皆さんこんばんは。  最後に 仁川駅に移動。

 

普通宝塚行3072Fです。 後ろから3両めに 2800系2842号車に3000系の部品を取り付けて 急遽3000系のM車として組み込まれていました。  この位置にあった 3022号車を 伊丹駅で被災して廃車になった 3109号車の代替えとしたので、 その代わりとして 2842号車が組み込まれました。 この編成では、1995年の5月から11月ごろまでの4ヶ月ほど走っていました。

 

次は 別な日に撮影した分になります。

普通宝塚行5230F。 残る5200系2本のうちの1本。 1998年ごろまで走り 最後まで走っていた5200系のうちの1本になりました。

 

普通宝塚行3072F。  再度 2842号車組み込み パンタグラフのない姿を記録しました。

 

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 この日は、元町駅での撮影の後 西に向けて移動して 鷹取駅に行きました。

 

特急はまかぜ1号 浜坂行。この駅で撮影したのは この時だけ。あまり縁のない場所でした。  この駅に来た目的は 右側に写っている車両でした。

 

確か 運用を外れた20系客車が留置されていました。 元町駅で 現役で走っている20系を撮影したばかりでしたが、 20系使用の臨時列車は減少していたので余剰となった車両が留置されていました。

 

カヤ21-8

ナハネ20-229

ナハネ20-139 乗降扉は狭幅の折戸。上にB寝台の白幕。その横には、3段式を示す星一つ。乗降扉は 多分 手動式。 走行中だけは施錠されていたかと。

乗降扉の横の2段窓の部分は、給仕室です。

ナハネ20-142

 

20系には、九州で急行かいもん・日南で何度か乗っているのですが 車内を撮影したことはありませんでした。  

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんばんは。 現在の今津北線の主力は5000系ですが、30年前は、3000系でした。 その3000系には、運行標識板車も残っていました。

 

3058F普通宝塚行。  この編成は、過去にも話題にしましたが、映画の主役になりましたね。

 

普通宝塚行 6012F。 7000系の登場で山陽直通運用に余裕ができたためか 6000系の6両編成の今津線での運用が多くなっていたような気がします。

 

7012F回送。

 

普通宝塚行 5203F。  5200系も2編成が今津線に残っていました。 後ろから2両めと3両目は、2800系のT車2881号車と2887号車です。  今津線でも 美しい2連窓で風景が見れました。

 

普通西宮北口行 3072F。 この編成が 1989年 今津線に冷房車となってからは初めて入線した 3000系です。 

 

普通宝塚行 6015F。 この日は、6000系6両編成が2本も運用についていました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんばんは。 1995年7月の撮影分です。

 

まずは 清荒神駅にて。

特急梅田行5102F。

 

宝塚7時5分発の 10両編成特急でした。

阪急電車で初めて10両編成になったのは、この5100系です。 その5100系も阪急電車では ほぼ終焉を迎えていますね。 ダイヤ改正後 5128F以外は ほぼ見かけなくなりました。

 

普通梅田行8000F。 特急通過駅の補完をすべく 続行で宝塚駅を発車してきました。

 

宝塚南口駅に移動。

7017F 回送。 今津線経由梅田行準急の送り込み回送です。 そういえば、先日のダイヤ改正で 今津線経由の準急のダイヤが少し変更になったので 宝塚線経由準急との並びが復活したいなので また撮りに行きたいと思います。

 

普通宝塚行。3068F。 後ろから2両めの3511号車のパンタグラフ 宝塚方の1台が撤去されていました。 震災で破損した他車のパンタグラフの補修用に撤去されていました。

 

普通宝塚行3054F。 この編成が 3000系で最後まで走った車両になりました。

 

普通宝塚行6026F+6016F。

 

7013F 回送です。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 久しぶりの更新になります。 1995年8月元町駅付近での撮影分ですが 前回とは、別な日になります。

 

特急スーパー雷鳥17号富山行です。 元町駅下りホームから大阪方に向けて撮影しました。右奥が三宮駅です。

大阪駅より西の区間で この編成を撮りたくて足を運びました。

 

特急スーパーはくと2号新大阪行です。  真ん中に白い帯の入った車両が入っていますが、 増結の貫通型先頭車です。

 

快速西明石行。考えてみたら 本数の多い 姫路行や網干行の写真の方が少ないような。

 

