皆さんこん日は。 201系特集第二弾 1996年ごろからの写真です。

 

山崎カーブで一枚。

 

尼崎駅にて 普通須磨行。 1996年版神戸ルミナリエヘッドマーク。

 

川西池田駅にて 駅名看板を入れて撮影。 普通京都方面堅田行。 朝ラッシュ時間帯に1本だけ運転されていた JR宝塚線 新三田発の湖西線堅田行。

 

尼崎駅にて 普通新三田行。内側線から3番線に転線するところ。 JR東西線が開業し JR京都線〜JR宝塚線への直通運転が始まった頃の撮影。 最初の頃の方向幕には、JR宝塚線方面を強調するために JR宝塚線と黄色で入っていました。

 

川西池田駅にて 普通京都行。1997年版神戸ルミナリエヘッドマーク。 

1996年と1997年は、ほぼ同じデザインで、開催期間だけが違う感じでした。

 

伊丹駅にて 普通新三田行。 1998年の9月です。 ヘッドマークは、おかげさまで 京都駅ビル開業1周年 です。  新三田行の方向幕も JR宝塚線がとれて 新三田 のみに変わりました。

 

塚本駅にて 普通尼崎行。 1998年版神戸ルミナリエヘッドマーク。 デザインが変わり 少しサイズが大きくなっていました。

 

1999年4月大阪駅にて 普通新三田行。 大河ドラマ「赤穂 元禄繚乱」PRヘッドマーク。 黄色のJR宝塚線が入った方向幕もまだ残っていました。 新三田の上には 小さく 尼崎方面と入っていました。

 

2000年中山寺駅。 淡路花博のPRヘッドマーク付き。

 

2003年の年末伊丹駅。 かにカニ日帰りエクスプレス のPRヘッドマーク。

 

 

2005年4月26日 川西池田駅。 この前日 JR宝塚線では、非常に重大な事故がありました。 私は通勤で川西池田駅を利用していました。 通勤途中にホームで停められたままの列車を撮影。

 

生瀬駅にて 普通宝塚行。 宝塚駅2番線を利用して 折り返し運転が行われていました。

 

同じく2005年6月。 尼崎ー宝塚間の運転再開後に撮影。 普通大阪行の運用に入っていました。

 

つづく

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんばんは。 先日 ブロ友さんの記事を拝見していて 阪急阪神1day

パスが 4月からデジタル化し 磁気カード版は今月末で廃止と聞いて 記念にと思って1枚購入しました。

 

有効期限も 2025年3月31日限り。

 

ということで 都合のついた昨日これで撮影に行ってきました。

阪神線で少し撮影してから 梅田から桂まで プライベースに乗って行き 6300系を撮影。 その際 嵐山駅の時刻表に 臨時列車の案内がありました。

 

交換設備の関係で 等間隔にはなりませんが 春休み期間とGW期間中の土曜日曜祝日の午前と夕方に1時間に6本の運転になるようです。

昨日は 平日水曜でしたが、インバウンド観光客が多数見られました。

 

その後は、上牧駅で少し撮影。

9306F特急大阪梅田行。 P車連結。

 

特急大阪梅田行 7306F。

 

なんとか 並走。

 

さて 3月25日から 2301F2302Fの運用開始に伴って プライベースの運行本数が増えましたが、 それに伴って 気になったことが、 気のせいかもしれませんが、プライベース連結特急以外の特急には、ロングシート車しか入っていなかったような気がします。 どうもプライベース非連結の9300系から運用を外れたような気がするのですが。。。どうなんでしょう。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 先日JR西日本の関西線で定期運行が終了した 201系電車を振り返りたいと思います。

 201系は、1979年に中央快速線に登場しました。 電機子チョッパ制御装置を採用して 電力回生ブレーキを装備して 「省エネ」電車と呼ばれていました。阪急電車でいうと 2200系に当たりますね。 その後1983年に 大阪地区の京都ー西明石間の普通電車として登場しました。 全部で1018両製造されました。

 

私が201系を初めて撮影したのがこちら。

1983年3月大阪駅5番線に到着する 普通西明石行。 この年の2月から運転開始した ピカピカの新車の時。 屋根上の冷房装置が目立っていますね。

 

1983年9月 普通吹田行。 現在 吹田行は定期列車としては 早朝に1本見られますが、当時は、日中の半分ぐらいの列車が 吹田ー西明石間などで運転されていました、

 

