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光が溢れる 超意識の世界へ

本来の自分に戻るための道しるべ
真の目覚めへと光を照らすライトワーカー

 

 

  何もしない時間をあえてつくる

 

5月の新緑の季節

 

お昼を近くの公園で過ごしてきました。

 

木々が風に吹かれて

 

初夏の光を透かしながら、木々はそよ風に揺れてきらめき、

 

まるで緑のドレスをまとった精霊たちが戯れているようでした。

 

 

自然に触れるとリラックスできます。

 

 

  〜がんばり続けてきた40代50代のあなたへ〜

 

 

仕事、家事、育児、親のこと…。

 

 


40代・50代というのは、人生の中でもっとも「抱えるもの」が多い時期かもしれません。

 

若いころのように、無理がきかない。


でも、誰かのために、何かのために、がんばってしまう。

 

 


そんな日々の中で、ふと「疲れたな?」と感じる瞬間はありませんか?

 

 

 

 

  “なにもしない”って、どういうこと?

 

 
 

「なにもしない」と聞くと、ちょっと罪悪感を感じる方も多いかもしれません。

 


でもここで言う“なにもしない”とは、

 


**「自分のために、あえて何も予定を入れず、心と体を休める時間」**のことです。

 

 

 

テレビもスマホも見ない。

 


家事もしない。

 


誰かのために動かない。

 

 

ただ、ぼーっと空を眺めたり、

 

 

自然の中に身を任せたり

 


コーヒーを飲みながら静かな音楽を聴いたり、

 


自分の呼吸に意識を向けてみたり…。

 

 

そんな“余白”の時間こそが、


疲れた心に、じんわりと染み込む癒しを運んできてくれるのです。

 

 

何もせずに思考をお休みさせるのです。

 

 

 

 

   がんばることに慣れすぎた私たち

 

 
 

40代・50代は、「責任」と「期待」が一気に押し寄せてくる時期でもあります。

 


仕事でも家庭でも「できて当たり前」になり、

 


誰かの役に立つことが、自分の価値だと感じてしまう人も多いでしょう。

 

 

でも、“なにもしない時間”を持つことは、怠けではなく、自分を取り戻す行為です。

 


むしろそれがないと、心が乾いていってしまう。

 

 

どれだけ水をやっても枯れそうな花のように、

 


私たちの心も、ちゃんと“休む”ことで、再び花を咲かせられるのです。

 

 

 

  「癒し」は、忙しさの中にはない

 

 
 

マッサージに行ったり、旅行に出かけたりするのも素敵な癒しですが、

 


実は一番身近で、しかも深い癒しは「なにもしない時間」にこそあります。

 

 

忙しい日常の合間に、たった10分でもいい。

 


静かに、自分の内側に戻る時間をつくってみてください。

 

 

あなたの中にある「本当の声」で

 

 

「本当は何がしたいの?」

 

 

「どうありたいの?」

 

 

と自分に問いかけます。

 


 

 

  癒しは“つくる”もの

 

 

癒しは、どこかにあるものではなく、自分でつくるもの。

 

 

 

世界は自分でクリエイトしていくものです。

 


そしてその第一歩が、「なにもしない時間」を大切にすることです。

 

 

 

がんばり屋のあなたにこそ、

 


立ち止まる勇気を持ってほしい。

 


あなたがあなた自身に優しくなれたとき、

 


本当の意味で、癒しが始まります。

 

 

私の究極の癒し、愛犬サニーと遊ぶことも喜びです。

 

 

推し活でもいいし、自分の夢中で癒されることを

 

 

次の段階として、探してみるのもいいと思います。

 

 

インスタも更新しています。

 

 

 

 

自分の「色眼鏡」を外したい方はラインよりお申し込みください

 

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  人生を変えるのは大きな一歩ではなくて、小さな本音

 

 

私たちはよく、「人生を変えたい」と願います。


転職、引っ越し、起業、留学…そんな“大きな一歩”こそが変化のカギだと思いがちです。

 


