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夜は「壽春鳳凰祭」と、昼に続けて黙阿弥作品の「三人吉三巴白浪」
「欲望…」を見てから思い返すとやはり三人吉三もかけがえのないものを失った者たちの物語だなあということを思いました。
昼の巳之助を見ると夜の和尚吉三も見たかったと思いました。また再演されますように。
巳之助の和尚、時蔵のお嬢、隼人のお坊はきっと新たな三人吉三の始まりなのだろうなぁとしみじみとした気持ちになりました。(松緑の和尚吉三はすっかり当たり役になりました)
時蔵のお嬢は、女の部分はあくまで作為的で男であることが自然。昔昔、福助のお嬢と橋之助(現芝翫)のお坊に感じたような想いではなく、もっとスッキリしたお嬢とお坊。居場所を失ったアウトローが戦友のように最期を覚悟しているような。
おとせの左近がお嬢を、十三郞の染五郎がお坊を演じる日も近い、最近の配役を見るともう次には2人が挑戦しそう。
歌六の土左衛門伝吉に若気の至りの悔い、因果応報の苦しみが実の子であるおとせと十三郞への想いに影を落としていることを台詞に込めてやはり見事。
それにしても、どんどんマイナス方向に走って行く吉三には現代に通じるものがあります。
もはや十八代目勘三郎が作ったコクーンのあの「三人吉三」は一つの型であるなぁとも思いました。椎名林檎がお母さんが居ないと言って子守唄のようなラストを作ったあの「三人吉三」が懐かしくなりました。

年度末を迎えて慌ただしくなって来ました。
歌舞伎座は通しで1日だけ。
通し狂言「加賀見山再岩藤~骨ゃ寄せの岩藤~」
昼の部は、巳之助が岩藤と鳥井又助を勤めるAプロを見ました。二代目尾上は時蔵。
2021年8月の澤瀉屋版とは又助が切腹に至る経緯が(鳥井又助内切腹の場)違うのですね。
又助が討ったのは多賀大領(菊五郎)の妻、梅の方(新悟)だと告げにくる安田帯刀(又五郎)、それを聞いて又助を打ち据える求女(萬之助)には武士の横暴さを感じてしまいます。又五郎さんの帯刀なら、又助の気持ちを分かってくれそうな気がするだけに(笑)、この場面は長くつらいのですが、巳之助@又助は、その悔やみ苦しみの中から武士らしく切腹しようと決心するまでを大変そうでしたが見せていた。その心情に添うような、又助弟の志賀市(種太郎)が弾く「妹背川」。
この前に種太郎の志賀市が、目が見えないために苛められるところに、又助が帰ってきて優しく励ますシーンがあるので、志賀市の弾く琴の音が哀しく響きました。しっかりと演じ弾いていた種太郎には驚くばかり。
八丁畷、花の山、奥殿への岩藤には、鋭い眼差しに上背のある打掛け姿には亡霊らしさ、「ふわふわ」の宙乗りには少し堅さも感じられたけれど、良かったかと。対する時蔵の尾上は、八丁畷で召使いの細かい黄八丈姿が良く、岩藤に再び草履打ちにあって泣き伏しても、何か芯の強さの様なものを感じたのは、時蔵さんの持っているものなのか。
御家乗っ取りを企む悪人・弾正の芝翫、お柳の方の扇雀に悪役としての風格と華があり、求女を慕う莟玉のおつゆに健気な可愛らしさがあるなど、周りの役々も良いので全体が生きていたのかも。
ただ、やはり私あまり御家騒動ものは好きではないかも。(笑)
宿下がりの奥女中たちが、3月の言わば休暇中に職場のことを演じる芝居を好んで観たというのも何だかよく分からないなぁと思うのです。

篠井英介は、できるだけ素のままの衣裳で女方を演じたいと思ってきたということがプログラムに書かれていました。
今回のブランチはかつらなどはつけないけれど、
衣裳は肩も首すじも背中も見える、ドレス。声も作った声ではなく低い地声が基本。男であることを感じさせるけれど男女を超えた存在感がありました。
この役は杉村春子のようにずっと演じ続けてほしいと思いました。
ステラとスタンリーが暮らすアパートに着いて、花柄のスーツケースを置き椅子に掛ける、戸棚にお酒を探す。そういった動きが無駄がなく語っている。日本舞踊の名取でもある篠井さん、素踊りのような女方という印象でした。スタンリー(田中哲司)との衝突を繰り返すうち次第に取り繕っていたものが綻びて行く、低めの声に感情がのり崩壊して行くブランチは女性が演じるような生な感じはしない。対する田中哲司さんのスタンリーも野性的、暴力的な感じでほなく、静かに次第に苛立ちをつのらせて行く。松岡依都美さんのステラは写真よりずっと柔らかい印象。スタンリーとニューオリンズでの生活を愛し馴染んでいる。何故彼女は南部のデュボア家を捨てたのか。ブランチの心の荒廃がブランチの初恋によるものと知りながら、スタンリーとブランチの間で揺れ動くステラ。最後にブランチを行かせてしまう時の「ブランチ~」という痛切な叫びが見ている私の心にも響く。デュボア家をブランチを愛しながらも見捨てる痛みは誰の心にもあり得ることなのかもしれない。一方、出て行くブランチは取り繕うことから解放され、「どこか良い所に連れて行ってもらえる」(プログラムの篠井さんの言葉)と思っているからか穏やか、白いドレスに身を包んだ篠井ブランチほ花嫁のように美しくそれ故に、切ない気持ちになりました。脇を支える俳優たちも押さえめながら適切。舞台装置もG2さんいう所のどこでもない場所でありながらアメリカの貧しい町の生活感を感じさせて良かったと思います。
作者のテネシー・ウィリアムズが、そして篠井さんが!ブランチは自分自身と感じる心の底にはアイデンティティーの喪失感がある。
それを埋めるものが篠井さんにとっては独自の女方という方法論だったのだと思うのですが、その方法論を超えて自分の存在を演出するという感覚が素晴らしいと思いました。
今月は「欲望…」の世界に浸りました。


