皆さんこんにちは。

 

103系と201系 当時のJR神戸線京都線の普通電車の並び。 現在だと 207系と321系になりますね。

 

続いて 8番線に到着する 快速草津行です。 正面の塗り分けから 大阪では 数少ない115系でした。先頭は クモハ115−6389となっていました。

 

特急スーパー雷鳥3号和倉温泉行・スーパー雷鳥宇奈月 宇奈月温泉行きです。 前の7両が和倉温泉行。後の3両が 金沢で分割されて富山から 富山地方鉄道に乗り入れ 宇奈月温泉に向かいました。

 

9番線に JR宝塚線新三田からの普通大阪行。 手前の線路跡は、1980年代まで使われていた荷物列車などの積み込みホームで 確か奇数番のホームの神戸方に3〜4両分の欠け取り式のホームがありました。

 

 特急しなの15号長野行。 先頭は 短編成化で改造されたクロ380型です。 この日も貫通幌がついた姿でした。

 

しなの15号の発車直前に 隣のホームに 寝台特急彗星 新大阪行が到着しました。 本来なら7時19分に到着しているはずなんですが、やはりこの日は 遅れて到着しました。  そのおかげで 本来ならまず見られない 並びが撮影できました。

 

特急北近畿2号大阪止まりです。 なぜか 尾灯も点灯させていました。

 

3番線に移動しました。 EF81-48号機牽引の寝台列車です。

 

臨時寝台急行あおもり です。 最後尾は、切妻貫通型の緩急車 ナハネフ23でした。  寝台特急さくら号などで 途中の駅で編成を分割する列車用に製造された車両でした。

 

2番線 キハ58系急行みやづ 天橋立行。 急行同士の並び。 キハ58と20系の並び 国鉄の世界に戻った感じでした。

 

臨時急行マリン若狭3号 若狭高浜行 です。

 

キハ65系改造の シュプール&リゾート車を使用。 冬はシュプール号 夏は 海水浴臨。 で走っていました。 車掌台側の前面窓が下方に拡大されて 前面展望に配慮されていました。

この列車も 湖西線経由敦賀から 小浜線に入っていました。  1990年代 

小浜線沿線の海水浴場は、大盛況で このマリン若狭2往復以外にも舞鶴経由でも多数の直通列車が運転されていました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。  1993年の8月の画像になります。 この年の8月は 3回ぐらい大阪駅に出向いていました。

 

 

大阪駅11番線。7時50分頃です。カートレイン九州 浜松町行です。 

九州地方か 山口県地方の天候不良で大幅に遅れていたところを偶然撮影しました。

 

北九州の東小倉駅19時8分発車 広島駅発23時8分で 浜松町駅到着1は1時8分でした 寝台特急さくら と 同じ時間帯を走って 本来なら大阪通過は 早朝4時ごろのはずなんでした。

 

連結部のマークを狙ったのですが撃沈。 私がこの列車に気づいたときは、到着ずみで 先頭の機関車はホームを外れて停車していました。

編成はワキ1000型貨物車9両に 20系A寝台車3両電源車1両の編成でした。 東小倉駅からは貨車7両 広島駅で2両増結していました、 ワキ1両に乗用車3台を積載していました。

 

電源車カヤ21と A寝台車ナロネ21が3両でした。 車1台大人1名の利用で 浜松町ー東小倉37640円 その車1台で 大人6人までの利用が想定されていたみたいで 6人で119.860円となっていました。料金設定で 面白いのは、 大人1人 子供7人の設定があり 料金は 91.660円 寝台は4つが利用でき 大人1人子供1人で1台 後は 子供2人で1台となっており A寝台車の幅の広い寝台を生かした料金設定になっていました。

東小倉駅 広島駅 浜松町駅の 貨物駅構内で発着していました。

 

9番線 急行たかやま 飛騨古川行。

 