けれど本当は、人生を変えるのはそんな劇的な出来事ではありません。

 

 


それは、日常の中でふと湧き上がる——

 


「ああ、これが私の本音かもしれない」

 

 


という、小さな気づきから始まるのです

 
 

 

  「小さな本音」が教えてくれること

 

たとえば——

 

  • 「本当は、今の仕事がつらい」

  • 「あの友達と会うと、いつも疲れる」

  • 「私は、もっと自然の中にいたい」

  • 「この瞬間、静かにしていたい」

 

これらは一見、取るに足らないように思える“ささやかな本音”です。

 

 


でも、こうした気持ちを見逃さずにすくい上げていくと、

 


自分が本当に望んでいる生き方や、必要としている心の状態が見えてきます。

 

 

 

いい子ちゃんでいる必要はないんです

 

 

 

  なぜ人は「本音」にフタをするのか?

 

本音に耳を傾けることは、時に怖さを伴います。

 

  • 「こんなことを思っちゃいけない」

  • 「わがままだと思われるかも」

  • 「家族や周囲に迷惑をかけてしまう」

 

 

そんな思いから、自分の気持ちにフタをしてしまう。


でもそれは、内なる自分を少しずつ裏切ることでもあります。

 


本音は、あなたの“魂のナビゲーション”です。

 

 

 

自分の中心からぶれていってしまいます。

 

 

 


無視し続けると、どこかで道に迷ったような感覚になるのも当然なのです。

 

 

 

  本音を受け取った先にあるもの

 

小さな本音に気づいたら、まずは否定せずに「うん、そう思ってるんだね」と認めてみてください。

 


たとえ行動に移せなくても大丈夫。

 


大切なのは、“自分に正直であろう”とするその姿勢です。

 

 

本音に気づき、認め、許す。

 


このプロセスを積み重ねていくことで、

 


あなたの内側から、静かで力強い変化が始まっていきます。

 

 

 

 

  大きなジャンプより、正直な一歩を

 

人生は、いきなり劇的に変わるものではありません。

 


むしろ、自分の内側にある本音に気づき、それに誠実になることで、

 


気づけば進むべき方向が自然と見えてくるものです。

 

 

今日、あなたの中にふと浮かんだ小さな気持ち。

 


それが、人生を変える最初の“サイン”かもしれません。

 

 

どうか、その声を大切にしてあげてくださいね。

 

 

お家の中もバラが沢山でいい香り

 

毎日幸せを感じています。

 

おはようございます。

 

日曜日の朝6時

 

愛犬サニーの散歩に出かけると

 

 

夫婦でゴミを拾いながら散歩をしている方

 

学校の道に花を植えている方

 

公園を掃除している方

 

 

 

誰かに褒められたいわけでなく

 

街をきれいにすることでみんなが気持ちよく

生活できる

 

 

これが愛でないかと思いました。

 

 

 

  誰かのためではない「愛」について

 

 

愛って、なんだろう。

 

 

誰かに優しくすること?

 


誰かを思いやること?

 


大切な人を幸せにすること?

 

 

子育ては無償の愛

 

 

きっと、そういう愛もある。

 


でも、私は最近、それだけじゃないと気づいたんです。

 

 

 

 

  いつも「誰かのため」に頑張っていた私

 

 
 

私はずっと、「誰かのために生きること」が愛だと思っていました。

 


家族の期待に応えること。

 

子供との時間を大切にすること。


パートナーの気分を損ねないこと。


職場で人と円滑に仕事すること。

 

 

頑張る理由はいつも「誰か」。

 


自分の気持ちよりも、周りの評価や空気を優先していました。

 

でも、あるとき、ふと立ち止まったんです。

 

 


「本当の愛ってなんだろう?」って。

 

 

 

 

 

  「自分を後回しにする愛」は、もうやめよう

 

自分を犠牲にして誰かに尽くすことは、


ときに“美しい”とさえ言われます。

 


