もうすぐ阪急電車では ダイヤ改正が行われます。 神戸線の通勤特急10両編成運用が終了し、宝塚線では 新型車両2000系が運転開始になります。 そんな中で 神宝線系統で唯一のフルマルーン車両になる5100系。今後の動向が気になるところでありますが、 以前に雲雀丘花屋敷の車庫の端で 編成を二つに分割されて留置されている5134Fを見かけて ついに引退かと思っていたら 2月に入ってから箕面線に復帰しているということを知ったので 箕面線に行ってきました。

 

仕事終わり 小雨が降る日の18時頃でした。

箕面駅 普通石橋阪大前行 5134F。 

石橋阪大前駅に着くと ホームに停車していたので とりあえず飛び乗って箕面まで乗車しました。 

 

何気に連結器をアップ。

 

車番を記録。平日の夕方でしたが、石橋方面に乗車する人は意外と少なく感じました。

 

5135号車。

 

5135号車の運転台。 宝塚線では、この5100系 神戸線では、今津線の5000系。京都線では、5300系と3300系だけになった ツーハンドルの運転台。 昭和です。

 

色褪せた木目調の化粧板。 この明るい色合いの化粧板が 旧2000系で採用されて8000系まで使われていました。 左側の少し濃い部分が色褪せる前の色調ですね。 私の中での阪急電車の車内は、この色です。

 

箕面駅を5134Fで出発して 桜井駅で途中下車。 この日は相方の5132Fも運用についていて フルマルーンの並びも見られました。 

私にとっては、この2編成が一番お気に入りの編成でした。 一番最初に出会ったのは 1980年代 今津線で6両編成で運用についていました。

5132-5133+5134-5684-5682-5135という編成で 下枠交差形2台パン搭載という姿はかなりインパクトがありました。 その後5132F側にT車2両組み込んで8両編成になって宝塚線に転出してしまいました。そして 現在は、2編成に分かれて箕面線で運用されています。

 

石橋阪大前から戻ってきた5134F箕面行。 平日夕方ラッシュダイヤでは、この桜井駅で上下列車が同時発車するのですが、この時は5134Fは2分遅れでした。

 

 

到着シーンを動画で撮りました。

 

続いて

扉の開閉音とコンプレッサーの起動 そしてモーターの起動音です。

また 5134Fと5132Fには自動放送装置が搭載されてないようで 案内放送は車掌さんの肉声でした。

 

 

5135号車の検査表。重要部検査が2017年 全般検査が2021年。もうそろそろ検査切れになるのでしょうか?  相方の5132Fの方は昨年2024年の7月に検査を受けています。 もしかすると 先日の車庫での分割留置は、一時的に休車にして走行可能期間を延ばすためだったのか?? となると 5134Fはダイヤ改正後 早々に引退するような気がします。  もう一度明るい時間帯にも行ければと思います。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 1995年の6月に有名撮影地 山﨑のカーブに撮影に行ってました。

 

外側線をいく 221系新快速近江舞子行。 日中の新快速は8両編成が主体でした。

 

快速加古川行。 大阪近郊区間では少数派だった 115系電車。

 

特急スーパー雷鳥(サンダーバード)22号大阪行。当時は681系使用の雷鳥号は、8往復。 列車名は、スーパー雷鳥で、681系使用列車ということをPRするために (サンダーバード)愛称となっていました。

 

快速長浜行。 日中の快速は 113系115系の7両編成が主体でした。ラッシュ時は 4両を増結した11両編成になっていました。 

この頃は、快速を駅で待つ際 7両か11両なら113系。6両8両12両なら221系か223系

と予想することができました。

 

多分 回送列車の485系だったと思います。

 

特急はるか18号京都行。 この頃は6両編成がスタンダートでした。

 

つづく

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんばんは。 前回の続きからです。

 

急行河原町行 7304F。 見にくいんですけど この黒地に黄色の急行幕が好きでしてねえ。

 

