ラジオエクストラ ♭46 Sowing the Seeds of Love | 浅倉卓弥オフィシャルブログ「それさえもおそらくは平穏な日々」Powered by Ameba

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ティアーズ・フォー・フィアーズである。
89年の3rdアルバムのメイン・トラック。

The Seeds of Love/Tears For Fears

¥1,303
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まず、ここでタイトル・トラックと
はっきり表現してしまえないのは、


アルバム・タイトルの方は
なぜかSowingの語が省略されて


THE SEEDS OF LOVEのみと
なっているからである。

こういうのは、むしろ気が利いていると
思えて、僕自身は結構好きである。



――愛の種を撒きながら。


さて、この一節に、なんだか70年代や、
それよりもさらに遡った60年代の

いわゆるヒッピー文化の有していた
それっぽい手触りを感じるのは、
たぶん僕だけではないはずだと思う。


それこそジョン・レノンの
All You Need Is Love的な何か。


もっとも僕自身は、年齢的にこの
フラワー・ムーヴメントなるものが、
いったいどんなものだったのか、

リアリティーをもって捕らえるということが
まったくできてはいない。


LOVE & PEACE。

今になっても結構いろんな場面で目にする
このフレーズが、元々はこのムーヴメントに

起源を有していることについては、
なんとなく納得している。


後はだから例えば『フォレスト・ガンプ』や、
そのほかのこの時代を扱った映画や、
あるいはほかのフィクションや歌たちから


それっぽい知識を断片的に
持っている程度のものである。


泥沼にはまっていくベトナム戦争に、
アメリカの国内からやがて次第に
疑問の声が挙がるようになり、


彼らが平和への希求のシンボルとして、
全身を花で飾るなどしていたこと。


また運動の背景には、ビートニクの詩人、
アレン・ギンズバーグの存在があったこと。

そして文化の面では、同時代の、
音楽や小説などといった作品群に


サイケデリックという用語が、
ドラッグとの関連も踏まえて、
随時使用され始めてきたこと。


そして、ビートルズのREVOLVERや
SGT.PEPPERS辺りの時期の作品群が、
このムーヴメントからの影響を、
色濃く反映させていること、等々。

まあでもこういうのは、だから皆、
ある種後追いの理解でしかない。


けれど翻れば、自分が本当に過ごした現実以外は、
人というのはすべてのものを、
この程度のやり方でしか、
理解も把握もできないのだろうと思う。


いや、まあ、これもやっぱり横道だけどね。


さて、とにかくたぶん、
このTFFが本作品で、


少なくともこのSeeds of Loveという
トラックにおいては、
そういった文化が有していたものと
似通った種類のメッセージを


80年代が終わろうというあの時代に、
改めて自分たちの手で
甦らせようとしたのだという点については
さほど間違ってはいないだろうと思うし、

上のアートワークの印象からしても、
明らかに狙ってきていたのだと
断言してしまっていいと思う。


まさに岡本太郎さんもかくや、という
イラストとデザインですよね。


もちろん大阪万博についても、
僕はリアルタイムでは知りません。


さて、とにかく実際このアルバム、
ものすごい力作なのである。


以前本編の時(♯13)にもいった通り、
このTFFの音楽は、
ポピュラーというには少しだけ重過ぎる。


いちいち言葉をすべて理解して、
聴いている訳でも決してないのに、
アルバムをフルで聴くと、いつのまに
心のどこかがぐったりとしてしまう。

歌い方、メロディーライン、アレンジ。
そのどれかが決定的に、
この作用を担っている訳では決してない。


こういう一切が複雑に絡み合い、
いわば精神的な目眩にも似た効果を
巧妙に作り上げてくるのである。


だから彼らの本質は、たぶんある意味で、
原義的なサイケデリックという言葉が、
本当に似合う種類のものなのではないかと
ほんのちょっとだけ思ったりもするのである。


オープニングのWoman in Chainsは
タイトルからしてまず否応なく、
重度の束縛というイメージを喚起する。


確かにプレイボタンと共に始まってくる
ベースのリズムと鍵盤の音は、
どことなくどころではなく不穏である。


ところが一分も経たないうちに、
曲の手触りが不意に変貌する。

木管に近い音色の、やがて曲の全体を
統御していくことになる、
高音部のパターンが登場すると、


これが一瞬にして至って柔らかで、
穏やかな雰囲気を醸し出してくるのである。


しかもここで、ベースのパターンは
決して変わった訳ではないのである。

バラードなのか? だがその呼称は、
曲の方が眉をひそめて拒んでくる。


同曲は男女のヴォーカルが
複雑に絡み合って展開していく。
それでも冒頭の不穏さは
最後まで甦ってくることはない。


いやなんともはや、不思議なタッチの
トラックに仕上げてきたものである。


基本ピアノとストリングス、ホーンとで
アレンジされているアルバムのクロージング、
Famous Last Wordは
世界の滅亡の夜を描いているのだそうである。


冒頭から、黙示録に記された、
アルマゲドンのイメージが
そこはかとなく忍び込んでいる。


そして曲の中盤、ドラムの導入とともに、
音数が一気に増してくる。

この展開がだから、核戦争や、
あるいは最後の審判の日といった
絶対的なカタストロフィのイメージを、
強烈に呼び起こしてくるのである


だが最後にトラックは、
再び祈りに似た静けさを取り戻して終わる。


このドラマティックさ、やはり、
この二人ならではのセンスを
強く感じさせずにはいない。

最早サウンドメイキングというよりも
ストーリーテリングとでもいった方が
より近いセンスであり、
テクニックなのではないかと思う。


ちょうどクィーンの楽曲群が
そうだったように。



そういう訳で、彼らのアルバムの全体を
通しで聴くには、ややどころではなく
ある種の精神的な準備が必要になる。

それでも本作からの1stシングルとなった
今回ご紹介のSeeds of Loveは、


基本のテーマがやや明るめであるだけに、
少しだけ肩の力を抜いて向き合える。


キャッチーとまでは呼べないが、
十分にポピュラーだとはいえるだろう。

もちろん、彼らでなければ決して出せない
ある種の重さはやっぱりここでも健在である。


とりわけAメロの畳かけてくるラインは
さすがだなと思う。カッコいいな、と感心する。


しかもこれが、サビの部分の、
ある種底抜けなポジティヴさと
まるでバッティングしていないところに、
本当に唸ってしまうのである。


残念ながらこのTFFは、本作を最後に、
ほとんど開店休業状態になってしまい、


続いたベストアルバムの発売を期に、
片割れであったカート・スミスが
脱退していたことが明らかになって、


その後ほとんど第一線で
名前を聞くことはなくなってしまう。


ただ近年になって、二人はようやく
共同作業を再開しているそうである。


04年にはアルバムをリリースし、
12年にはサマーソニック出演のために
来日もはたしているらしい。


いや、全然知りませんでした。

しかもメジャーのワーナーとの再契約にまで
漕ぎ着けることもできたらしく、
新作も鋭意製作中なのだとか。


いずれにせよ、ひょっとして本編の時も
似たようなことを書いたかもしれないけれど


これらの音源は未聴のままなので
そのうち入手したら、また機会を改めて。