ブログラジオ ♯19 Suburbia | 浅倉卓弥オフィシャルブログ「それさえもおそらくは平穏な日々」Powered by Ameba

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そっか、彼らがまだいたっけ。そう思いました。
あの当時のムーヴメントに乗って登場し、
以後シーンからほぼ消えることなく、
自分たちのポジションをキープし続けている。
そういって十分かまわないであろう二人組。
ペット・ショップ・ボーイズである。
ヴォーカルのニール・テナントと、
キーボードのクリス・ロウという編成。

だから彼らの音楽は、ヴォーカル以外は
ほとんどがシンセサイザーかあるいは
シーケンサーによって作られている。
もちろんトラックによっては、
生のギターやピアノ、もしくは
ブラスなんかの音色がかぶさってくることも
決して皆無ではないけれど、いずれにせよ、
基本リズムはどこか機械的である。
その根底には、一時期ハイエナジーなどと
呼ばれていた、いわゆるアッパー系の
ダンスビートと通じるものがはっきりとある。
彼ら自身、ユーロディスコからの影響という用語で、
自分たちの音楽がこの種のシーンに触発されている
ことを随所で言明しもしている。

けれど彼らの音楽は、登場の最初から、
これらの一般にユーロビートと括られる楽曲群とは
明らかに一線を画していた。
少なくとも僕にはそう感じられた。

ここで少しだけユーロビートの話をしておくと、
あの頃はストック/エイトキン/ウォーターマンなんていう
著名なプロデューサー・チームもいたりして、
マイケル・フォーチュニティーとかリック・アストリー、
あるいはバナナラマなんかを次々と手がけて、
ディスコ・シーンの話題をさらっていたものである。

さて、PSBの音楽の話に戻る。
はたしてその違いは、ではどこにあったのか。
まず第一には、このニール・テナントという
ヴォーカリストの声が、極めて個性的なのである。
声質にどこか、コメディ俳優のそれを思わせるような
軽さともいうべき引っかかりがある。
同時に唱法もまた、当時はすごく斬新だった。
West End Girlsで聴けるラップ気味の
音数の多い歌詞を淡々と消化していく方法論は、
ちょうど彼らと前後するRun D.M.C.の登場で
一気に市場に認知されていくことになるのだけれど、
まあ個人的には、ラップの台頭によって
アーティストあるいは楽曲から個性というもの、ひいては
それを生み出そうとするエネルギーというものが
急速に失われていってしまったようにも
なんとなく感じていないでもない。

個人的なフェイヴァリット・トラックは
あのD・スプリングフィールドをゲストに迎えた
What Have I Done to Deserve Thisになるし、
Always on My MindやGo Westといった
他のアーティストとは一味違ったセンスを
存分に感じさせるカヴァー曲も捨てがたい。
実際U2のWhere the Street Have No Nameに
あのCan’t Take My Eyes off of Youを
くっつけてしまった時などは、
誇張ではなく仰天させられた。
今となってみればマッシュアップなる方法論の
一つの先駆けだったのだといってもいいのだろうと思う。

それでもアルバムとして紹介するなら、
やはりデビュー作Pleaseの衝撃に勝るものはないな、
ということで、このSuburbia。
冒頭のピアノを模した音色が奏でる
明るめのメロディーラインから一転、
歌が始まった途端に、あの不思議な声が
荒廃した郊外の情景を描き出し始める。
そして出てくるサビはだが、
再び極めて明るい曲調を取り戻して展開される。

にもかかわらず、そこに乗ってくる歌詞は
ある意味めちゃくちゃである。
(バイクでも自転車でも)とにかく乗って、
犬どもと一緒に走り回るんだ、今夜、この郊外で。
隠れることなんかできやしない。
犬どもと一緒に走り回るんだ、今夜、この郊外で。

このある種のアンバランスさが、
実は彼らの魅力だったのかもしれないとも思う。

この二人組みは後にHello Spaceboyという
いかにもなタイトルのトラックで、
ボウイの作品にゲストとして迎えられることになる。

さて恒例のトリビア。
彼らの代表曲はWest End Girlsになるのだけれど
このウエスト・エンドというは、
ロンドンの高級住宅街のことである。
だからこれは、山の手のお嬢さんみたいな意味の
タイトルなのである。もちろん曲中には対になって、
イースト・エンド・ボーイズという表現も登場している。
だからこのトラックの背後にあるのは、
ある種古典的な恋愛小説みたいな設定なのである。
もっともリリクスにはそんなことは
微塵も描写されてはいない。
むしろ狂気や退廃といったものを示唆するような
乾燥した手触りの単語ばかりが並べられている。


Please/Pet Shop Boys

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