『アナザー・プラネット』① | 浅倉卓弥オフィシャルブログ「それさえもおそらくは平穏な日々」Powered by Ameba

浅倉卓弥オフィシャルブログ「それさえもおそらくは平穏な日々」Powered by Ameba

浅倉卓弥オフィシャルブログ「それさえもおそらくは平穏な日々」Powered by Ameba

おかげさまでトレイシー・ソーンの
自伝第二弾
『アナザー・プラネット』が

一応五月二〇日の予定で
基本このタイトルで

発売がアナウンスされる
ところまで来ました。

原書の書影がこちらになります。


まず冒頭を、触りだけほんの少し御紹介。

あ、もちろん訳文の方で。

「過去を召喚しようという試みのうち、
 つまり、自分が起きたと
 思っていることではなく
 代わりに実際に起きた出来事を、

 自分が感じたと考えている内容ではなく
 代わりに自分が実際に感じたことを、

 そして、自分でそうしたと
 口にしている中身ではなく、
 代わりに実際の行動を。

 そういったものどもを
 どうにか思い起こすべく
 私は日記を覗き込んだ。

 書いてあることのすべてと、
 そして書かれていない一切とが
 逐一私を揺さぶった――」

こんな感じで幕を開けます。



本書は前作
『安アパートのディスコクイーン』では

それほど深くまでは
掘り下げられていなかった

十三から十八までの
御本人の日記を中心に

今五十代になり、
母親ともなった自身の立場から

当時の自分と故郷の姿を
繙いてみようといった内容です。


上の引用にもある

“書かれていない一切”というのが
ミソというか、キモでして、

まずはその十代の日記に
“できなかったこと”
“見つからなかったもの”ばかりが
記載されていることに

筆者トレイシーは首を捻ります。


「こんな、ある種いかがわしいとしか
 呼べないような書かれ方を
 要求してくる土地とは、
 はたして一体何なのだ――」

そしてまあ、
いかにも彼女らしいのですけれど、

まずは故郷ブルックマンズパークの
そもそもの成り立ちへと目を向けて、

ロンドンを囲むよう設計された
“緑地帯(グリーンベルト)”の
問題にぶち当たったり、

あるいはボウイの育った
やはりロンドン周縁部の

ブロムリーとの比較検討まで
始めたりしていきます。


ここにあるのはほとんどが
メジャーデビュー以前の
普通の女の子の姿です。

何が自分を音楽に向かわせたのか
そしてその中で

自分と両親の関係が
どうなっていったのかといった辺りが
主に扱われるものですから、

『安アパート~』では
十分な字数の割かれていた

レコーディングとかツアーといった
ある意味業界独特の特異な要素は
ややどころではなく薄いです。

その分ですから、普通の少女としての
トレイシー・ソーンという人の姿が、

いよいよ浮かび上がってくる感じです。

いろいろとあまり
誉められた類では決してない行状も
まあ、ちらほらと。

ちなみに原書は
ラフトレードが選んだ昨年の
二十冊に選ばれたりもしています。

ファンの方には、御期待下さい。


少ししたら随所での予約も
始まってくるかと思います。

日本版の表紙なども
お見せできるようになったら
随時ここで御紹介していくつもりです。

もっとも予定が予定通りにいかなくて
全然おかしくはない昨今ではありますが。

皆様ご自愛下さいますよう。

こちらはもちろん発売中です。




追記

昨夜このテキストを書いている最中、
佐々部清監督の訃報に触れました。

『四日間の奇蹟』でメガホンを
とっていただいた監督さんです。

当時実は小さくはない
行き違いがありまして

以後はお目にかかることも
結局なかったのですけれど、

細かい演出を積み上げて
物語を動かしていく
その方法を知っていらした方でした。

あの頃の一切も結局は
お互いに自分の名前で
作品を発表していくことを

重ね続けるしかない
いわばクリエイター同士故の
摩擦だったのだなと、

今はそんなふうに内化しています。

慎んで御冥福をお祈り申し上げます。