1984年4月 関東遠征時に1枚 でもかなりぼやけていますが、 中央線高尾行。

中央線の201系はこれ一枚しか撮っていませんでした。

 

1985年8月 これもボケていますが、中央総部緩行線の黄色の201系。 走行中の113系車内からの一枚。 黄色の201系もこれ一枚でした。

 

ここからは、関西地区ばかりになります。

1987年8月 大阪駅にて。 天王寺駅近くの 天王寺公園で開催されていた 地方博覧会の 天王寺博(てんぱく)PR電車でした。

 

1988年3月 普通京都行。 1987年JR発足後 正面窓下にJRマークが入るようになりました。  今気づきましたが、国鉄時代の201系は4枚しか撮っていませんでした。

 

1990年2月 普通神戸行。 シュプール号のPRヘッドマークがついていました。

 

1990年5月 雨のGW 臨時マークの201系。 臨時快速 嵯峨野嵐山ホリデー号 園部行です。 他の臨時列車を撮っていて 発車ギリギリに一枚だけ撮影。

1990年3月 山陰本線京都ー園部駅間が電化開業。その2ヶ月後のGWに大阪から直通の臨時列車が201系で運転されました。

 

 

 

1992年5月の大阪駅 向かって右が7番線普通高槻行。 左が6番線普通西明石行です。 当時は、6番線と7番線の間に線路が一本あって 最繁忙期の臨時列車運転んっピークに達する時 北陸線の臨時特急用の車両が留置されていました。

ボンネットの485系は、臨時特急雷鳥83号になる編成で 発車前に大阪駅神戸方の折り返し線に移動し定期の雷鳥号が発車した後の11番線に入線していました。

 

1992年7月 新大阪駅を発車した普通草津行。 JRになり 通勤圏が拡大するに伴って 京都より東へ行く運用もできました。

 

続いて 1993年8月の3枚。

普通高槻行の201系と 普通西明石行の103系との並びです。 103系とのスカイブルー同士の並びもこれ一枚でした。

 

海水浴ヘッドマーク付きの201系普通西明石行。

 

地方博の アーバンリゾートフェア93 神戸 のヘッドマークがついた 普通神戸行。

 

1990年代は、いろいろのヘッドマークがついていました。

 

つづく

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんばんは。 いよいよ 運転開始のエキスポライナー でも まだ実車は撮影していないのですが。

 

JR西日本の列車位置情報のページ エキスポライナーのアイコンが みゃくみゃくバージョンになっていました。

 

 

 

 

これで終わるつもりでしたが。 1枚。

列車ホテル エキスポドリーム号。万博中央駅にて。

今から 40年前の1985年 茨城県現在のつくば市で開催された 国際化学技術博覧会(つくば科学万博)の観客輸送のために 常磐線 土浦駅ー荒川沖駅間 仮設臨時駅 万博中央駅が開設されました。 上野からの臨時快速とともに 万博会場周辺の宿泊施設不足の補完として 583系や20系客車使用の列車ホテルが運転されました。

土浦駅を22時前に発車 駅横の側線で一夜を明かし、土浦駅を7時50分ごろ発車、万博中央駅8時過ぎの到着でした。 私も 2連泊して 万博の見物と乗り鉄に利用しました。 確か 寝台料金は3000円だったと思います。

 

万博中央駅は、終了後は、取り壊されましたが、1998年、万博中央駅跡地に 現在の ひたち野うしく駅が開設されています。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。  12月の冬の朝 三田駅ー道場駅間のカーブに行きました。

 

意図的に撮影したわけではありませんが 朝靄の中を走ってきました。

 

103系普通新三田行。 この付近では 103系も畑の真ん中を高速で走っていきます。

 

117系 普通大阪行。

 

113系普通新三田行。

 

三田方向に戻って 踏切付近で撮影。

103系普通新三田行。 9時過ぎのこの時間は、新三田の先の電留線へ回送を兼ねて普通電車が高頻度で走ってきました。

 

快速大阪行。

 

特急エーデル鳥取 倉吉行。 駅撮り以外で残しておきたかった車両です。

 

急行みやづ 天橋立行です。

 

特急エーデル北近畿4号新大阪行です。 大阪方の先頭車は検査代走の貫通型でした。

 

9時半前後のこの時間は、上下のエーデル特急が行き交う時間で 短時間で多彩な列車が撮影できました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんばんは。前々回の続き。 今度は、梅田方面ホームの三宮方に移動しました。

