『ヒューゴの不思議な発明』 | 浅倉卓弥オフィシャルブログ「それさえもおそらくは平穏な日々」Powered by Ameba

浅倉卓弥オフィシャルブログ「それさえもおそらくは平穏な日々」Powered by Ameba

浅倉卓弥オフィシャルブログ「それさえもおそらくは平穏な日々」Powered by Ameba

そうか、これスコセッシだったんだよなあ。

今回取り上げることにして、
改めてそう思いました。
忘れていた訳でもないはずなのだが。


いい映画である。それはまず間違いがない。
だがそれにしても、紹介がひどく難しい。


ヒューゴの不思議な発明

¥1,543
Amazon.co.jp

予告編がそこそこに魅力的だったので、
本作については公開時に劇場で観た。

上映前は、そろそろ3Dでやれるネタも
どうやら尽きてきたみたいだけれど、


では今回は、あのスコセッシが
この人形をどう動かすのだろう、
くらいの気持ちで足を運んだ。


なんか金属製の上半身だけの人形が、
予告ではずいぶんと
クローズ・アップされていたのである。


さて、本編の主人公は、駅の時計塔の屋根裏に
一人で暮らしている、捨てられた少年である。


まずこの点だけとってみても、
いかにもファンタジーな設定である。


もちろんこの少年の名前が、タイトルにある
ヒューゴであるので念のため。

さて、駅という場所柄、絶え間なく行きかう
日々の人々の雑踏の間を縫いながら、
彼は極力大人たちの目を避けて生きている。


少年の生活とともにあるのは、
父親の遺した今は動かない機械人形と、
それから謎めいた手帳くらいのものである。


そして登場してくるのが、
何を考えているのかよくわからない
不思議な雰囲気の玩具屋の店主である。

この辺りまで来ても、物語に導入されてくる
モチーフのどれもが、あからさまにある種の
異世界を暗示しているようにしか思えなかった。


だからまったく、そういう展開なのだろうな、
などと思いながら観ていた。


つまり、それこそナルニアみたいに、
どこかで別の世界への扉が開くんだろうな、
くらいに身構えていたのである。

ああ、この玩具屋の娘が
冒険のパートナーになるのだろうなと、
微塵も疑いを抱かなかった。


ところが、ここから先のストーリーは、
こちらの予測していたようには
まるで展開しなかったのである。


――ではどういう話だったのか。

だけどまあ、そこはやっぱり
見てのお楽しみという方がいいだろう。


一つだけいっておくと、発明なんて言葉は、
この物語の本質とはまったく関係がありません。



さて、本作の根幹を支えているのは、
間違いなく、映画というメディアへの
スコセッシ監督の尽きることのない愛である。

だから本作の根底の仕掛けが明かされた時、
そっか、これが出てくるのか、と思いました。


実はひどく有名な顔が出てきます。

この映像を改めて作品としてしっかり固定する。
この一点だけでも十分に、
本作が作成された意義は達成されている。
真剣にそれくらい思ったものである。

一つだけヒントを挙げておくと、
この顔の主、実は人ではありません。


いや、映っているのはやっぱり人なんですけどね。


さて、僕がこのスコセッシの名前を覚えたのは
たぶん88年に『最後の誘惑』を観た時で、

へえ、あの『タクシー・ドライバー』
撮った人なんだくらいに
認識したように覚えている。


06年に『ディパーテッド』で、
六度目のノミネートでようやく監督賞の
オスカーを手にしたというニュースは
御記憶の方もそこそこ多いのではないかと思う。


確かに知名度の方が極端に先行してしまったような
印象も、あの頃はないでもなかった。

ただ正直、個人的には、当たり外れが
一際激しい監督さんである。


画面や構図に感心させられる場面も
それなりにはあるのだけれど、
筋そのものに、時々何がしたかったのか
わからなくなってしまうことがあるのである。


『ギャング・オブ・ニューヨーク』は
それなりに楽しんだはずなのだが、
『ウルフ・オブ・ウォールストリート』は
途中で飽きて止めてしまった。

それでも、あのマイケル・ジャクソンの
BadのPVでメガホンを撮ったり、


あるいはストーンズの劇場公開作品、
『シャイン・ア・ライト』を手がけたりと、
無視できない存在であることは本当である。



最後に『タイタニック』や『アバター』の
ジェイムズ・キャメロンが
本作に寄せたコメントが非常に面白かったので
ここで一緒に紹介しておく。

ようやくできた、子供たちを連れていける
スコセッシ映画、なのだそうである。


確かに、まさにこの通りの作品かもしれない。