皆さんこんにちは。 

 

急行立山1号糸魚川行です。 475系交直流急行型電車使用。大阪ー富山・糸魚川間で3往復の運転。うち1往復は夜行列車でした。 この1号の前3両は、富山で切り離して 富山地方鉄道に乗り入れて宇奈月温泉行となっていました。 ちなみに 夜行の3号は、立山行となっていました。

 

ヘッドマークのとメガネが外れていたのか宙ぶらりんに。

 

急行立六?

 

寝台特急あかつき1号新大阪行。 甲子園口駅ホームにて。 「あかつき」号は、大阪ー長崎・佐世保間の寝台特急でした。 上下のあかつき1号は、長崎・佐世保間の運転。 下り2号上り3号は 熊本行「明星」と併結の新大阪ー長崎間。  下り3号上り2号も 「明星」と併結の新大阪ー佐世保間の運転でした。

 

蒸気を噴き上げて 9番線に入線する EF58-155号機。 荷42レ荷物専用列車汐留行でした。

 

特急しなの5号長野行。381系も運転開始から5年ほどが経過した頃で まだまだ新型特急で 大阪では一日2回しかみられなかったので かなり珍しい存在でした。

 

20系の急行マーク。寝台急行 銀河でした。 この後すぐぐらいで 絵入テールマークに変わりました。

 

次の2枚は、中学生の時 東京に行った時の写真。

上野駅 高架ホームの10番線。 特急ひたち号。 現在も運転されている 常磐線の特急列車です。

 

特急あいづ 会津若松行 です。 1968年から1993年まで運転されていた 上野ー会津若松間の列車です。 

1982年に東北新幹線が部分開業しその後の延伸で 他の東北本線在来線特急が廃止になる中 会津若松への直通ということで 1993年まで運転されていました。

貫通スタイルの先頭車の場合は、絵入ヘッドマークとなっていましたが、ボンネット車の場合は 文字マークとなっていました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんばんは。 能勢電妙見本線の末端区間 山下駅ー妙見口駅間 今までは 5100系の2両編成が行ったり来たりしていましたが、 2025年3月29日に最新の7200系 7210Fと7211Fに置き換えられました。

 

導入にあたり 日常にイロドリ をテーマに 編成ごとに愛称とラッピングが施されました。

 

まずは 7210F 茜音 編成を。

山下駅に停車する 普通妙見口行7210F.

 

車内に入りました。

袖仕切りには、車体と合わせたラッピング。

 

中吊りポスター。

 

乗降扉上にも・

 

吊り革。

 

貫通路上。

ヘッドマーク。

 

これに乗って終点の妙見口駅に。

7210Fの方は、オレンジ系のラッピングで正面標識灯にもされているので 京とれいん 雅洛の雰囲気があります。

 

妙見口での折り返しは 2分ほどなのですぐに折り返して行きました。

 

駅を出て 踏切付近で撮影。

里山風景に最新車両は、少し違和感がありますが、1年もしたら馴染んでいるでしょうか。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 

 

寝台特急安芸。 1975年に新大阪ー下関間を呉線経由で運転されていた列車でした。当初は20系でしたが、最後は24系25型使用でした。 下関20時5分広島発23時29分呉線経由大阪には5時29分 新大阪5時36分着。  距離が短く 時間帯も悪かったため 利用が芳しくなく 特急になってわずか3年後の1978年10月に廃止になりました。 阪急神戸線の始発列車で大阪駅につき 階段を駆け上がった時には 発車していて慌てて撮った一枚です。

 

寝台特急彗星1号新大阪行。 当時の「彗星」号は、3往復 大分発の1号と宮崎発の3号が583系。 都城発の2号が、24系25型でした。

 

寝台特急なは。 当時の「なは」号は、新大阪ー西鹿児島間で運転されていました。 

 

寝台特急明星2号新大阪行。 大阪から 鹿児島本線方面への寝台特急は「なは」号1往復以外は、「明星」号と名付けられていました。

新大阪から 西鹿児島へ3往復熊本へ2往復博多へ1往復と 14系座席車使用の臨時特急で熊本へ1往復の7往復運転されていました。  これに「なは」号が加わって 鹿児島本線方面だけで8往復の夜行特急が走っていました。

 

特急北越2号新潟行。9・10番線ホームの西の端から撮影しました。

 

特急まつかぜ1号博多行と 寝台特急日本海1号大阪止。 当時の日本海1号は、14系14型で運転されていた 開放式A寝台1両とB寝台は3段式で12両の合計13両編成でした。

まつかぜ1号だけでなく 日本海1号のスハフ14からもディゼルエンジンの排気煙が上がって ホームが霞んでいました。

 

つづく

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんばんは。

 

山下駅に行くと ここをのぞきます。 この日は買いませんでしたが 1700系グッズが並んでいました。

 

日生中央駅に到着した1755F。

 

反対側に向かいながら 車内を撮影。

1705号車の車内銘板。 legend1700の時のプレートに今回の勇退のプレートが追加されていました。

 