臨時快速 嵯峨野嵐山ホリデー221 園部行。

この日の字幕は、臨時でした。

京都駅には寄らずに 短絡線を経由していました。

 

特急雷鳥13号新潟行です。 先日は1500番台のクハでしたが、この日はボンネット車でした。 

遅れていたカートレインは、快速嵯峨野嵐山ホリデー2号の直後をすぐに発車したみたいです。 でも 京都まで 逃げ切ったのか どこかで この雷鳥13号を退避したのか 定かではありません。

 

3番線に停車中の221系。 字幕に 赤で「急行」となっていました。

 

臨時急行きのさき 城崎行です。

側面の行先表示器が 切れちゃってますが微かに城崎と読めます。 右下の窓に サボ風のステッカーが貼ってありました。 急行きのさきは 全席指定となっていました。  登場当時の221系は 長距離を走る臨時列車では「急行」電車として運転されていて、その際は 真ん中の扉を締め切り扱いにして2扉車として運転して 出入りする扉付近にはクズモノ入れがおかれていたそうです。  急行幕の下の車内が見えていて ホーム側の扉がしまっているのが見えます。

 

臨時特急マリンはまかぜ 播但線経由 鳥取行です。 マリンシリーズは 夏の海水浴シーズンの臨時列車で キハ181系特急型気動車の予備車まで動員して 山陰 日本海へ多数運転されていました。 マリンのステッカーを貼った専用の編成が使用され 多くが全席指定の急行列車として運転されていましたが この はまかぜ だけ 定期に合わせたのか 特急として走っていました。

 

臨時急行マリン若狭 若狭高浜行です。 11番線から発車しました。同じキハ181系使用列車でしたが こちらは急行でした。 大阪を発車すると 京都方面に走り 湖西線を通って敦賀まで行き そこから 小浜線に入りました。

 

発車直前10番線にJR宝塚線からの207系普通が到着して一瞬並びました。 

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

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皆さんこんにちは。 またキズ画像フォルダからです。

 

1985年ごろだと思います。

8番線ホームから 11番線を発車した サロンカーなにわを慌てて撮影しました。

牽引機は ローズピンクのEF81号機。

発車直前に望遠でサボを撮影していました。

臨時特急サロンカー雷鳥。時刻表が見つからないので詳細は分かりませんが、臨時特急として走ったことがありました。

 

10番線に停車する ゆうゆうサロン岡山。 団体旅行の貸切だったようです。

 

最後に。

4番線。EF65-1135号機ni牽引されたジョイフルトレイン。

 

12系改造 和風客車 あすか。 1987年に改造されたジョイフルトレインで、サロンカーなにわの洋風と違って 車内は、畳敷のお座敷列車でした。両端には展望室。中間には14系寝台車改造のハイデッカー展望車が連結されていました。

「あすか」は2018年に引退しています。

 

 

おまけ。

シルバー色の 南海電車。 現在復刻塗装のオールステンレスの6000系が運転されているようですが、 1988年ごろの現役の時の1枚がありました。

今宮戎駅を通過して新今宮駅に到着するところです。

 

では 2024年に撮影した 復刻版の方もどうぞ。

新今宮駅を発車して 今宮戎駅に到着する 普通難波行。

現在では、表示幕が設置されて 正面に車番もついています。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんばんは。かなり以前にも記事にしているのですが、キズ画像フォルダから発掘した写真です。

 

多分私が小学生の頃の1975年ごろの写真だと思います。家族で梅小路蒸気機関車館(今の京都鉄道博物館)に行った時の画像です。

 

その前に 現在運行されているSLスチーム号。2021年の撮影。

この日は、8630号機が牽引。2両の特製 客車を牽引して構内の線路を往復客車に乗って乗車体験ができるようになっています。

 

では 1975年頃の動くSL。

煙を噴き上げ 展示走行する C62-2号機。

背後の高架は、廃線になった 大阪方面と山陰本線を結んでいた梅小路短絡線です。

 