でも、それを繰り返しているうちに、心は静かに、確実に疲れていきます。

 

ふと気づいた時に

 

 

それは本音ではないので、「やってあげている感が出てきます」

 

 

 

いつの間にか、


・喜びを感じられなくなったり

 


・本音がわからなくなったり


・ただただ虚しくなったりするんです。

 

 

愛は、与えるものではなく

 

 

自発的に溢れてくるものだと思うのです。

 

 


自分にも注ぐことも大切

 

 

 

  自分に還る「愛」がある

 

 

 

本当にあたたかい愛って、

 

湧き上がってくるようなものだと思いませんか?

 

 

 

こうだからこうしようという損得勘定なんかなく

 

見返りなんか求めない。

 

だだそうしたいから、そうすること。

 

 


自分の心に正直に生きているときに、


自然とあふれてくるものなんだと、気づきました。

 

 

冒頭で書いた、朝の光景は「愛が溢れていました」

 

 

まずは、

 

自分のしたいことから、始めましょう。

 


・「今日は疲れたから、ひとりでゆっくりしよう」でもいいし


・「本当はやりたくない」と感じたらやらない選択をすること


・誰にも見せない涙を、そっと抱きしめてあげること。

 

 

それは、誰かのためじゃない。

 


でも確かに「愛」なんです。

 

 

 

 

 

  愛の出発点は、いつも「私」

 

誰かを愛したいと思うなら、

 


まずは自分を愛してあげること。

 

 

自分を大切にすると、

 


不思議とまわりの人間関係も、穏やかに変わっていきます。

 

 

本当の愛は、

 


犠牲でも我慢でもなく、

 


「私」という土台に咲くものだから。

 

 

 

  本当の自分に還るために、そっと一歩を踏み出したいあなたへ

 

 

 

もし今、


「自分の気持ちがわからない」


「何を望んでいるのかピンとこない」


「誰かの期待ばかりを優先してしまう」

 

 

そんなふうに感じていたら、


それはあなたの心が、“自分に還るタイミング”を知らせてくれているのかもしれません。

 

 

私のセッションでは、潜在意識の声に耳を澄ませながら、

 


「本当の自分の想い」に気づいていくプロセスをサポートしています。

 

それは、何かを“直す”時間ではありません。


あなたがあなたに戻る、あたたかくて、やさしい時間です。

 

まずは、あなたの中にある「ほんの少しの違和感」や「小さな本音」に気づくことから。

 


その一歩を、ぜひ一緒に歩いてみませんか?

 

 

公式ラインから、ご都合のよい日にちを3つほどいただけましたら

調整して、お返事いたします。

 

https://lin.ee/BCasJPg

 


▶ セッションの内容・流れ

 

公式ライン登録→日程調整→zoomにて「色眼鏡取り外しセッション」

 

あなたが気づかずにつけている「色眼鏡」を取り外すお手伝いをします。

 

「色眼鏡とは」過去の経験やトラウマからくる自分の思い込みと

思っていただくといいかと思います。

 

その「色眼鏡」を外すと、2分化している意識の世界から

超意識に戻ることができます。

 

だいぶ簡単に書いておりますが、その人その人で意識も

全く違うので、一度体験してみてください。

 

 

 

あなたが、あなたを生きられる毎日を心から応援しています。

 

 

  すべての答えは、あなたの中にある

 

私たちは日々、さまざまな選択と決断の中で生きています。

 

人は1日に約1万2千回から6万回も思考しているとも言われています。

 

「今日は何を食べよう」

 

「どの服を着よう」

 

「誰とどこに行こう」

 

「どんな言葉で伝えよう」

 

「メールで伝わえるにはどんな文章がいいかな?」

 

という日常の思考から

 


「これでいいのかな?」

 

「私は何のために生まれてきたんだろう?」

 

壮大な投げかけまで

 

 


そんなふうに、人生の答えを探し求めて外の世界をさまようこともあるでしょう。

 

 

 

でも実は——

 

 


その答えは、ずっと前から“あなたの内側”にあります。

 

 

 

   なぜ「答え」は外ではなく、内側にあるのか?

