先日、運動の効果は「翌日」まで続いているという研究のコラムを読んだ。 ちょこっとAIに手伝ってもらって要約してみた。
「運動をすると頭がスッキリする」
多くの人が経験的に感じているこの感覚に、科学的な裏づけが加わりました。
英国で行われた研究によると、いつもより少し多めに体を動かした日は、その翌日まで記憶力の向上が保たれることがわかってきました。
ポイントは「ちょっと息が上がる運動」
この研究では、50~83歳の男女が日常生活の中でどれくらい体を動かしているかを8日間測定し、同時に毎日、記憶力や反応の速さなどの認知機能検査を行いました。
すると、
• 早歩き
• ダンス
• 階段の上り下り
といった心拍数が上がる程度の運動を、普段より長く行った翌日に、
• 作業記憶(ちょっとした情報を一時的に覚えておく力)
• エピソード記憶(過去の出来事を思い出す力)
が良くなる傾向が見られました。
「運動した直後」だけでなく、翌日まで効果が残っている点が、これまでの研究と比べて注目されるところです。
睡眠も、記憶の味方
さらに興味深いのは睡眠との関係です。
6時間以上しっかり眠った翌日は、記憶力がより良く、反応も速いことが示されました。
運動と睡眠は別々のもののようでいて、実はどちらも脳の働きを支える大切な要素。
「よく動き、よく眠る」生活が、認知機能を守る土台になることがうかがえます。
座りすぎは、やはり要注意
一方で、長時間座って過ごすほど、翌日の記憶力が低下するという結果も出ました。
運動不足が体だけでなく、脳にも影響することを改めて考えさせられます。
今日動くことが、明日の脳をつくる
これまで運動による脳の活性化は「せいぜい数時間」と考えられてきました。
しかし今回の研究は、日常の運動習慣が、翌日の脳の働きにまで影響する可能性を示しています。
激しい運動である必要はありません。
「少し息が上がるくらい」を、無理のない範囲で続けること。
それが、年齢を重ねても考える力や記憶を保つための、最も現実的な習慣なのかもしれません。
先日、とある漫画を読んでいて、昔聞いた大学教授の話を思い出した。
当時でもかなり高齢だったその先生は、戦争を体験された世代で、講義の中でも時折その話をされていた。
常に恐怖と不安に体を支配されている状態が続くのだが、それを乗り越えた瞬間、今度は不安が消え、根拠のない自信が心を支配するようになるという。
しかし、そういうときこそが一番危険で、実際にはそこで命を落とすことが多いのだ、と。
今の時代では、さまざまな意味でこうしたストレートな話は難しいだろう。
だがこの話は、スポーツ選手、いや、むしろ一般人にもそのまま当てはまる。
少し痛みが引いた、少し成績が良くなった。
そうした小さな変化に、他人の受け売りのような薄っぺらい自信を重ねてしまう人ほど、再び怪我や故障のサイクルに陥る。
旬な例で言えば、毎年一人二人やって来る、箱根を目指す駅伝部の大学生たちだ。
彼らは例外なく、二年以上痛みを抱えたまま来院する。
せめて半年、いや三ヶ月でも早く来てくれていたら、といつも思う。
「これをやれば筋肉の張りが良くなる」「動きが良くなる」
そう信じ続けて鍛えることに時間を費やし、本来必要な“治すための運動療法”に十分な時間を割けていない。
四年間など、あっという間だ。
それを本人だけでなく、周囲も理解し、配慮できていない現実がある。
時間を無駄にしないためにも、個々に合わせた計画的な治療プログラムを組み立てる必要がある。
十把一絡げなど、あり得ない。
遠回りは無駄ではない。
時にそれが、最大の近道になることもあるのだから。
時間は大切にしたい。
― 今回は「最先端医療系」について ―
昨今の医療やスポーツ科学の発展は、目を見張るものがあります。
かつては「できない」「仕方がない」「諦めるしかない」とされていたことが、今では解決できるケースも増えてきました。
一方で、その最先端技術に安易に頼ってしまうケースも、患者側・提供する側の双方で散見されるように感じています。
私自身、最先端医療や新しい取り組みに対して、決して否定的な立場ではありません。
それでも毎年必ず数名、今年もすでにお二人ほど、「最先端医療を受けたが良くならなかった」と言って来院される方がいます。
多くの最先端治療というのは、
本来その人が持っている“治る力(自己治癒力)”をサポートし、活性化させるものです。
言い換えれば、治癒への「背中を押す」治療とも言えるでしょう。
日常生活に著しい支障が出ている場合、
あるいはリスクを十分承知の上で挑むプロ選手にとっては、
それはまさに「救いの神」「地獄に仏」となる強力な選択肢です。
しかし、その後押しを安易に、何度も繰り返してしまうと、思わぬマイナス面が生じることもあります。
まるで、エンジンのかからない車を、何度も押しがけしているようなものです。
さまざまな意見や考え方がありますが、
この分野の専門医であっても、最終的には「患者さんと相談して決める」と言われます。
ただ、医療という高度な専門知識が必要な分野において、
その選択を“素人である患者さん自身が判断する”ことは、非常に難しいのが現実です。
だからこそ、
患者さんが少しでも正しい選択をできるよう、
その判断材料を整理し、寄り添える存在でありたい。
そのためにも、日々研鑽を続けていきたいと思います。