当時は 客車の連結や体験乗車はなく、扇形機関庫の12番庫の背後にも線路が残されていて バックで機関庫を出て 戻ってくる感じでした。

 

戻ってきた C62-2号機は 庫内を通過して転車台に乗りそのまま回転していました。

 

当時の扇形機関庫。 煙を噴き上げているのは、左がC62-2号機 右がC11-64号機。

当時は、機関車の前面に上がって撮影もできました。

梅小路蒸気機関車館が開設されたのは 1972年。 現役の機関区をそのまま展示博物館としました。 この写真は、1975年頃なので 現在ほど整備されておらず、機関庫に見学に行っている雰囲気だったように思います。

 

次は2021年の扇形機関庫の画像です。

煙突が撤去されて 梅小路蒸気機関車館の看板がついていました。  煤まみれだった建物も綺麗に整備されています。 ただ 左側の庫は、今でも動態保存機が展示されているところか 煤で汚れていますね。

 

50年前のB2010号機。

 

2021年の B2010号機は屋外に展示されていました。

現在は、B2010号機も庫内に収納されていますが、2021年に訪れたときは、休憩所となっていた50系客車の前に置かれていました。

 

また 50年前の写真。

屋外に展示されていた D51-1号機。 背後の築堤は、山陰本線の線路だと思います。 右方向が京都駅。

 

2021年の写真。

50系の右に 動輪が展示されている付近が、D51-1号機が展示されていた場所かと思います。

 

2021年の秋は、機関車トーマスとのコラボ企画が実施されていました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 以前 あかつき82号の写真を探していた際 スキャンする時に 埃などを除去せずにスキャンしていて 傷だらけの写真が入った没フォルダを見ていて 明星82号の写真を発見しました。 傷だらけで公開していなかった画像です。 

 

撮影日不明だったのですが、 最後にキハ58系の臨時快速を紹介するのですが、その列車から 1989年の撮影だったのかと思われます。

臨時寝台特急明星号 新大阪行。 明星の文字の上に 赤い 明けの明星が輝いやた大きなテールマークでした。 1989年の時刻表によると 82号ではなく 単に 「明星」でした。

 

発車直山に撮影した ナハネフ22の側面。

 

拡大してもわかりにくいですが、側面字幕。 向かって左から 西鹿児島ー新大阪 特急 5号車 星一つマーク  B寝台  隣の車両に写って 6号車 特急 となっていました。

 

側面窓。 中段寝台が見えます。 この高さにあるということは、下段も結構窮屈だったであろうと思います。

 

特急北近畿3号 城崎行。

 

後ろにぶら下がる 特急エーデル丹後 天橋立行。土曜休日のみの運転でした。

 

117系100番台 新快速 と思いきや ヘッドマークは 「臨時」でした。 列車名は不明です。

 

特急雷鳥13号 新潟行。 新潟方の先頭が 1500番台のクハ481でした。

特急白鳥と この雷鳥13号と42号の2往復が 1988年に改造された JR東日本のグレードアップ車で運転されていました。手前3両が自由席車で 自由席車は、グレードアップ改造から除外 指定席車とグリーン車のみが 車内の改造がなされています。 わかりにくいですが、3両目までと4両目以降で側窓の高さが違います。

 

サロ481。側面窓が大きいのわかりますかねえ。 

グレードアップ改造には、1000番台や1500番台の車齢の若い車両が当てられて 自由席車の方には、ボンネット車などの初期型が当てられていたらしいのですが、この自由席車に1500番台が当てられているのは珍しいかと思います。

 

117系新快速姫路行 と 臨時快速春日局号。

 

この年1989年 放送された NHK大河ドラマ 「春日局」とのタイアップ列車でした。 春日局の生誕の地が福知山線黒井駅が最寄りの駅のお寺ということで運転されたようです。  大阪発 福知山経由で京都まで行く片道のみ運転の列車だったようです。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 最寄りの阪急宝塚駅。駅構内のフリースペースには、お知らせや、沿線のイベント案内などのポスターが多数がってあります。

