エピソード 1
S子さんは、ご実家であるお寺のすぐ近くの新築の九階建ての
内の一戸(当時はマンションとは言われませんでした)を、
購入して親子4人の生活をして居りました。
二人の男の子も大きくなり、手狭になってきた頃のことでした。
同じ建物内で広い間取りの一戸が売りに出されました。
S子さんはご主人にお願いして差額のお金を工面して頂いただけで
一人で諸問題を解決して、いよいよお引越しをする事になりました。
S子さんのご主人様は見事なワンマンぶりの方で、仕事以外は全て
奥様まかせでしたので、お引っ越しもS子さんが一人でなさいました。
毛布一枚を使って、階下の引っ越し先まで、大物の家具も電化製品も
エレベーターで運んだそうです。
何日か掛けてのお引越しの最後の日、何も無いお部屋でS子さんは
ご主人様のお帰りを待っていました。
朝、出勤の時「一緒に新しいお家へ移りたいから、今日だけは早く
帰って下さい、帰るまでここで待って居ますから・・・」と、
毎日、午前様のご主人にお願いをしました。
そして、S子さんは掃除道具を、ご主人様はゴミ入れだけを持って
○○家の引っ越しは終了となりました。
「日中は誰も居ないのでエレベーターも自由に使えたし、人と顔を
合わせる時だけが恥かしかったけれど、自分の思う様に出来たので
少しも大変ではなかった・・・」と
後に、ニコニコとお話して下さいました。
エピソード 2
ご夫婦で親戚の集まりにお出かけになる時、たばこ・ライター・ハンカチ
ちり紙・その他の物が、その都度、S子さんのバックから「あ・うん」の
呼吸でご主人様へ手渡されるのです。
「S子さんのバックは魔法の入れ物みたいね」と、言われたそうです。
エピソード 3
S子さん曰く「主人のお酒を買いに、近所の酒屋さんだけでは買うのが
恥かしいくらい飲むから、時には遠くの酒屋さんまで買いに行くのよ」
S子さんの心配を余所に、ご主人にとってのお酒は、車のガソリンと
同じだったのでしょうね、好きなだけ飲んで逝かれてしまわれました。
エピソード 4
結婚前からダンスが大好きだったS子さんでした。
子どもに手が掛からなくなった頃、S子さんはご主人を説得しましたが
勿論、ご主人様は絶対反対でした。
ただ「俺に分からない様に出来るのなら」と、知らんふり・・・
そこは「あ・うん」の呼吸で見て見ぬふりをして下さったのだと
思われます。
お教室はご主人様の留守の時間帯でしたが、日曜日の大会には、
前日に駅のロッカーへ、衣装を入れて置いて「実家に行ってきます」と、
出かけるのでした。
ご主人は大好きなお酒を飲みながら、のんびりとお留守番でした。
平成七年のお正月、息子さん夫婦がお孫さんを連れて遊びに来た
その日、ご主人様はS子さんの膝の上で永眠なさいました。
この拙文は、今度お会いした時に見て頂く事に決めて居ります。
きっと「まぁ、良く覚えて居てくれました」と、とてもびっくりなさると
思って居ります。