 

通勤急行梅田行8201F。

 

普通新開地行 7009F。

 

 

回送 8200F。

 

次の写真は 2025年2月の撮影。

通勤特急神戸三宮行 8200F。 30年前は折り返しは回送でしたが、2025年は、通勤特急で帰っていきました。

線路横の道路橋の柵が高くなっていますね。

 

1995年。

通勤特急梅田行7033F他10連。

 

 

通勤特急新開地行7026F他10両編成。 現在の運用では、10両編成は、全て大阪梅田ー神戸三宮間の運転で途中駅での連結解放は無くなりましたが、30年前は 三宮以遠への列車にも充当されていて その場合は、三宮駅か西宮北口駅で増結編成を切り離していました。 写真の7026Fは 三宮で切り離されて 前の6両が新開地まで行きました。

 

特急三宮行 7030F他10両編成。 特急三宮行が見られたのも 短い期間でした。

 

回送 8201F。 

 

では 2025年の8201F。

通勤特急神戸三宮行 8201F。 8200系の正面塗り分けも変更されていますね。

 

また 現在では神崎川を渡ったところから高架区間になっていますが、 1995年は、その工事期間だったみたいで、わかりにくいですが、1995年の写真では、線路が右に逸れていき仮線を走っていたようです。

 

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 1995年9月家族旅行で北海道に行きました。北海道では 網走 女満別空港からレンタカーを借りて 札幌まで移動しました。 その途中 襟裳岬に向かう際に 立ち寄りました。

 

1987年2月 帯広駅と広尾駅を結んでいた 国鉄広尾線が廃止になりました。

広尾線の途中には、幸福駅と愛国駅という駅があり、1972年私が小学校低学年の頃 NHKの紀行番組でこの二駅が紹介されて 両駅を結んだ 乗車券が 「愛の国から幸福へ」と大ブームになって 1年間で300万枚以上売れたということです。

 

そのブームの名残もあってか 廃線後駅周辺を帯広市が交通公園として整備 駅舎 キハ22を2両などが静態保存されています。

 

 

 

 

1995年9月 幸福駅跡にて

キハ22-238号車。

 

現在もこのように撮影できるのかどうかわかりませんが 当時は柵もなく結構近寄れました。2両は離れて留置されていて もう一両はホームに停車していました。

 

 

当時は、車内にも入れました。 ホームに留置されていた方の キハ22-221号車の車内。 床は 滑り止め対策で木貼りでした。

キハ22は、キハ20系気動車の寒地型車両でした。私が北海道を訪れた 1995年の3月に現役車は引退していました。

この系列で最後まで 残ったのは、JR西日本大糸線のキハ52です。

 

幸福駅の駅舎などの写真は、残っていません。

 

最終日札幌駅にて。

キハ141系使用 札沼線(学園都市線)の普通列車。

キハ141系は、JR北海道が1990年に 余剰となった50系51型客車を気動車に改造して登場しました。

 

711系の函館本線の普通電車。

711系は、1967年に登場した 日本初の交流専用の近郊型電車です。 耐寒耐雪構造でデッキ付きの2扉車だったため 急行型に近く、実際に 1970年代は、札幌ー旭川間の急行かむい号として走っていました。

 

721系快速エアポート。

 

キハ183系 特急スーパーとかち。

国鉄時代に登場した キハ183を先頭にした編成でしたが、 中央に見える2買い建て車両 キサロハ182ー550番台車が連結されていました。 1階は2人用個室。2階が3列のグリーン室でした。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんばんは。 西宮北口駅ホームドア設置工事陣直状況報告です。

 

一昨日の夕方帰宅時。

上り梅田方面ホーム (3・4号線)梅田方 ついに 柵が設置されていました。

 

 

昨日の夜 時間があったので 三宮方をじっくり観察しました。

梅田方三宮方両方とも先端から1両分空けての設置になりました。

 

柵までよって観察左側がが3号線です。

 

4号線側降車専用ホームの柵外には変電設備が設置されていました。

 

3号線から2号線を撮影。特急新開地行1019F。 2号線に列車の発着がなければなんとか撮影可能。

 

スマホ動画からの切り抜きです。 やはり2号線列車の発着がなければ撮影可。

1号線からの列車は、望遠があると撮れそうでした。

 

普通西宮北口止まり 1014F。

 