臨時急行嵐山行8314F。 嵐山行の臨時急行は、梅田発で9時ごろから11時20分ごろまで1時間に4本 合計11~12本ほど運転されていました。 午前中は嵐山行 午後から梅田行の変則運転でした。 6両編成が10本程度必要になっていたので 2+6に分割できる編成も総動員で運転されていました。

 

次の臨時急行は総持寺駅で。

臨時急行嵐山行 8311F。 初期型額縁スタイルの臨時急行も記録できました。

この列車が 午前の最終だったので このあとは正雀車庫に向かいました。

1995年震災のあったこの年 正雀車庫一般公開は 中止も言われていたのですが、復興を応援することだったかで静かに開催されていました。

 

JR側の敷地に保存されている車両の展示が主な内容でした。 P-6 新京阪100系電車。確か まだ動態保存にはなっていないはずでしたが、車内は開放されていました。 でも 車内の写真は撮ってないんです。 残念。

 

箕面有馬電気軌道1形電車 1号車。 1910年の開業と同時に走り始めました。 1957年に保存が決定し、一時期は、宝塚ファミリーランドの乗り物館で公開されていましたが、閉園後は、正雀車庫に移設保存されています。  そういえば 今年フェスティバルに行った時は見なかったですね。

 

阪神急行電鉄900形電車のトップナンバー900号車。  1930年に製造された神戸線特急世に製造されました。 この後の阪急スタイルの礎となった車両です。

 

右奥の車両は フイルムの関係で撮影できず。 こちらを記録していました。

修理中の車両群。 震災発生から3ヶ月。被災した車両は正雀車庫に集められて修理の真っ最中でした。

 

左から2両目の連窓の車体は 確か2842号車で 3072Fに組み込むために改造中だったかと思います。

 

反対側から見ました。

左手前が、7027号車。震災の日 三宮駅を発車直後に脱線した編成です。

その隣の2両は、どちらか不明ですが 2251号車6125号車だったと思います。 宝塚大劇場の横で被災した編成です。

 

工場内では 被災した車両で一杯の大変な状況の中でも 公開してくださった阪急電車さんには、感謝でした。 

 

その阪急電車では、宝塚線の乗務員さんが企画した撮影会が実施されるようです。

申し込みは今日2月13日から見たいですが。

 

8000系5編成を集結させた 撮影会です。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 1995年も5月になると JR西日本の方は、全線復旧をはたして通常に戻っていました。 そんな中 本数をかなり減らしていた 117系新快速を撮影しに行きました。

 

まずは

大阪駅3番線。 スーパー雷鳥編成の回送列車です。確か 向日町運転所から出庫して神戸駅まで回送。 神戸駅始発の特急スーパー雷鳥17号になる編成だったと思います。

 

新快速網干行。223系も登場していましたが、まだまだ新快速の主力は221系でした。

 

環状線外回り 天王寺行。

 

快速網干行。 113系湘南色。 初期型の車両です。 側窓の角が丸く サボ受けや号車札差が残っています。

 

新快速姫路行。 下り列車では、これ1本になった117系新快速でした。

 

車両は後期形の100番台ですが、1979年の登場時と同じ姿です。

 

最初の頃の新快速は、ラッシュ時間帯はのぞいて運転されていたので 12両編成の117系新快速は、あまり見かけられない存在だったと思います。

 

快速網干行。 ヘッドライトがデカ目の113系でした。

 

塚本駅に移動して少し。

新快速網干行。

 

快速西明石行。 現在は通勤圏の拡大に伴って 快速 新快速はほぼ姫路以遠まで行くようになっています。 しかし 1980年代前半までは 日中の快速 新快速の半分は西明石駅で折り返していました。 その西明石行も、1995年でほぼこれだけになっていました。 そして 現在では、同じような時間帯に 新快速西明石行が存在します。

急行みやづ 天橋立行。 キハ58系急行が毎日見られるのも この1本だけとなっていました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。