映像の世界で名実とも認められた人気俳優が、歌舞伎界入りして2年。九代目中車としての襲名披露興行で各地を巡り7月、歌舞伎の殿堂での本興行に臨んでいる。
「初めての歌舞伎座の舞台に、身の引き締まる思いです。しかも父が長年舞台を勤めた7月ですから」
7月の歌舞伎座といえば長年、猿翁の奮闘公演と決まっていた。猿翁の病で途絶えていたが、久しぶりに澤瀉屋(おもだかや)(猿翁の屋号)一門が集まる舞台に加わり、「夏祭浪花鑑」「修禅寺物語」「天守物語」の3作に出演。春以降、座頭の坂東玉三郎の指導を仰ぐと、「初心に戻り、歌舞伎を忘れ自由にやりなさい」と言われた。
これまで映像の世界で培った経験が生かせず、歌舞伎独特の型やせりふの間(ま)に苦しんでいた。幼時からの修練で、自然と歌舞伎を身につけた俳優に囲まれ、いかに歌舞伎にするか。気持ちを込めると、歌舞伎の音とずれた。歌舞伎調にせりふをうたおうとすれば、役の気持ちをそがれた。
「人と違うと創造性があると(評価)される世界から、『間違っている』と言われる“正解”のある世界に来て厳しかった」
だが逃げることなく、歌舞伎と真摯(しんし)に向き合う態度が、女形の最高峰にも通じた。玉三郎が脚本を一言一句立体化して解説。「理解が深まった」と感謝する。
今回演じる岡本綺堂作「修禅寺物語」の面(おもて)作り師夜叉王(やしゃおう)は、曽祖父・初代猿翁の当たり役だ。作品に妥協を許さぬ、職人かたぎゆえの苦悩が身にしみる。「打っても打っても(納得いく面が)できない、今の僕の境遇に一致しています」(飯塚友子)