 

 
 

多くの人が、自分の進むべき道や正解を他人の意見や世間の常識に求めようとします。

 

 

今までの経験と、人から言われてきたこと

 


でもそれでは、他人の人生をなぞるような生き方になってしまうのです。

 

 

あなたが本当に満たされる人生を生きたいなら、

 


「外の声」ではなく、「内なる声」に耳を傾けることが必要です。

 

 

その声とは、あなたの魂が発するサイン。

 


直感、違和感、ふとした気づき——それらはすべて、

 


“本来のあなた”へと戻るための道しるべです。

 

 

 

 

  潜在意識の扉を開くと、何が見えてくる?

 

私たちの意識のうち、約9割以上を占めると言われている「潜在意識」。

 


この中には、あなたが忘れてしまった本当の願い、

 


子どもの頃から持っていた感性、心の奥底にある恐れやブロックも含まれています。

 

 

潜在意識にアクセスすることで、

 


✔ 何に不安を感じていたのか


✔ なぜ同じパターンを繰り返してしまうのか


✔ 本当は何を大切にしたいのか

 

が、少しずつ見えてきます。

 


「私はこれでよかったんだ」

 


そんな安心感とともに、自分軸が育っていくのです。

 

 

 

  あなた自身と対話することが、最もパワフルな癒しになる

 

 

 

「何が正解かわからない」と感じたとき、

 


それは“内なる自分との対話”が不足しているサインかもしれません。

 

 

ノートに気持ちを書き出してみたり、書くという行為は思考の整理に役立ちます。

 


静かに目を閉じて自分の心に問いかけてみたり、瞑想をしてみたり

 


あるいはコーチとのセッションを通じて自分の声を言語化してみるのも良いでしょう。

 

 

気づけば、

 


「私はずっと、ここにいた」

 


と、自分とのつながりを思い出す瞬間がやってきます。

 

 

 

 

   本来の自分に還る旅を、今ここから

 

 

 

誰かの答えを生きるのではなく、

 


“自分の真実”に従って生きる人生は、

 


比べものにならないほど豊かで、自由で、心地よいものです。

 

なんてったて、本来の自分です。

 

 

すべての答えは、すでにあなたの中にあります。

 


あとは、それに気づく“勇気”だけ。

 

 

本来の自分に戻るのです。

 

 

あなたの魂の声に、今日少しだけでも耳を澄ませてみませんか?

 

 

「色眼鏡外しセッション期間限定で募集いたします。」

 

 

ご感想一部紹介いたします。

 

先日はありがとうございました。

色んな学びをされてる視点で質問に答えていき、とても良かったです。

客観的に見て頂いて、私の思い込みに気づいたり、

思考の整理が出来たのですっきりしました。
星座が同じなので頷ける所があって、更に自分の事が分かりました。

少しでも明るく前向きに考えて、こんなこじらせた私でも元気な体に

戻れたらアトピーの人のサポートができるのではないか、

みんなが元気になれるように役立てるのではないか。

 

苦しんだ経験も誰かの希望になれるのではないかと

思って今できることをやっています。

 

いつも悦子様のインスタでセンスがいい方だなあと憧れていました。

色使いやインテリアもド・ストライクです。

 

お話ししてみて 想像を超える優しい女性だなと心が暖かくなりました。

 

昨夜、教えていただいたことを日々イメージして活用していきますね。

悦子さんだからこそお話できた事(母の事など)がたくさんありました✨✨

私の強力なトリガー外しを一緒にしてもらいたいと思いました

 

 

 

公式ラインよりお申し込みください。

 

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インスタも更新してます

 

 

 

 

 

もし今、「自己肯定感が低い」と感じていたら、


それはあなたが間違っているというサインではないと思うんです。

 

むしろそれは、


“外の評価”に合わせるのをやめて、自分の本質に還るタイミングかもしれません。

 

 

比べなくていい。


無理に自分を認めようとしなくてもいい。

 


ただ、いまここに“あなた”が存在していること。

 

それだけで、もう充分なんです。

 

 

 

  自己肯定感なんてないと思う。それは世間が作った幻想

 

 

「自己肯定感を高めよう」とか「自己肯定感が低いと幸せになれない」とか、耳タコになるほど聞くこの言葉。

 

 

でも、ちょっと待って叫び

 

 

そもそも「自己肯定感」って、本当に“あるもの”なの?


