先日 若い友人であるNさんよりメールを頂きました

Nさんは11歳年下ですので 67歳です

今は お母様の介護のため 佐賀県に帰郷中です

お住いは大和市ですので 時々 横浜高島屋で待ち合わせて

昼食・カラオケで3時間ほど過ごしてお別れします


若い頃は二人であちらこちらへ出かけて居りましたが

お母様が老齢で具合が悪くなる度に九州へ通う様になって

からは 中々お会い出来る機会が少なくなってしまい

メル友としてのお付き合いが多くなりました


そんなNさんが 介護の気疲れと長年の往復(神奈川~佐賀)で

倒れてしまい 救急車で運ばれて 佐賀の病院に入院してしまいました

同郷里のご主人とご一緒でしたので一安心でしたが・・・


入院中のNさんより 病院の窓から美しい星空が見える様子を

事細かに伝えるメールを受信しました

やっと落ち着いて星を眺めて感動しているNさんを想像いたしました

残念ながら 携帯メールでは星は映らず真っ暗な画面でしたが・・・


そして いつか何処かで私も見た記憶が蘇ってきました

そう、あれは 徳之島での一夜の事でした


長男の縁談でお相手の親御さん宅へ結納を届けに一泊二日の

旅をした時でした


御親戚の方々が集まって 息子・主人・私の順で 長老の方の

前に一人ずつ座り お酒とお魚を一口頂いて・・・

初めてで最後の経験でしたのでよく覚えていないのですが・・・

大変に貴重な習慣に同席させていただきました


一月でしたが とても暖かな夜でした

汗ばむほどに火照ったので そっと一人で庭へ出ました


暗い中で あちらのお父さんが用を足して居られました

(とても大らかに感じました)

「お母さん 星を見て下さい 都会では見られないでしょう

土産になりますよ」と 声をかけて下さいました


見事な美しい星空・・・本物です プラネタリウムの中では

ないのです

電線もなく怖ろしいほどの広さに大きなお星様がキラキラ輝いていました

都会では満月と花火の時くらいにしか 改めて 夜空を見上げませんものね


以上 二十年程前の事柄でした


今、息子夫婦の長女は19歳、次女は14歳になりました

二人の孫にも いつかあの美しい星空を見て貰いたいと願いながら

Nさんへの返信メールを送信しました




今回も大先輩のSさんのご招待で友人のTさんと二人で

行って参りました

何十年ぶりかで 原田イサム・秋満義孝クインテッドの演奏を

何曲か聴いた後

眩い水色に美しい花柄を添えたドレスで ペギーさんの登場です


80歳を過ぎたペギーさんと目前でお会い出来るなんて・・・

テレビ出演の時とは違って 舞台用のメーキャップに舞台衣装の

姿はとても愛らしく妖精みたい・・・78歳の凡人にはそう見えました


そして 歌の合間のトークで 旗 照夫さん・笈田敏夫さんや

懐かしい江利チエミさんの名前を聞いて 以前 有楽町にあった

「日劇」にて 何度か観覧した舞台を思い出しました


あの頃 歌手も観客も若くて まだ十代でした


ジャズの他に ペギーさんのヒット曲「学生時代」「南国土佐を

後にして」「ドレミの歌」名映画「慕情」のテーマも・・・


中でも感無量だったのは「テネシーワルツ」でした


江利チエミさんと同年齢の私がまだ中学生の時に流行って

いて 初めて覚えた英語の歌だったのです


教室の黒板に つたない発音の文句を書いて 皆で歌いました

英語の部分は無理でしたが 今も口ずさむ程度には歌えます


日本語に訳された歌詞は理解できたので 私にとっては大切な

歌の一つなのです


去りにし夢 あのテネシーワルツ 懐かし愛の唄

面影しのんで 今宵もうとう うるわしテネシーワルツ


思い出懐かし あのテネシーワルツ 今宵も流れくる

別れたあの娘よ 今はいずこ 呼べど 帰らない

(この歌詞は江利チエミさんが歌ったものです)


