【私と千葉プロレス・その⑤】
2006年
2月。
大石さんと正式にタッグを組み出して約1年。
後楽園ホールで真霜&KAZMAを撃破してタッグタイトル獲得。
自身初めてのベルト!
嬉しくてベルトと添い寝した!
らしい!!
当時の日記にそう書いてる(恥)
3月。
タッグトーナメント「GET」ブロックの決勝。
真霜&KAZMAを返り討ちにするも、大石さんが軽い脳震盪をおこして試合後に救急車で病院送りに。
散々心配しながら病院の待合室で待ってたら、治療を終えた大石さんが出てきて最初に言った言葉が
「女医さんがキレイだったー。」
でイラっとしたなぁ。
その翌日の決勝後では「RAVE」ブロックを勝ち上がってきたバジリスクを撃破し、トーナメントも優勝。
オレ達の時代が来た!と浮かれるも…
4月。
後楽園ホールで、バジリスク相手に防衛失敗。
初戴冠したベルトはわずか1ヶ月で我々の腰から去っていった。
「勢い」に瞬発力はあれど、持続力がないのが難しいところ。
ZERO1 MAXのジェットが長期のアメリカ遠征に出発。
今でこそ色んな人からパクられてる私のモダンタイムスだけど、最初にパクったのはこの男。
大日本プロレスの金沢大会に参戦。
後の師匠となるMEN‘Sテイオーさんと初遭遇したのはこの日。
筑前さんの発案で「R60興行」という、60歳以上の方限定の興行を開催。
「地域の方に元気と笑顔を!」という九州プロレスが掲げるテーマは、この頃からすでに筑前さんの中には芽生えていたのだと思われる。
5月
千葉でMr.X&マイクリーJr.組からWEWハードコアタッグを奪取!
青森で佐藤秀&佐藤恵組から東北タッグ王座を奪取!
再びオレたちの時代が来た!と浮かれるも…
6月。
後楽園ホールでWEWハードコアタッグ王座から陥落。
岩手の矢巾にて東北タッグ王座から陥落。
初期の大石&旭は初防衛戦が鬼門で…
3本のベルトを全て初防衛戦で落とした事で、しばらくの間「短命王者」の称号がついて回ることに。
8月。
記録によると、UD-CASAなる大会に出て、チャンゴ秋葉なる選手と闘ったらしい。
チャンゴ秋葉、聞き覚えがあるようなないような…
12月。
後楽園ホールで大石、YOSHIYA、バンビと共に新ユニット「Ω(オメガ)」を結成。
結成メンバーは、タッグ王座をことごとく防衛失敗した大石&旭と、燻っていたヨシヤさん、白いコスチュームからの脱却を目指していたバンビという、「崖っぷち」の4人からなる新ユニット。
「Ω」とはギリシア文字の最後(24番目)の文字で、「後がない」という意味も込めて命名。
Hi69さんと小幡が退団し、石川はじめが引退するも、梶・滝澤・トウナイ・ランディなど若手も続々とデビューした1年。
この頃はまだ、去っていく人よりも入ってくる人の方が多かった時代かな。
さぁいよいよ1週間後!
【大会名】藤田ミノル&最上九 主催興行『みんなの千葉プロレススペシャル』
【日程】2024年4月17日(水)
【開場】18:30
【開始】19:00
【場所】千葉・2AWスクエア[千葉県千葉市中央区都町3-4-17]
ニコプロでのPPVも大決定!!
では、ごきげんよう。