 

まずは お盆期間中の運行案内。 明日8月12日火曜日のみ 平日ダイヤ。13日〜15日までは土曜・休日ダイヤ。となっております。 そして 一番下に小さく 「宝塚ー西宮北口間のみ土曜ダイヤで運行します」とあります。

 

今津北線のみ土曜ダイヤが存在します。

 

休日ダイヤでは 毎分6分発車の ほぼ 10分間隔の運転ですが、通学時間帯の7時〜8時台に その3分前に定期列車に先行する形で増発されています。 お盆とはいえ 平日なので輸送力を確保するみたいです。  ただ その土曜ダイヤの増発列車、夏休み期間中は、沿線学校が休みなので 運休となっています。

 

次に、

プライベースの運行本数拡大記念 新規会員登録者向けキャンペーン。 8月29日に 2303F2304F2305Fの2300系3編成を一気に投入して 特急・準特急のほぼ8割に連結されることになるようです。

 

2358号車。 9305Fに連結されている車両。 今後の2300系の増備は、7両編成で行われて この9300系に組み込まれている車両を差し替えていくことになるようです。 そして 2310Fまでの11編成がそろった時点で 日中の特急は 全てプライベース連結になるのではと思います。

 

神戸線の確か1007Fの車内。中吊り広告の片面が全て プライベースに。

 

続きまして 

8月から始まった 弱冷車の減車案内。 7両と8両編成では、2両あった弱冷車が梅田方の2両めの1両になりました。 これは少し歓迎。 以前は弱冷車をよく利用していたのですが、去年ぐらいからは 弱冷車を避けるように。 近年の酷暑で 弱冷車では暑く感じていました。

 

次に ポスターを記事にするきっかけになったポスター。

山陽電車の「海水浴場」PRポスター。 今年は、昭和100年!!。 昭和レトロの懐かしいデザイン。 走る電車は 昭和43年に登場  昭和61年に引退した 300系電車をモチーフにしているようです。

 

今年の関西万博期間中心に発売中のこの切符

QRコード式の乗車券なので 気軽に?利用しづらいかもしれませんが 阪急京都線千里線 嵐山線とJRは 大阪ー山科間。嵯峨嵐山ー京都ー稲荷間。普通列車乗り放題のフリーパス。 京都への往復に阪急電車とJRどちらか選べる切符になっています。

このJRとのコラボフリーパスは、 阪神や京阪関連でも発売されているようです。

 

 

そして ついにというか やっと運行されるようです。

今年の3月に完成していて 関西万博期間中 一日8便 月間で250便を運行する計画だった 船での万博アクセスルート。収支が見込めないなどで 運行事業者が応募せず 頓挫していた会場ルートが試験運行で走るようです。

 

現状船でのルートは、中之島と堺 淡路島からが定期的にあるようですが、会期前半は、乗船料の高さからか 利用が少なく、7月からは往復割引的な料金体系などで 注目され出したようです。

 

 
 
最後に後2枚。

箕面公園夏のライトアップ。

 

西宮市は、甲子園だけでなく 日本酒でも有名なところ。

酒蔵めぐり キャンペーン実施中。

 

 

 

長々と 御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。

 

普通宝塚行6001Fです。 幕回しが済んでしまっていますが 標識灯が点灯していないので 普通列車だったかと思います。

 

臨時特急は、臨時特急で折り返していたようですが、 急行と普通は、入れ替わっていたようです。

 

普通梅田行5140F。 宝塚駅付近での普通列車は 今も昔も早朝夜間しかほぼ走っていなかったので 日中見れるのは、臨時特急の運転期間ぐらいでした。 

 

後ろの方は 結構な人が乗っているようです。 今は 臨時列車の運転は無くなりましたが、初詣期間中は、宝塚よりは非常に混雑しています。

 