お元気で今も歌っているペギーさん 素晴らしい人生ですね

日本歌手協会の初めての女性会長になられた後

今も名誉会長として活躍なさっているのです

やっぱり健康第一ですね


今回は老女の思い出話になってしまいました お許し下さいませ






ペタしてね





親しい友人の中に油絵・水彩を趣味として励んでいる方が

三人ほどいらっしゃいます

画を描けない私には年に数回のそれぞれの展覧会を

楽しみにお知らせを待っています


今回は友人の師である方が出展している大がかりな展示場

東京国立新美術館にて 第74回「創元展」へ 行って来ました


広い会場に幾つもの展示室が続いて数多くの立派な作品が・・・

人間業とはとても考えられない技 迫ってくる力には

いつもながら興奮の連続 休憩しながらの拝見でした


数年前 初めてお誘いをいただいた時 友人の師の作品に

すっかり魅せられてしまいました

個性的で そのミステリアスさに 言葉では表現出来ない

驚きの境地でした

友人は「解らない絵・・・」と 言って居りますが・・・


そして 色を出す事が如何に難しいかの説明を友人から

伺いまして 改めてその凄さに気付かされたのでした


その時以来 新橋の画廊での師の個展へも ご一緒させていただいて

人物・風景・静物など 数々の作品も拝見しました


でも 私はあの独特なミステリアスな作品の「隠れファン」

だと 今も友人にだけは言っています



美術館の前よりお庭の桜を・・・



東京国立新美術館  逆光です



少しだけ明るく撮れました

携帯写真です



台風一過 でも風が強くてパラソルを差すのは無理な日でした


JR川崎より品川へ 京急上大岡から乗って来る友Yさんと11時30分

品川駅連絡口で待ち合わせて 二人で東京駅八重洲口大丸入口へ

向いました


千葉県旭市より高速バスで来る友人Fさんと合流して三人で

大丸12階へ・・・


そこは東京駅構内の続きとは思えないほど人影も少なく落ち着ける

穴場とでも言える場所なのでした

話をするのがメーンである様な食事の後 東京駅構内の散策へ・・・


駅構内の通路を丸の内側入口まで歩いてドーム型の天井を見上げました

しばらくの間 ジッと見て居ると現実を忘れて別世界に・・・

洋画のワンシーンに迷い込んだような気分になりました


でも 我に返ると周囲は人込みでごった返しているのでした


静かな八重洲口大丸13階でゆっくりとコーヒーを飲んで4時半頃まで

話に花を咲かせました


八重洲口より高速バスで帰るFさんと「また逢う日まで 元気でね」と

お別れをしました


そしてYさんとJR品川へ 京急線に乗り換えて 京急川崎でYさんと

お別れしてバスで帰宅しました


きっと 外はひどく蒸し暑い一日だった事でしょう

Fさん79歳 Yさん76歳 私77歳の三婆婆にとっては愉しい一日と

なりました     おわり


Yさんとお知り合いになったのは長女の小学校入学以来50年近くに

なります

Fさんとのご縁は長男が四年生の頃からですので40年以上になります

その間には三人共にいろいろな事があって話を聞いたり聞いて貰ったり

姉妹同様に親しいお付き合いが続いて居ります








『いいね』を止めましたので宜しくお願い致します。


ペタしてね


6月11日 友人二人と京急川崎駅で待ち合わせて

三人で川崎市教育文化会館へ

「八代 亜紀コンサート2014」を観に行って来ました


鮮やかなオレンジピンクのドレスで歌う「花束(ブーケ)」は

とても印象に残りました

発売された頃(1990年)から作詞作曲とも大好きでしたので・・・


そして 紫の濃淡のドレス 最後は純白のドレスでした


歌も数々のヒット曲に改めて感動・・・

10人のバンド編成でしたので一段と盛り上がりました


女性歌手は美しい衣装が目の保養になるので期待していた通り

華やかで愉しかったです


話題のジャズもパンチが効いてとても素敵でした


次の日は・・・たいへん疲れて年齢を思い知らされました




タチアオイ ギラギラお日様 真夏日です

帽子にメガネ あの人だーれ?