昭和37年1962年 ナニワ工機 製造。

 

吊り革のベルトの装飾。

懐古 1962~1991。  1755号車の阪急電車時代 2062号車。

 

誕生 1991~1994。 能勢電入線時のオレンジ塗装の時。

 

惜別 2017〜2025。 現行塗装のマルーン一色。

 

1700系で最後となった 広幅貫通路。 

 

1755号車のプレート。

 

1755号車。 

 

留置線には、三ツ矢サイダー ヘッドマークの5138Fが止まっていました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。  私が小学生5~6年生の頃 大阪駅に撮り鉄に連れてってもらった時の写真です。

 

寝台特急なは。 583系のヘッドマークは、文字色が 金色でした。

 

特急北越2号新潟行。 10番線に入線。右には「なは」の姿も見えています。

1978年10月のダイヤ改正までは 大阪ー新潟間の特急も「北越」号となっていました。 そして 北陸方面への一番列車が この北越2号でした。

 

恐らく特急雷鳥1号富山行。 大阪駅11番線に入線しているところ。 12両編成で食堂車1両 グリーン車2両連結されていました。

 

今回は写真の時系列が変わっていて別な日の写真も混同しています。メモもはっきり残していなかったので 推測でコメントつけております。

多分 特急雷鳥1号と 寝台特急明星4号。

1978年10月のダイヤ改正まで 国鉄優等列車の号数表記は、上下で偶数奇数と区分けされていませんでした。

 

特急まつかぜ1号博多行。 大阪駅2番線になります。現在だと4番線です。 山陰九州方面への優等列車のほとんどが このホームから発車していました。 

駅弁専門の水了軒の売店が、KIOSKとは別にあったり 長距離列車の発車ホームの風格がありました。

 

つづく

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんばんは。

 

特急日生エクスプレス大阪梅田行 1001Fと桜。

 

これを撮影してから 1755Fを求めて北上しました。

 

やってきたのは 一の鳥居駅。

普通川西能勢口行5108Fとお城のコラボ。

 

上りホームに移動して 川西から戻ってきた 1755Fを撮影。

普通日生中央行 1755F。  3年前 1754Fと1756Fの引退の時は、ここで両編成の並びを撮影できましたが、今回は、タイミングが合わずでした。

 

続いて 山下駅に。

隣の3番線 能勢電最新型の7210Fと。新旧並び。。。

普通川西能勢口行 1755F。

 

モーター音を轟然と響かせて発車しました。

 

普通日生中央行 5108F。 オールドルーキー10周年の5100系は この日は1編成だけ稼働していました。

 

駅の北側に移動 正面の斜面に桜を見つけて 無理やり撮影。

普通川西能勢口行5108F。

 

普通日生中央行7202F。 ちょっと 無理やり過ぎたかも。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。  夜の部が最新の話題になっているので こちらの方では、私の写真の在庫の中で一番古いだろう写真を。

ネガがなくて 印画紙プリントをスキャンしたものになります。

 

1976年頃の紀伊勝浦駅。

特急くろしお2号 名古屋行。 家族旅行で 天王寺からこれに乗ってきました。

恐らく 父親が撮ってくれたと思います。

先頭車はキハ81。 日本で最初の特急型気動車です。 キハ81は ボンネットタイプの非貫通型先頭車。1960年に登場し 東北本線特急はつかり号で運転開始されました。

はつかり号の電車化などで 最後に2両が特急くろしお号で運転されていました。

 

特急くろしお5号 天王寺行。だったと思います。 貫通型先頭車 キハ82。

紀勢本線が 新宮駅までの西側が電化されるまで 特急くろしお号は、キハ80系で運転されていました。 そして 下りくろしお5号と上りくろしお2号の1往復が 天王寺ー名古屋間を 8時間半ほどかけて結んでいました。 食堂車も連結していて、私の食堂車初体験は この特急くろしお号でした。

 

多分 下り急行紀州2号 天王寺行。 この 紀州2号も名古屋始発の天王寺行で 上りは急行紀州5号。 天王寺ー名古屋間は約9時間でした。 

1978年10月の新宮までが電化されるまでの紀勢本線には、特急 急行 そして 寝台車連結普通列車「南紀」号と 3本の列車が 紀伊半島をぐるりと遠回りして 大阪と名古屋を結んでいました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんばんは。 滝山駅の隣 鶯の森駅に移動しました。

 

その前に 1997年の滝山駅にて撮影した写真。

特急日生エクスプレス 運行開始直前 8007Fの試運転列車。

 

それから 約30年が経ちました。

特急日生エクスプレス 大阪梅田行 8007F。 30年が経過しても変わらず走り続けています。

 

さて 鶯の森駅。

普通日生中央行 1755F。 この運行標識板  しびれますねえ。

 

こちら側も最高です。

 

3年前 1754Fと1756Fの引退の際も ヘッドマークがつきましたが、 今回のはシンプルながら マニア心をくすぐる最高の演出です。

 

回送1001F。 

 