103系の回送。午前中に1本 明石方面から大阪方面へ朝ラッシュ輸送を終えた103系の回送がありました。 1995年ごろは、207系に合わせて8両編成で走っていました。103系が主力だった国鉄時代は、7両編成だったので 珍しい部類に入ると思います。

 

普通高槻行。 201系 あと数日で静かに去っていきそうですね。 

最後に記録はかないませんでしたが 引退記念とはうたってわいないのですが、 201系グッズが3月初めから発売されましたので、クリアファイルを数点買いました。

 

通販サイトはこちらから。

https://www.trainbox.jp/products/list?name=201系

 

白幕で残念だったんですが、臨時寝台急行 桜島 新大阪行です。 西鹿児島発 鹿児島本線経由の新大阪行で20系B寝台車6両に電源車1両でした。 少し前までは 「霧島」だった列車です。JR九州の宮崎ー西鹿児島間に特急きりしま号が誕生したので 臨時列車のこちらの方が名称が変わりました。 年配の方だと懐かしい列車名かもしれませんが。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんばんは 前回の続きです。

 

 

通勤急行梅田行 8200F。 8200系は皆さんご存知のとおり 2両編成2本しか製造されませんでした。最初は その運用も固定されていて 梅田に8時10分前後に到着する通勤急行2本に限定されていて それも 西宮北口→梅田間のみの運転で 下りは回送されていたと思います。 (少々不安)。

 

冷房装置は、立ち客が増えるて定員が増えるため通常車両に比べて増強されて4機搭載されていたため カバーがひとつながりになっていました。 客用乗降扉は 若干ワイドになり、側面窓も立ち客に配慮して大型化 扉間2つになっていました。

 この8200系 現在では2月のダイヤ改正で運用がなくなりましたが この先どうなるのでしょうか。

 

後の8両は 8001Fでした。

 

普通梅田行7019Fと普通西宮北口行7012F フルマルーン7000系の並び。

 

通勤特急三宮行 7000F。 

 

準急梅田行 3082F。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんばんは。 今回は、1995年6月23日の撮影です。

 

通勤特急梅田行 7024F他 10両編成。 この1995年6月12日の神戸線全線復旧ダイヤ改正から登場した 通勤特急です。   7024Fは4両編成で 須磨浦公園からの6両編成に三宮で増結されてきました。

 

通勤急行梅田行 8201F。 座席収納車の8200系も この1995年のダイヤ改正でデビューしました。 当初は、同時デビューの通勤急行に投入されました。 梅田に一番混雑する時間帯の列車に 西宮北口駅で増結されていました。

 

陽ボケ写真ですが、側面窓によりかかる立ち客の姿が見えます。

 

後の8両は7021Fでした。

 

準急梅田行8006F。 御影駅ー三宮駅間などで 震災復興輸送に活躍していた 8006Fも 通常輸送に戻っていました。

 

普通新開地行8002F。

 

通勤特急梅田行7027F他10両編成。増結編成側は かぶられて記録なし。 この当時の7027Fは 6両編成で やはり山陽電車からの直通でした。

 

つづく

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 1995年8月 数回 JR神戸線元町駅方面で撮影しました。

 

臨時特急マリンはまかぜです。

 

寝台特急なは 新大阪行。 震災迂回運転時は、早朝深夜に大阪駅を発着していた 寝台特急なは号。 通常時は、新大阪ー西鹿児島間(現鹿児島中央)を片道14時間以上かけて結んでいました。 なは号の客車はJR九州の所属で 普通座席指定車のレガードシート車もJR九州オリジナルのもので 編成中間に連結されていました。

 

そういえば 今度の2025年3月のダイヤ改正で この貨物のE F65PF型牽引の定期運用が無くなるそうですね。

甲子園口駅にて撮影。 夕方17時前ぐらいだったと思います。四国 松山までの列車だったかと。

 

1995年に戻って

207系6両編成の普通高槻行。 1997年のJR東西線開業前までは、JR神戸京都線を走る207系は、6両編成と2両編成が存在し 日中は、6両編成ラッシュ時は2両増結の8両で運用されていました。

 

 

コンテナ列車も撮影。 牽引機は、EF66-2号機でした。

 

特急スーパー雷鳥17号富山行です。 神戸駅始発で三宮駅に停車して 大阪・北陸方面に向かっていました。 1995年の神戸発着の「雷鳥」は定期列車で1往復でした。

 

特急スーパーはくと2号新大阪行。

 

