ブログラジオ ♯17 Thieves Like Us | 浅倉卓弥オフィシャルブログ「それさえもおそらくは平穏な日々」Powered by Ameba

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あるいは奇特な向きには、そろそろ出るぞ、と
思っていてくださった方も
ひょっとするといらっしゃるかもしれない。
ニュー・オーダーである。
何を隠そう、僕は彼らの代表曲の一つである
Bizarre Love Triangleからタイトルを拝借し、
短編を一本発表しているのである。
のみならず、曲そのものを重要なモチーフとして
作中に登場させてさえいる。
実はそればかりではない。同作のテキストの一部は、
彼らの楽曲の歌詞の訳文そのままになっている。
気の向いた方は探してみてください。
当初は書名もこのままだったのだけれど、
現在は『向日葵の迷路』として版元とタイトルを変え、
幻冬舎さんの文庫に収録されております。

さて、前身のバンドであるJoy Divisionを
全米進出を目前にした月曜日に襲った悲劇については、
上の短編の作中で触れているので今回は割愛。
僕の中で個人的に、そのBizarre Love Triangleと
双璧を為しているのが、今回紹介する
Thieves Like Usという楽曲である。

フロントマンを失ったバンドは
ヴォーカリストを誰にするのか、実際相当悩んだのだろう。
当初はドラムスのスティーヴンが歌うことも
検討されてもいたらしいのだが、彼らの楽曲で
ドラマーがヴォーカルまで担当することは
ほとんど不可能といってよい。
聴いていただければすぐわかる。
ダンス・フロアをメイン・ターゲットにしている
ニュー・オーダーの音楽は、リズム隊がその生命線である。
幾らシーケンサーを駆使しても、ドラムが歪めば
トラックそのものがたちまちにして壊れてしまう。
ステージでパフォーマンスすることを諦めてしまえば
あるいはそれもありだったのかもしれないけれど、
ニュー・オーダーはそうしなかった。
他に選択肢がないという理由から、
ギターのバーナード・サムナーが
歌も担当することになった。

だからバーナードの歌声は、
決してヴォーカリスト向きではない。
声量も十分にあるとは到底いえない。
もし魅力があるとしたら、
ほかの誰にも真似のできない種類の気怠さだろう。
どう聴いてもやる気みたいなものが感じられない。
だがこの点こそが、バンドのサウンドの方向性を
ある意味よい方向へと導いたのだといっていい。

悲しみというには、どこか不謹慎なものが感じられる。
シャウトには攻撃性がない。そもそもほとんど
そんなことはしようともしない。
こんな感じのスタイルが、リズム隊の生み出す
挑むようなグルーヴを適度に緩和し、
ある種の聴き心地のよさのようなものを醸成したのである。

ニュー・オーダーは、シングルはすべて
12インチのみのリリースで、基本アルバムには
収録しないという戦略を採っていた。
だから僕らは、知っている曲を聴くためには、
その12インチシングルを買うしかなかったのだけれど、
やっぱり割高だったし、しかもLPと同じ大きさで
置き場所にも困ったものだった。
実際ベスト盤であるSubstanceも、
12曲の収録で二枚組みだったからずいぶんとかさばった。
それがCDの時代が訪れて、収録時間の問題が解消され、
今やSubstanceも一枚のディスクで手に入る。
それでもB面まで全部網羅するには、やはり二枚組みに
なってしまわざるを得なくなったようだが、
まあ、それもご愛嬌ということで。

Thieves Like Usはメジャー・スケールの
いわばミディアム・テンポのバラードである。
もっとも全然ハッピーじゃないし、かといって
エモーショナルでもまったくない。
だが極めて美しい。それだけはおそらく間違いがない。
ひょっとするとそれは、
たとえるなら死者だけがたどりつくことのできる
場所が有する、いわば異界の美のようなものに
どこか似ているのかもしれないとさえ思えてくる。
少し違うがサイモン・アンド・ガーファンクルの
Scarborough Fairが持つ手触りに似ている。

酒に、錠剤に、すっかりよりかかって
僕は自分の人生を生きている。
あまりに気怠げに歌われるからこそ、
そんなシンプルなフレーズが
異様なリアリティーをもって迫ってくる。

あるいはイアンが手にするはずだった称賛を
僕らが掠め取ってしまったんじゃないかみたいな、
そういう自責ともつかないような気持ちが
ひょっとしてこの曲のタイトルには
ひそかに込められているのかもしれない。
今になってふとそんなことを考えてしまう時もある。


トリビア。
Blue Mondayは、今もなお、史上もっとも売れた
12インチシングルの座に君臨している。
メディアそのものがすっかり衰退してしまった今となっては
その地位を誰かに奪われてしまうようなことは
おそらく未来永劫起こらないのではないかとも思う。


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