臨時特急宝塚行 8004Fです。幕回しが終わっておらず 本来の宝塚幕です。

 

左手のビルの看板。 明治生命の左に ラカラテルメ とありますが、 これは 宝塚チボリ カラカラテルメという レジャー施設のPR看板で、天然温泉のクアリゾートと大きなウォータースライダーのある プール 熱帯植物園 レストランがあ離ました、TVCMも 関西では流れていて 宝塚駅と逆瀬川駅から 送迎バスもありました 私も何度かは 行ったのですが、2000年ごろに ひっそりと閉館していたようです。 現在は、ゴルフセンターのみが営業しているようです。

 

この時の 8004F、復活装飾の姿ではありません。 これが オリジナルの姿で 帯も シールではなく ステンレスの帯です。

 

8004Fを撮影して 帰路につきました。 もう一度宝塚南口駅にて。

普通宝塚行 6012F。

 

高架工事の下り線が完成 車止めが上り線につきました。 6012Fの左側 川の向こうの重機の見えるところで 旧宝塚大劇場の解体工事を施工しています。

 

宝塚から戻って来た 普通西宮北口行6012Fです。画面右手 6012Fの走ってきた線路が 高架橋だったと微かにわかります。

 

振り向くと 西宮北口行が並んでいました。 左6013Fは、宝塚南口始発の 次発の西宮北口行。 右が 6012F先発西宮北口行です。 到着直後に幕回しをしたのか 区間表記から変わっていました。単線運転の時だけの 写真が撮れました。

 

右のホームの軒下にパタパタがぶら下がっていました。

6012Fが、西宮北口に向けて発車した下りホームに 3068F普通宝塚行が到着しました。

 

当時の今津線では、宝塚行で ほぼ一日中走る編成に初詣ヘッドマークがついていたようでした。 3000系の運行標識板車では 異種2枚看板が見られました。

 

これにて フイルムがほぼ終了。

最後の一枚。

普通宝塚南口行 7016F。  7016Fは 7017Fとともに 7010番台の8両編成組の続番で製造されたのに 6両編成で新製されました。  そして この7016Fの方は、7017Fの方が8両編成化されて現在も走っているのに対して。7016Fの方は編成がバラされて 中間車は、他編成の増結に 先頭車は、2連で増結運用についていたりしていましたが 2018年に能勢電に譲渡 7201Fとなっています。

 

それでは 2017年の1枚。

特急梅田行 10両編成の先頭に立つ 7016F。

 

2021年

能勢電山下駅。普通妙見口行 7201F。(旧7016号車)です。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。

 

臨時特急宝塚行6007Fです。  本当にわかりにくいんですが。 6007Fの最後尾車両付近と 右手の小学校の校舎の間に 人混みが見えます。  これは この臨時特急から 清荒神駅で降りた人が、連なって 清荒神に向かって歩いているところです。 今のお正月は どうかわかりませんが、当時は、駅をでて 清荒神に向かうには、一旦線路沿いを宝塚方面に進んでから線路をくぐって 山の方に向かうように誘導されていました。 お土産屋さんのある参道は、清荒神から帰る人優先になっていました。

 

真っ直ぐ 高架線の方に向かう6007F。 その高架橋の右下に 地平駅に向かっていた旧線の緑のガーター橋が見えています。

 

入れ替わりに発車してきた 急行梅田行3052F。

 

振り返ると 急行宝塚行6008Fが。 宝塚駅の高架ホームは、確か3号線4号線と2線分が完成していたはずなんですが。 その手前の区間が単線だったため、 6008Fは清荒神発車後 徐行できて若干信号待ちしていたようです。

 

臨時特急梅田行6007F。今は 平日のラッシュ時に特急が運転されている宝塚線ですが、それまでは この臨時特急しかありませんでした。

 臨時特急の停車駅は、春秋の行楽期と違い 梅田 十三 石橋 川西能勢口 中山 清荒神 宝塚でした。 春秋の臨時特急は 中山 清荒神には止まらないので、 お正月は、 駅の発車案内の看板には 初詣特急と表記してあったらしいです。 時刻表もそうなっていたように思います。