下りホームに移動。 1755Fが日生中央から帰ってくるまで 撮影続けます。

もう少し走り続ける1757Fがきました。 こちらは 今回は脇役です。

 

1700系と5100系の並び。

 

普通川西能勢口行 5108F。 桜とコラボしてみました。

 

 

川西能勢口から戻ってきた 5108F。

 

ヘッドマークは、「春ののせでんレールウェイフェスティバルPR」

 

駅のポスター。 今年も盛りだくさん。 

 

 

1755Fが戻ってきました。

この運行標識板もみていると 特急川西能勢口行と 言いたいところですね。

 

最高です。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんばんは。 また 現在の写真になります。 今回は、能勢電に行ってきました。 ずっと行きたかったのですが、なかなか休みと予定が合わず、なんとか、1755Fの最後の活躍に間に合いました。 いよいよ旧阪急2000系 1755のF引退が今月末と発表されました。 色々なイベントがありましたが、予算と休みが合わず見送っておりました。

その1755Fに 4月1日から 勇退1755F と題して 特製ヘッドマークを掲出して運行されることになり 1755Fを中心に撮影に行ってまいりました。

 

 

 

 

さて 今回能勢電訪問で使用した乗車券がこちら。

京都嵐山1dayパス 能勢版1800円。 能勢電鉄に行くのに 京都への切符?なんですが、能勢版は、能勢電全線もフリー区間。 現状 能勢電では、一日乗車券は発売されていないので 少し高いかなと思いつつ 駅外に出たり 折り返したりするので買いました。 家に帰ってから 計算すると2500円近く乗っていたので 安上がりになりました。

 

まずは、滝山駅にて。 7時前に着いたら 早速1755Fが。

普通日生中央行1755F。 阪急京都線の最後の特急標識のデザインを使った 標識版がついていました。

 

普通川西能勢口行 7201F。

 

特急日生エクスプレス 大阪梅田行。1003F。

4月から運行開始になった 新しいラッピング列車。 再生可能エネルギーとCO2 実質排出ゼロとする カーボンニュートラル運行 をイメージしたラッピングだそうです。

https://www.hankyu-hanshin.co.jp/release/docs/8fcb81a9f2fc976d5b7c191d593affb57e67f4e2.pdf

 

普通川西能勢口行 7200F。 いよいよ開幕間近の 何かと話題な大阪万博ラッピング車。

 

 

色々と撮影しているうちに 40分ほどが経ち 1755Fが戻ってきました。

微かに見える 桜と絡めて撮影。

 

1755号車側のヘッドマークは、阪急神戸線の1970年代後半ぐらいまで使用されていた 梅田ー須磨浦公園間の特急標識板と同じデザイン。 これには、胸熱になりました。

 

半日かけて 1755Fの追っかけをしていきます。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんばんは。 前回の続きです。

 

普通178D豊岡行。 終点の1駅手前で 5分停車して 回送と行き違いをしました。

 

その回送列車。

豊岡駅から 城崎駅へ回送される 特急北近畿用の183系でした。

特急はまかぜ4号大阪行です。 右で待避しているのは 普通城崎行です。

 

後の幕が 福知山になっていました。 城崎からの折り返し運転の準備完了?? 

 

当時の福知山ー豊岡・城崎間では 113系800番台3両編成車の運用が多く 1時間〜1時間半に1本の普通電車が運転されていました。  そこに 豊岡ー浜坂・鳥取間の気動車普通も走るので 豊岡ー玄武洞ー城崎間は 結構な頻度で列車が運転されており 中間の玄武洞駅での行き違いも多かったようです。しかし、玄武洞駅自体の利用客は少ない印象でした また 観光地の玄武洞に行くには間に円山川があるので不便で 実質的には 信号場的な位置づけなのかもしれません。

 

そして お目当ての臨時特急が来ました。 臨時マークが少々残念ですが。

485系使用 臨時特急味めぐり北近畿1号城崎行です。 

時々記事にしていますが お伝えしたことがありますが、 この味めぐり北近畿1号の始発駅は、米原駅。 東海道本線を通り大阪へ、 大阪からは福知山線を経由で 城崎まで走る臨時特急でした。

城崎到着後は 30分ほどで 折り返しになり。 再び同じルートを通って 米原に戻っていました。 

この485系7の両編成は、米原駅と北陸地方を結んでいた 特急加越号の編成で、 金沢から 特急加越2号で米原に来て 城崎を往復 米原到着後は最終の特急加越9号で 金沢に戻っていました。  城崎に向かう際は、 米原で一旦降りて40分ほど待ちますが、金沢〜城崎まで 1本の特急で行ける感じでした。 ちなみに 所要時間は、金沢ー城崎間で 7時間11分でした。

 

当時の時刻表。 右端に「味めぐり北近畿1号」が載っています。 

京都ー福知山間だと 京都を25分後に発車する 急行丹後1号と普通列車の乗り継ぎの方が速くなっていますね。

 

 

御覧頂きましてありがとうございました。