『キャデラック・レコード』 | 浅倉卓弥オフィシャルブログ「それさえもおそらくは平穏な日々」Powered by Ameba

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ま、極めて趣味の一本である。


昔アメリカはシカゴに
チェス・レコードという会社があった。


本作は、この会社の興亡を描いた
ある種の伝記映画である。


キャデラック・レコード

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ロックンロールの起源をどこに求めるかは、
もちろんどこまでいったとしても
議論の尽きることはないだろう。

チャック・ベリー、あるいはエルヴィス。
ボ・ディドリー、
ビル・ヘイリー&ヒス・コメッツ。


誰が誰に、どの要素がどのスタイルに
どのようにして影響し合い、
そこで何が形成されたのかを、
きちんと解明することはたぶん難しい。



ただブルースが商業ベースに
乗った時点というのは、
割とはっきりとしているのである。


本作の冒頭で、一台のバンが
ミシシッピの広大な農場へと滑り込んでくる。


背広姿の紳士が降りてきて、
農夫の一人に話しかけて名前を尋ねる。
どうやらこの農夫こそが、
彼の探していた相手であった。


紳士は民俗音楽の研究家で
国会図書館の資料として保管するために、
各地で民衆の歌を採取していた。

農夫が申し出を快諾すると、
紳士は車の後部から、
大きな録音機器を取り出して、
彼にマイクを向け、準備を始めた。


農夫はいわれるままギターを持ち出し、
彼の前で一曲弾き語った。
その間にはもちろん
テープレコーダーが回され続けた。


録音が終わり、テープが再生される。
聴き終わった農夫が紳士に尋ねる。

――これが俺の歌なのか?

もちろん。紳士は首を縦に振り、
改めて礼をいって立ち去っていった。



この農夫の名を、
マディ・ウォーターズという。


自分の歌に自分でも改めて価値を見出した彼は
ギター一本だけを抱え単身シカゴへと行き、
路上で歌うことを始める。


そして同地でマディは、
黒人ミュージシャンとの
レコード・ビジネスの
可能性を模索していた


ポーランド系移民のレナードとフィルの
チェス兄弟と出会うのである。

だからおそらくこの時に
商業としてのR&Bの歴史が始まったのだと
いってしまってかまわないのだろうと思う。



制作は08年で、もちろんアメリカ作品。
あのビヨンセが、出演はもちろん
プロデューサーとしても参加している。


だからたぶん、前々年の06年に
『ドリーム・ガールズ』に出演した彼女が、

同作では描き方がまだ不十分だと
感じた部分を埋めるため、


本作の制作に乗り出すことを
決めたのではないかと、
まあ勝手にそんなふうに想像している。


なんというか、ミュージシャンとしての
漢気みたいなものを感じざるを得ない。

いや、もちろんビヨンセは女性だけどさ。

正直、ディスチャも今度ちゃんと
聴かないとダメだな、と思った。
ほら、ディスチャのデビューは97年だから、
あまり得意な時代ではないのである。



さて、チェス兄弟の役割が一人に
まとめられてしまっていたりと
随所に多少の脚色はあるようだが、

基本は伝記映画であるから、
上のマディ・ウォーターズや
チャック・ベリーといった面々の


いわば音楽史上の位置づけを
ある程度まず把握するには
本作が非常に助けとなるかと思う。



正直僕自身、ハウリン・ウルフや
ウィリー・ディクソンなんて存在は、
この映画で初めて知った。

リトル・ウォーターは、
名前くらいはどこかで目にしたことも
あったかもしれないが。


ちなみにこのディクソンは
レッド・ツェッペリンとの
著作権訴訟の当事者なのだそうである。


しかも問題となったトラックには
あのWhole Lotta Loveが含まれている。
一連の訴訟はどうやら彼の勝利の形で、
和解している模様である。

また、今回以外にもここで時々
言及しているボ・ディドリーも


一時期はこのチェス・レコードの
アーティストだったはずなのだが、
どうやら本作ではほぼ扱われてはいない。



では以下、キャストについて少しだけ。

本編の事実上の主人公である
兄弟をまとめたレナード・チェスには、
『戦場のピアニスト』で一躍名を馳せた
エイドリアン・ブロディが扮している。


また、チャック・ベリーを演じた
モス・デフなる役者が
非常にいい味を出しているなと
思って観ていたのだが、


この方、元々はラッパーで、
だがきちんと演技の勉強も
されているという背景らしい。

そういう素養が反映されていて、
チャックのダンス・シーンなど、極めてらしい。


そしてビヨンセの役どころは
後半になって登場してくる
エタ・ジェイムズなるR&Bシンガーである。



それから一応、本作の邦題には、
「音楽でアメリカを変えた人々の物語」
という副題がつけられているので念のため。

ちょっと長いよ、とは
思わないでもないけれどね。



最後になったが、
このチェス・レコードなるレーベルは、


残念ながら、もう76年には
その歴史にすっかり終止符を
打ってしまっている模様である。