臨時急行 東北夏祭り号。 この時は、 神戸ー大阪ー青森間での運転。

大阪ー青森間で 春夏年末年始などの混雑期に 臨時急行あおもり号などが運転されていました。 その臨時急行のうち 8月上旬の青森のねぶた祭りなどの開催時期の数日間限定で 東北夏祭り号として 専用のヘッドマークもついて運転されていました。

 

特急はまかぜ1号 浜坂行。

まだ震災発生から半年あまり。 キハ181の運転室背後の灰色のビル後ろに少し傾いています。 まだ解体されず多くの建物が残っていました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんばんは。 今回は 1995年6月18日に梅田駅で撮影した画像です。 6月12日 神戸線が全線復旧 なかなか仕事の都合で撮影に出られず 18日の昼間に梅田駅で撮影しました。

 

 

3号線に到着する 折り返し普通北千里行 5308F。 この時期5300系の8両編成グループは表示幕未改造でした。

 

折り返し 特急河原町行6356F。 ダイヤ改正を境に ヘッドマークが FRESH HANKYUに変わりました。

 

普通河原町行 2303F。 2303号車は、1986年に嵐山線に転用されたのですが、1992年頃に2800系と入れ替わるように本線に戻ってきましたが これを撮影した直後に再び4両編成になって 嵐山線に戻った 車両です。

 

折り返し特急河原町行 6350F。

 

2号線に到着する折り返し 急行河原町行3305F。

 

3号線に到着する 普通河原町行2309F。 この2309号車も偶然にも 2303号車と同じような経緯をたどっていました。

 

折り返し特急河原町行 6352F。 

 

折り返し普通北千里行 5304F。

 

折り返し特急河原町行 6355F。

 

折り返し急行河原町行8301F。

 

折り返し 特急河原町行6351Fです。

 

当時の京都線は 15分間隔の運転で 1枚目の6356Fから 最後の6351Fまでの5本 1時間撮影していたのですが、全てヘッドマーク付きの6300系でした。

同じような感じなんですが、 2本目の6350Fだけ運転室後方の小窓が 未設置でした。

 この時 神戸線 宝塚線の写真は撮っておらず、というか 残っていないのか。。 ネガを紛失した可能性もありますが。。。

 

と この記事を作成していたら 驚きのニュースが飛び込んできました。

 

 

 

 

8000系車両の赤胴車復活は 数日前に発表されていましたが、 今日は、阪神電車も座席指定サービスを導入すると発表されました。 新型3000系導入と同時に 2027年春頃開始だそうです。  びっくりですねえ。 6両のうちの1両を座席指定席車にする予定だとか。。。

阪神さんの結果次第では、阪急神戸線も もしかすると。。。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。  塚本駅編続きです。

 

新快速長浜行です。 JR神戸線を223系1000番台が走り始めたのが1995年8月からで この時が221系が一番活躍していた時です。

 

JR宝塚線の普通大阪行です。 1995年では、まだJR宝塚線の電車は全て大阪折り返し。 103系も外側線を豪快にかっ飛ばしていました。

 

特急雷鳥21号 金沢行です。 (回送)

 

201系普通高槻行。

ついに この201系も見られなくなりますね。 

 

特急エーデル北近畿7号浜坂行です。 下り方の先頭車は、検査代走の中間キハ65が入っていたみたいです。 この青い屋根のエーデル北近畿用展望車は、1編成2両しかなく 基本的に1日2往復していて 検査時は1両づつ交換して運用されていたように思います。

 

快速大阪行。

 

特急北近畿6号新大阪行です。 先頭は、中間車改造の800番台。 485系時代の1986年 特急くろしお号増発用に改造された車両です。

貫通型オリジナルの200番台のような観音開き構造ではなく 簡易型の1枚貫通扉を採用した独特な形状で 国鉄特急型電車最大グループの485系の中でも数量しか見られない車両でした。

 

寝台特急トワイライトエクスプレス 札幌行(回送)。この場所で一度は撮っておきたかった列車ですね。結局 この1枚だけです。

 

快速草津行です。

 

快速篠山口行です。 今でも見られる JR宝塚線の207系快速電車ですが、この時だけの特徴としては、3両編成2本併結の6両編成で運転されていました。

 

JR東西線開業前 JR宝塚線を走っていた207系は、4両編成と3両編成があり、4両編成の方は 日中は普通電車。朝夕ラッシュ時は、快速に運用されていました。 3両編成の方は、2本併結の6両編成で 日中は快速運用。朝夕ラッシュ時は 普通電車の運用についていました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。