それって、自然な感情?


それとも、後づけされた“概念”?

 

結論から言うと、私はこう思います。

 

自己肯定感なんて、もともと人間に備わっていない。
それは、社会が作り上げた“測定不能な基準”にすぎない。

 

 

 

  「自己肯定感が低い」と誰が決めたのか?

 

自己肯定感が“高い人”は成功しやすく、“低い人”は生きづらい―

 

―そんな構図をよく見かけるけれど、それって本当に真実?

 

 

・人前で堂々と話せない


・人に褒められても素直に喜べない


・失敗を引きずってしまう

 

・自分に自信がない

 

 

こういう状態を「自己肯定感が低い」とラベリングしてしまうことで、

 

 

「自分はダメなんだ」とさらに思い込む負のループができあがってしまう。

 

 

つまり、

自己肯定感が低いから苦しいんじゃない。
「自己肯定感が必要だ」という幻想に苦しめられているだけ。

 

 

 

  自己肯定感は「後づけの物差し」

 

 

本来の人間には、「自分を肯定するか否定するか」なんて視点はなかったはず。

 

子どもを見てみると

 


泥だらけになろうが、転ぼうが、おもちゃを壊そうが、

 

自分を「ダメなやつ」なんて思わない。

 

それがいつからか、「できた」「できなかった」「いい子」「悪い子」という評価の中で、

 

「自分をどう感じるか」を外側に預けるようになっていく。

 

 

 

自己肯定感とは、他人や社会の“物差し”に適応するために生まれた感情の癖。
つまり、後天的に刷り込まれた思考パターン。

 

本当はいらない。「あるがまま」で十分。

 

あなたが今日、朝起きたこと。


ごはんを食べたこと。


空を見上げて「きれいだな」と思ったこと。

 

花を見てウキウキする感覚

 

それだけで、生きている証。価値の証。

 

「自己肯定感」という言葉を使わなくても、

 


人はちゃんと感じて、喜んで、怒って、愛して、生きている。

 

 

「自己肯定感がないからダメ」なんて嘘。
あなたは“あるがまま”で、すでに満たされている。

 

 

  幻想を手放すという選択

 

 

「自己肯定感がほしい」と思う気持ちはわかります。

 

私もそうでした。

 

 

人から認められたい

 

 

愛されたい

 

 

特別な何かが欲しい

 

 


でも、それが“欠けている”という前提からスタートしている限り、

 

永遠に満たされることはないのです。

 

だからこそ言いたい。

 

自己肯定感なんて、最初から探さなくていい。
そんなものに惑わされず、自分の感覚を信じればいい。

 

 

幻想に縛られた生き方よりも、


不完全でも、ぐちゃぐちゃでも、

 

“あなたのまま”で生きる方がずっとリアルです。

 

 

 

自己肯定感という無価値観は後からくっついてきたもの

 

 

 

生まれていた時に人から愛されていることを

 

望んできたのではなく

 

人から必要とされているために生きているのではなく

 

 

そこにいる存在だけで、誰かの役に立っているし

愛されているんだと思います。

 

 

人からの反応で自分の存在価値を決めるのはやめていいと思う

今日この頃です。

 

 

過去のできなかった経験

 

傷ついた時言われた時の否定感

 

消し去りたい過去

 

その感情は本当の記憶だったのか

 

一度統合してみるといいと思います。

 

 

あなたはどうですか?