ラジオエクストラ ♭79 Come on Home | 浅倉卓弥オフィシャルブログ「それさえもおそらくは平穏な日々」Powered by Ameba

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おかげさまで先週無事
こちらも発売になり、

それどころかもうすでに幾つか、
読了した、面白かったとの
コメントを見かける機会にも
幸運なこと恵まれておりまして。


それにしても基本二段組みで
400ページに迫る分量ですので、

一気読みできてくださった方が
複数いらっしゃったりすると

訳者としては
大きくどころではなく
胸をなで下ろします。

なるべくゴツゴツとしたというか
読むリズムを邪魔するような

違和感の残らない
文章にしようという点は

訳文にせよ創作にせよ
常に心がけてはおりますもので。

――まあ一応。


さて、では本編。今回の御紹介は、
87年の3rdアルバムになるこの作品。


なんだか往年のアイドルの
アルバムのような
ジャケットに見えなくもない
気もしますが。

でも音は相変わらずシックです。

前回(→♭78)取り上げた
LOVE NOT MONEYでは

直前のツアーメンバーが
そのままレコーディングにも
参加していたという背景もあって、

基本バンドの編成を
尊重する姿勢が
全編で貫かれていたのだけれど、

本作ではうって変わって
大胆どころの形容では
到底きかない

きらびやかというか派手というか
そういったストリングスなり
オーケストレーションなりが

ほとんどこれでもかと
いわんばかりに導入されている。

バンドの基本が二人でしかない、
つまりはギターとシンガー以外は

いずれにせよ外部から
導入してくるしかないという
ある種逆説的な強みを

最大減に活かしてみたといった
ところだったのかも知れない。

確かに本作、よく聴くと
ほかの作品群と比べても
音の構造が全然違っているのだけれど、

でも、たとえばほかの彼らの
アルバムと続けて流してみても

さほどの違和感を感じずに
そのまま聴けてしまうのが、

本当、この人たちの音楽の
なんとも不思議なところなのである。

なんとなく基本二人とも
あまのじゃくというか
たぶん難しい人たちなのだと思う。


いや、改めて聴きなおしてみて
つくづく思ったのだが、

たぶんロック/ポップスのアルバムで
このCome on Homeを
開幕に持って来る事は

なかなかしないというか、
普通はできないのではないかと思う。

良い曲ではある。

そこに疑念の余地はない。

むしろ佳曲と呼んで差し支えない。

高音のストリングスのイントロなど
静謐で本当に美しい。

そしてそこにそっと滑り込んでくる
トレイシーの声が、

またこのサウンドと
見事にマッチするのである。

ポップソングかと問われれば
すぐには首を縦に振りかねる。

とりわけこの曲に限れば
ダンスミュージックでもたぶんない。

まあ確かに、ワルツなら多少は
踊れそうな気もするが。

だからたぶん、
この捕らえどころのなさが
徹頭徹尾この二人の

諸刃の剣的な強みであり、
弱点でもあったのである。

家に帰ってきなさいと
呼びかけるサビの部分は、

荘厳な暖かさとでもいった
形容くらいしか浮かばない。

いったいどう言えば
このサウンドが的確に
表現できるのかなと、

これを書きながら
つらつらと考えて

出てきた答えが、
良質なクリスマスソングだった。

なるほど、確かに
聖夜のミサの場面になど
なんとなくはまりそうではある。

――だがしかし。

そういうことを一筋縄で
許してはくれないのが
この人たちというか
このトレイシー・ソーンなのである。

なんとなればこの曲には
こんなラインが登場しているのだ。


あなたのいない毎日は
まるでクリスマスみたい
ただ寒いだけで
することも何もないんですもの――


だから帰ってきてねという
歌詞の流れではあるのだけれど、

しかしさすがにこれを
クリスマスソングとして
扱うことは無理だろう。

実際彼女の家人も、
多分お母さんだとは思うのだが、

同曲の発表以降は、
毎年冬のあの時期が来るたび

だってあなたはクリスマスなんて
大っ嫌いなんですものですね、

みたいな嫌味を、腕組みしながら
口にしていたようでもある。

あ、このエピソードは
今回訳したBEDSIT~ではなく、

新刊のANOTHER PLANETで
紹介されているものなので念のため。

前掲書を探しても出てきません。


そういう訳で本作、
このCome on Homeを筆頭に、

ある意味非常に
イギリスっぽくない、

むしろカーペンターズ辺りを
どこか思わせないでもないような、

きらびやかなメランコリーとでも
いったテイストが
貫かれているのである。

二曲目Don’t Leave Me Behindこそ
極めてポップだが、

むしろミシシッピ・デルタの
夕陽の光景なんかが
似合いそうなトラックが
趣向を変えて複数登場してきたり、

かと思えばトム・ジョーンズが
歌い出しそうなイントロが
飛び出してきたりと、

まったく摩訶不思議である。

気がつけばあの
長ったらしいタイトルの

STARS,SHINE BRIGHTの
言葉通りであるのだなと
すっかり思わされている。

あ、でもラス前収録の
Fighting Talkの
子供の笑い声は、

僕もさすがに
演出過剰だったのではないかと
思わないでもないけれど。

ちなみに、本作の最初の数曲を
スタジオで聴かされた

当時の彼らの担当A&Rだった
ラフ・トレードのジェフ・トラヴィスは

いいけど、ちょっと
やり過ぎなんじゃないの、とか
まず口にしたのだそうで。

こちらの方はBEDSIT~で
紹介されているエピソードである。



この過剰さが故に、本作はたぶん
我が国のゴスロリ系ブランドの
ブランド名にまで
起用されることになったのだろう。

ベイビー、ザ・スターズ
シャイン ブライトで引けば
すぐに出てくる。

本作を語る上でどうしても
外せないネタである。

さらについでに書いておくと、
これも以前ここで
一度触れた内容ではあるのだけれど、

ゴスロリファッションの発祥はたぶん
この二人の本国イギリスである。

彼らとまさに同時代に
ストロベリー・スウィッチブレイドという
女の子の二人組がいて、

彼女たちのファッションというのが
まさにあんな感じだったのだ。

もう五年も前だがこの二人のことも
ラジオ本編(→#24)で一度取り上げてるし、
その時もこのネタは書いている。



もっとも、さすがにこのトレイシーが
そっち系のファッションに
身を包んでいる写真なり映像なりは

いまだかつて
目にしたことがないことも一応念のため触れておく。


例によっていろいろと
いい具合に話も逸れたところで
今回はこの辺で。

いや、本当はこんな感じでもう少し、
書籍の発売までに
やっておけるつもりだったのですけれど。

まあ成り行きということで
どうぞ御了承いただければと存じます。