五月の末 大先輩のSさんのお招きを受けて

小学校時代からの親友T子さんと二人で

行ってまいりました


昨年の六月には「ハワイアン」でしたが 一年が経つ速さに

驚きです


今年はオペラ歌手 崔 宗宝(サイ・ソウホウ)さんのバリトンの

音色でした


小さなホールで間近に聴くその音色は大変心地よく心身ともに

満たされました


Sさん89歳 T子さんと私77歳 感性蘇りの一日となりました




夏つばき 白き想いに ほんのりと

パステルカラーに 染めわたりゆく








長い間 ブログ更新をしないで 大変御無沙汰を

してしまいましたが整理整頓を兼ねてリフォームを

楽しんで居ります 今日この頃です

作品?が出来上がりましたので ご覧頂ければ幸いです




厚手の布に紫のステッチを・・・

アップリケは以前にプレゼントされた

ビニール製のカードです




薄手のショールで少し長めのベストを造りました




前身頃に風呂敷を使いました




スカーフを使いました




二枚のベストの後側は少し厚手の布で・・・


そして三枚のベストの裏地はトリコットの掛け布団

カバーでした

お粗末さまでした


桜の季節が過ぎて 今はつつじの花が満開ですね

それでは口直し同様 目直しをして下さいませ







以上 根津神社のつつじ祭りより












何十年ぶりの大雪でした

我が家の庭にも見事にお花が咲きました


粉雪舞い散る美しさに魅せられて

携帯写真ですが家の中から記念写真を撮りました










元旦や

孫子集まり

十二人

老いの場所にも

芽吹くひととき


いつも静かな老夫婦の家へ元旦には

御節やお雑煮を食べに挨拶?に来てくれました


十数年前までは娘・息子夫婦の住居は歩いて15分位の

距離ですので 大晦日には揃って年越しをして居りました

泊る事はなくて一旦はそれぞれの家に帰って行きますが

元旦には改めて来宅した順に御節・お雑煮を食べるのでした


そしてその都度 お餅を焼いて大鍋から人数分に取り分けた

お汁でお雑煮を作って一日が過ぎて行くのでした


それは元旦だけではなくて一年の内に何度か家族が集まって

賑やかに食事をして居りました

最終の頃には何と総勢14名になっていました


その内に孫たちも大きくなってそれぞれの時間を持つようになり

いつの間にか老夫婦だけの食事になりました


その頃の若くて元気だった自分を懐かしく思い起こされます


さぁ 今年も健康第一でのんびり頑張って参りましょう










我が家に羊さんが二頭来宅しました

大先輩のSさんよりニュージーランドへ行った時の

思い出の品である羊さんの毛皮二枚が届きました


Sさんは現在八十八歳ですが八十歳までは都心の

マンションで一人暮らしをしていました


お仕事一筋で生きて来たSさんは安心安全を考えて

有料老人ホームへ入居して八年が過ぎました


八年の間に仲良しだったお姉様、実家の跡継ぎである

弟さんも亡くなってしまいました


お姉様ご夫妻にはお子さんが無かったので後片付けは

Sさんが全てしました


八十歳を過ぎたSさんが背負われたことを思いますと

気丈なSさんも心身ともにさぞや辛かったことでしょう


その後 Sさんはご両親とお姉様ご夫妻の遺影と共に

安心安全に守られて毎日を送っています


三年前 唯一頼りの弟さんに先に逝かれてしまい

今度は自分の身の始末を考えたとの事でした


そんな時にずっとご縁が続いていた私はSさんから頼まれて

お手伝い?するつもりでお引受けすることになりました


そして 我が家へSさんより思い出の品々が次々と送られて

来るのでした


断・捨・離の難しさは周囲を見ると良く解ります

特に捨てることが出来ずに困っている人の多い事と言ったら・・・

Sさんもお姉さん宅の後始末を経験して最後にトラックで運ばれる

様を見ていたからでしょう


第一便は食器棚の中の使われなくなったお皿や茶道具などが

宅急便で届きました

その品々を写真に撮って送りましたらとても喜んで下さいました


それから いろいろな品が送られて来るようになりました

その都度 写真を撮って「確かにお引き受けしました」・・・と

現在 その品々は私の子孫や友人が使わせて頂いて居ります

その事はSさんにはご報告済みです


そして今回は羊さんの一頭は我が家でもう一頭は途中から一緒に

訪問する事になった親友のT子さんへ送りました


羊(末)さんの前は干支ですとお馬(午)さんですね
順序が違ってしまいました

来年の干支であるお馬(午)さんへ敬意を表して写真を

載せます