平日夕ラッシュ時の下り普通は、園田駅で 後続の快速と準特急の待避するようになって 所要時間が5分伸びました。 遠近分離は 阪急電車の想定通りに進んでいるようで 梅田 十三から武庫之荘 西宮北口と今津線利用は 快速に 塚口と西宮北口 夙川 三宮方面へは準特急へと棲み分けが進んでいるようです。 普通の利用者は3割ぐらい減ったように思います。  準特急 快速の徐行は無くなりましたが 普通の場合は 園田発車後 塚口駅に準特急が停車する関係で 徐行運転になっています。

 

稼働前の3号線ホームドアの間から1014Fを撮影。 3号線は、来月4月10日稼働開始予定です。

 

 

 

全く関係ないのですが、車内中吊りに JRの「特急やくも」の宣伝がありました。

 

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんばんは。 阪急電車編の今回は、1995年の神崎川駅です。

 

平日の朝 10両編成列車を撮影に行きました。

通勤特急梅田行 7037F他10両編成です。  この編成は、この度 能勢電鉄線に譲渡されました。 

4月以降に営業運転につくみたいですが、  現状5100系の2連も走っていますが この2両編成の検査代走時に4両編成が妙見口まで行っていましたが、7200系の2連のデビューによって もう妙見口駅でほぼ4両編成が見られることもなくなりますね。

 

通勤急行梅田行 6024F他10両編成。 昨年の暮れにこの場所に撮影に行きましたが、月曜の朝だったのに 下りホームも上りホームも6人前後が訪れていました。

しかし 1995年のこの時は、一人でした。

 

特急梅田行7024F他10両編成。 7024Fは、4両編成で 後の6両は山陽線直通でした。

 

準急梅田行7002Fです。 この編成 車内は最近リニューアルされたのですが 全面車番の変更はなく 比較的原型をたもっています。 この編成を先日神崎川駅で撮影しました。

準急大阪梅田行 7002F。 偶然にも30年前と同じ準急で撮影しました。 この編成 私の予想ですが 2000系の増備が進むと6両編成化されて 今津北線に移動するのではないかと思っています。

 

 

通勤特急梅田行8035F他10両編成です。 よく見てみると 後ろが切れてますねえ。。。。。

 

この8035Fは現在7023Fと組んで8良編成で運用されていますが、2月の下旬検査明けでの通勤急行運用で撮影しました。

通勤急行神戸三宮行8035F+7023F。 検査明けピカピカでしたが 走行機器類の更新はされなかったようです。

 

8035F側は、動画からの切り抜きです。 1995年と違和感あると思ったら 1995年の時は、アイボリーの帯は前面まできていませんでした。

 

通勤急行梅田行 8200Fです。

8200系 今後どうなるんでしょうねえ。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 今回も1995年8月の元町駅での画像です。 今回も同じ時間帯で前回撮影した時から3日後です。

 

特急はくと81号 智頭急行線 因美線経由倉吉行です。
今回は、上りホームの姫路方で撮影した画像になります。

 

特急スーパー雷鳥17号富山行です。

高架の右下地下ぐらいに神戸高速線花隈駅付近になります。

 

新快速近江舞子行。 221系も新快速はおろか この場所で見られなくなりました。

ところで この場所 3年前の2022年に訪れていました。

現在の画像です。

新快速近江塩津行。 新快速も223系の12両編成になりました。 この場所ですが、画面右隅に写っていますが、信号機器関係の機器が建てられていて内側線側によって望遠で撮影しなければいけないようになっていました。

レンズ焦点距離 35mm換算で135mmになっていました。

 

快速野洲行。 内側線を走る225系6両編成です。  こちらは35mm換算で320mmです。ご参考に。

 

1995年に戻って

特急スーパーはくと2号 新大阪行。 現在だとこの線路と線路の真ん中に柱が立っています。

 

定番の快速西明石行。

 

続いて 103系8両編成の回送。 6M2Tの強力編成、中間車は全てモハユニットでした。

 

 

そして 次がメインイベント 連写しました。

臨時寝台急行桜島 新大阪行。 

3日前に撮影した後 確か 雑誌の記事で知ったのだと思いますが この1995年の8月 臨時急行桜島号は、13日から18日までの6日間運転されて その6日間全て違うヘッドマークが掲出されると知りました。 仕事の関係でこの日しか撮れませんでしたが 噴煙あげる桜島の描かれたきれいなヘッドマークでした。

 

御覧頂きましてありがとうございました。