 

急行宝塚行5140Fです。 行先の方は 梅田に変わり、種別の方が、丁度普通に変わる直前でした。 窓下の 種別灯が 一つしかついていないので 急行ですね。  わかりにくいですが、車内がかなり混雑しているのがわかります。 

 

後ろの方の車内は かなり空いているようです。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 1993年の1月の写真です。 宝塚南口駅から。

 

下りホームの西宮北口方で撮影しています。

 

左は、普通宝塚行6012F 右が、普通西宮北口行3058Fです。 1993年は宝塚駅の高架工事中で 宝塚南口ー宝塚間は単線運転になっていました。 

 

1992年11月29日に、その宝塚駅の高架駅ホームが部分開業。 宝塚ー宝塚南口間も下りの高架線が開通して、 単線運転は継続されましたが、宝塚方面への列車はは 下りホームから発車するようになりました。

右隅に鳥居型の駅名標があったんですね。

 

宝塚南口折り返し電車は、上りホームから発着するようになりました。

 

宝塚南口駅を出て 武庫川を渡り 宝塚線と今津線を見渡せる場所に来ました。

望遠で 高架新線をいく今津線の6000系を撮影しました。

背後の朱色屋根の建物が 新 宝塚大劇場 1993年1月1日に開場しました。

電車の背後 水色のシートの部分には使命を終えた 初代大劇場が建っており 解体工事が行われていました。

 

少し角度を変えて撮影。 宝塚ファミリーランドの観覧車とジェットコースターが見えます。 また 右隅にも観覧車が見えます。 大小2基の観覧車があリました。

 

臨時特急梅田行 6000Fです。 1990年代前半のお正月3が日は、今津線と宝塚線は、初詣客輸送で日中に最大限の増発が行われており、それに見合った初詣客が乗っていました。 通常ですと 今津線なら 西宮北口より。宝塚線なら梅田よりが混み合うのですが、お正月だけは 沿線の門戸厄神 清荒神共に宝塚よりに改札口がある関係上 平常日と逆の車両が混み合っていました。

 

急行梅田行6011Fです。 宝塚線も高架工事が片側のみ完成しており、列車は 高架ホームから発車してきております。 左手の緑の金網の高架線が今津線です。

 

多分普通宝塚行 3052Fです。 幕回しが終わって 急行梅田になっています。

お正月の宝塚線は、 宝塚駅発車で、5分おきに電車が発車するようなダイヤになっていたと思います。 急行が10分間隔 その隙間に 臨時特急と普通が20分毎に交互に運転されていました 初詣客の多い 清荒神駅 中山駅(中山観音)には臨時特急が停車して 臨時特急 急行 普通 急行 の順番で 日中5分間隔で電車が来るようになっていました。

 

普通梅田行 3054Fです。単線区間から複線になっているのがよくわかりますね。  

 

ジェットコースターと観覧車の向こうを走る 今津線の6000系です。

走る ジェットコースターを入れて撮影していれば よかったのですが、この時点では まさか宝塚ファミリーランドが閉園してしまうとは思いもよらないことでした。。。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。

 

 

臨時急行マリン若狭 湖西線 敦賀経由 若狭高浜行です。 キハ65系改造の「シュプール&リゾート」車。 主に冬季のシュプール号用に運用されていました。

 

特急はまかぜ1号 倉吉行。 お盆対応 8両に増結されていました。

 

臨時特急雷鳥101号富山行です。当時の時刻表には ニュー雷鳥で運転と注釈がついていて まだ サンダーバードと呼ばれていませんでした。  

先頭は、クロ681-1 。1992年登場の 681系先行試作車編成です。1995年に量産車が出るまでは 1編成のみの存在でした。

 


