ブログラジオ ♯26 Here Comes the Rain Again | 浅倉卓弥オフィシャルブログ「それさえもおそらくは平穏な日々」Powered by Ameba

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という訳で、というのは前回名前を出してしまったので、
今回はそのユーリズミックスのご紹介。
アニー・レノックスとデイヴ・スチュワートの男女のコンビ。
EBTGとは違って、こちらはどうにもデュオとは呼びがたい。
シングルカットされた中でデイヴが歌っているのを聴けるのは、
たぶんMiracle of Loveくらいじゃなかったかな。

しかしThere Must be an Angelが
これほどある種のスタンダードみたいな地位を獲得しようとは。
あの頃はさすがにそこまでは想像していなかった。
同曲は幾度も繰り返し複数の企業のCMに採用されているし、
のみならず、いきなりドラマやバラエティーの
BGMとして耳に飛び込んできたりする。
確かにいい曲だし、イントロのアニー・レノックスの
スキャットには、間違いなく普通ではないパワーがある。
それと同時に、起伏に富んだ極めて表情豊かな旋律が、
全編緩むことなく展開されるという魅力も
十分に備えているといえるだろう。しかも間奏やコーダでは
あのスティーヴィー・ワンダーのハーモニカさえ聴ける。
なるほど至れり尽くせりである。

だからもちろん、この曲の凄さを頭ごなしに
否定してしまうようなつもりはまったくない。
しかし個人的には、このMust be an Angelが
彼らのサウンドのメイン・ストリームだとは
あまり思っていないのである。
いや、こういうとやや語弊があるか。
この二人の音楽というのは、
一つのトラックをもってそれを代表させることなど
到底できないほど非常に多岐にわたっていて、そして
それこそがこのユーリズミックスというユニットの
最大にして極めて魅力的な特徴なのである。

二人を一躍有名にしたのは83年に発表された
Sweet Dreamsというトラックだった。
全編を貫いた単音のシンセサイザーによる
独特のバッキングが、シンプルで同時に
ポップスとは一線を画する異質な歌詞と相俟って
妖しいとしか形容しようのない雰囲気を醸し出していた。
この曲は彼らの初の全米ナンバーワンヒットとなり、
以来二人は、まあ表現上の問題で
幾つかの話題をあちこちに振り撒きながらも
80年代全般にわたって、先述のMust be an Angelを含めた
数曲を英米両方のチャートの上位に送り込んでいる。

基本このアニー・レノックスの唱法は、
おそらくは意図的な演出であろう
いかにも中性的なルックスとは裏腹に、
パワフルで同時に極めてソウルフルである。
だからSex Crime(1984)やWould I Lie to Youのような
基本ハード・ロックに通じるような楽曲でも、
軽々と歌いこなしてしまうし、かと思えば
Right by Your Sideに見られるどこかラテン系のノリさえ
違和感なく自分のものしてしまう。
それどころかChill in My HeartやIt’s Alrightのような
ミディアム・テンポの軽めのバラードさえ
一向に苦にもしていないように聴こえる。
本当に優れたヴォーカリストだなと思う。
だからこそ、あのアレサ・フランクリンをゲストに迎えても
まったく引けをとることなく、むしろ
堂々と互角以上に渡り合えているのだろう。
ちなみにこの二人のデュエットは
Sisters Are Doin’ it for Themselvesというトラックで聴ける。

だがもちろん、ヴォーカリストの力だけで、
ユーリズミックスの音楽が成り立っていた訳では決してない。
二人であるが故に、逆に採用できる音、あるいは楽器の
幅が広げられていたことが、彼らの魅力の一つでもある。
この辺りはおそらく、デイヴの裁量によるところが
相当大きかったのではないかと想像している。

たとえばハードロック調のトラックであれば、
ディストーションを利かせたギターがギンギンに鳴る。
ソウルやファンクへのアプローチを意識すれば、
今度はドラムが前に出る、あるいはブラスが厚くなる。
ラテンのノリにはリズム・キープを担う音色に
心憎いばかりの仕掛けが施されている。
前述のハーモニカもまた然り。
そういうすべての要素が、実に注意深く各トラックに
配置されているように感じられるのである。
そして同時にSweet Dreamsで見られたシンセの音色による
曲の雰囲気の決定という手法はほぼどの曲でも健在である。

だからおそらくは、このユーリズミックスなるユニット、
レノックスという稀代のヴォーカリストを手にした
プロデューサー、スチュワートが、
いかにして彼女の魅力を最大限に引き出すか、という
スタンスで次々とチャレンジを重ねていった、
その形ではなかったかと思うのである。
本邦ならおそらくドリカムがそういう側面を持つのだろうが、
むしろデリコことラヴ・サイケデリコのスタイルに、
似たアプローチを強く感じたりもしないでもない。

さて、Here Comes the Rain Againである。
十六文音符で連打されるシンセサイザーに
ピチカートの奏法の弦の音色が、それこそ
不意に落ち始めた雨粒のようにしてかぶさってくる。
そんな印象的なイントロで、このトラックは開幕する。

また雨が降り出した
思い出みたいに私に襲いかかってくる
もしくは未知の感情みたいに
表で風の中を歩きたいわ
恋人たちみたいに話したいのよ
貴方の海に飛び込みたいの
ねえ、貴方のいるその場所でも
雨は同じように降っているのかしら

モチーフは、おそらくは取り残されてしまった孤独感。
どこか中島みゆきの世界にも通じそうな、ある種の怨み節。
こういうリリクスにこそ、実はこのアニー・レノックスの声は
他の何よりもはまるような気がするのである。
だから僕はWho’s That Girlもかなり好きである。

という訳で今回のご紹介は、91年発表の
グレイテスト・ヒッツなるベスト盤。国内盤は、
渋谷陽一さんとピーター・バラカンさんの対談が
ライナー・ノーツ代わりについているという優れものです。
本稿にも一部、二人の御意見を参考にさせて戴いている箇所が
幾つかありますことを、念のために付記しておきます。


最後に例によってあまり使い道のないであろうトリビア。
本文で触れたSex Crime(1984)というトラックは、
少し前、ボウイのDiamond Dogsの時に言及した、
ジョージ・オーウェルによる同じ小説に由来している。
時はまさに作家によって予言されていた1984年、
イギリスで同作が映画化される運びとなった。
この曲はその映画のサントラのために書き下ろされた
ものだったのだけれど、監督の好みと違っていたため、
ディレクターズカット版ではまったく採用されなかったという
まあ、ある種いわくつきの楽曲となってしまっている。
おそらくは、曲の方のタイトルからすでに十分察せられる通り、
内容がやや過激に過ぎたことが原因だろうとは思われるけれど、
そこまでの真偽はまだ確かめたことがない。

過激に過ぎるってのは、ひょっとして冗語かな。
まあブログなので、多少目をつぶっていただければと思います。



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