追悼 大瀧詠一さん | 浅倉卓弥オフィシャルブログ「それさえもおそらくは平穏な日々」Powered by Ameba

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今さらかと思われる向きもあるかもしれない。
だがちょうど始めたばかりのこういう場所で、
この方のことを安易に取り上げてしまうことに
少なくない躊躇と抵抗があったことも本当である。

まさか大晦日の日にあんなニュースが飛び込んで
きてしまおうとは考えてもいなかった。
個人的には手塚治虫さんの時以来の衝撃だった。
テレビでニュースを探し、翌朝元旦の分厚い朝刊を開き、
その扱いのどうしようもない中途半端さに
なんだか釈然としないような思いさえ抱いた。

だけどふと思いなおした。
おそらくはあまり人前に出ることが
お好きだったとは到底思えない大瀧さんのことである。
やや不謹慎かもしれないと思いつつ、
むしろこういう形が一番相応しかったのかもしれないなと、
そんな考えがどこからか自ずと湧いてきた。
それが拭い切れなくなった。

もちろん面識などあるはずもない。
それどころか、動いているお姿を捉えた
映像すらたぶん目にしたことがない。
お写真でさえ拝見することは稀だった。

だが『A LONG VACATION』の衝撃は
並大抵のものではなかった。
『ナイアガラ・トライアングル』も1、2とも
それこそカセットが撚れてしまうまで繰り返してかけた。
当時はレコード盤が擦り切れるのが嫌で
(あるいは借り物だったりしたせいで)
何でもまずは一旦カセットに落としてしまうのが
いつものことだったのだけれど、
大瀧さんと佐野さん、それから達郎さんの作品だけは、
クロムとかメタルとか、そういう一つ上の種類の
ややお高いテープをわざわざ買ってきて使っていたものである。

『君は天然色』『恋するカレン』
幾度かコピーさせていただきました。
もちろんあんな音に手が届くことは
まったくありませんでしたけれど。

『FUN×4』のコーラス、よく仲間と
放課後練習させていただきました。

『スピーチ・バルーン』という言葉を教えていただきました。

『A面で恋をして』、一つの曲で、
大瀧さんと佐野さんと杉真理さんの
三人の声が一遍に聴けてしまうなんて、
もうこれ以上はない贈り物だと思いました。

じかけのオレンジ』タイトルからして最高でした。
遊びの数々も堪能させていただきました。

松田聖子さんの『風立ちぬ』、アルバムごと大好きでした。
これは最早アイドルの作品ではないと真剣に思いました。

『冬のリヴィエラ』森進一さんがどうやったら
こんなふうになるのか、まったくさっぱりわかりませんでした。

『イエローサブマリン音頭』半端ではなく
お腹を抱えて笑わせていただきました。

何もかも、本当にどうもありがとうございました。


もう大瀧さんの新しい作品が届くことはない。
聴くことは、そうしてまたすっかり打ちのめされて
しまうといったようなことは今後二度と起きてはくれない。
その無念さとも悔しさともつかない気持ちは、
手塚さんの時とまったく同じほどのものである。

そんなことを噛み締めながら『A LONG VACATION』を
またプレーヤーに乗せる。
カセットでもアナログ盤でもなく、今はCDである。

全然古びていない。むしろ新しいとさえ感じる。

思うに大瀧さんという方は、
いわゆるオールディーズから綿々と繋がる
ポピュラー・ミュージックの数々の作品群の中から
一番気持ちのいいエッセンスを注意深く抽出し、
それらを最上の形に構築し、完璧にまとめなおし、
しかもよりわかりやすくなるよう微調整して
そうやって僕らに届けて下さっていたのではないかと思う。
どのトラックでもおそらくは音の一つ一つが
聴こえてくる位置まで周到に計算されて配置されている。
そんなことを思えば自ずとため息が出てきてしまう。

だがやがてすぐ、なんだかもう何も考えられない
いや、考えていたくないような気分になってくる。
彼の音楽と過ごす時間がただ心地好く、
それに身を任せてしまいたくなるのである。

そう、大瀧さんの音楽はとにかく楽しいのだ。

たとえば悲しみや怒りといったものを閉じ込めようとして、
あるいは自分の力ではどうにもできない
世界というものに向けられた
いわば焦燥感とかある種のやるせなさみたいなものを
それでも何とか形にしようとして、
そうやって生み出されてくる種類の楽曲も、
実際世の中にはたくさんある。それを否定するつもりもない。

だけど大瀧さんの音楽はどこまでいってもポップだ。
ポピュラーミュージックそのものが、
自分が生まれたというその事実を心の底から喜んでいる、
ボ・ディドリーとかコニー・フランシスとか
あるいは『ロック・アラウンド・ザ・クロック』とか、
とにかくあの時代の楽曲群が間違いなく持っていた、
そういったはじけるような、
たとえるなら否応なく湧いてくる笑いにも似ている
そんな華やかさともいうべき気配のみに満たされているのである。

しかもそれが決して簡単には時代遅れにならないような形で
こうやって完璧にまとめられている。
本当に、こんな宝物は早々出逢えるものではないと思う。


今さら何いってんの。だから音って書くんじゃない。


宙に浮いた見えない吹き出しに、
ふとそんな言葉が書かれている気がしてくる。



慎んで御冥福をお祈り申し上げます。

2014年2月 浅倉卓弥



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