9時40分発の特急雷鳥17号の10分後の9時50分に発車 新大阪 京都 福井 金沢 高岡に停車して 金沢行の雷鳥17号の3分後に金沢着 終着富山には13時7分着で所要時間3時間17分 全席指定で 自由席はありませんでした。 1日1往復の運転で、上りは、雷鳥100号となり、青森からの特急白鳥の続行運転的なダイヤで 富山を14分後に発車して 大阪には 5分差まで追い上げており、臨時列車ながら 新型681系をアピールする 速達運転をしていました。

 

EF81-107号機牽引 寝台特急日本海4号です。 

 

一番後ろには、日本海のテールマークのついた マニ50が連結されていました。  「日本海モトとレール」号です。 大阪-函館間運転の 日本海1号4号に連結され 乗用車ではなく オートバイを運んでいました。 カートレインみたいな 専用寝台車の連結はなく 運転者は、通常のB寝台を利用。 バイクの積み下ろしは、 大阪駅では、この停車しているホームでおろし、恐らく神戸方にあった 荷物専用エレベーターで地上に下ろしていました。

 

特急エーデル丹後 宮福線経由 天橋立行です。 大阪ー福知山間特急北近畿5号に連結、電車との協調運転ではなく、アイドリング状態で北近畿5号に牽引されていました。 ちなみに、大阪ー福知山間では、特急北近畿5号は、宝塚 三田 篠山口 谷川 柏原に停車していいましたが。エーデル丹後の方は 客扱いは無しで 時刻表上はノンストップの通過扱いとなっていました。

 

そのあと急いで 11番線に移動。 特急白鳥 青森行を撮影しました。 後は 北海道帰りの1500番台でした。

 

9番線です。

特急エーデル北近畿4号です。中間に2両増結の6両編成でした 前から4両目だけ 窓の高さが違うのは エーデルシリーズ用の改造車で 唯一のキハ58からの改造車です。

 

前の2両は 東舞鶴始発で、福知山で 後4両を連結していました。

 

 

優等列車の合間に201系の普通列車も撮影しました。 異なるデザインの 海水浴PRヘッドマークがついていました。

 

6番線。アーバンリゾートフェアKOBE93のヘッドマーク付きの201系普通神戸行。

今の大阪駅からは想像できない明るさですね。 配線変更後の現在の大阪駅では、8番線になります。

 

続いて JR宝塚線の普通電車を3枚。

2番線 普通新三田行です。見慣れた207系ですが、4両編成で改装前の大阪駅 ローカル感がありますね。

 

同じく 2番線に入線する 103系の普通新三田行。 当時の3・4番線の京都方には、名前はわかりませんが、花壇?みたいになっていました。

 

1番2番線ホームは、 下り 山陰 九州方面への 特急 急行 寝台特急の発車ホームでもあったので 大阪の駅弁屋さんだった水了軒の駅弁専用売店がありました。

 

水了軒さんの駅弁の歴史をつづった HP

 

快速福知山行。113系800番台4両でした。 花を意識してひいて撮影したはず?

 

この日は、この列車を撮影するために15時まで粘っていました。

 EF65-1127号機牽引の団体列車。

 

221系新快速姫路行。 

 

ジョイフルトレイン 「ゆうゆうサロン岡山」。  1985年 国鉄岡山鉄道管理局が導入した 12系の欧風列車です。 両端は展望室 車内は、オールリクライニングシートでした。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

記事とは 関係ないのですが、買ってしまいました。

 

 

ぴあ からは 開幕前の3月に ガイドブックが発売されていましたが、今度は 開幕後の6月頃に取材をして完全攻略版として再発刊。 パビリオンの紹介が 想像図と説明文だけだったのが、 撮り下ろしの実物写真が入って わかりやすくなっていました。  万博の思い出として買いました。 巻末にミャクミャク わくわくシールのおまけ付き。