先日古本屋さんで面白そうな本を探すついでに
姫たちは絵本コーナーを物色~。
末っ子ちゃんはあの元キングコングの西野さんの本 【えんとつ町のプペル】を買いました~!
ママにも読んでみたかったので、早速読んだよ~。![]()
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【長くなるので時間がないかたは回れ右して下さい
】
えんとつ町のプペルは、絵が、特に時間と手が込んでると西野さんが宣伝で言っていたなと思ったので 中でも、絵には特に注目して読みました~![]()
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対象年齢は何歳くらいをターゲットにしたのか![]()
絵本は一般的には、読み手が読みやすく、伝わりやすくが大切かとは思うので、もっとシンプルで良かったかもしれません。
(対象年齢35才だと私にぴったり~
)
絵本を手に取る年齢の子どもに余計な説明をしなくても伝わることが大切というか。一方通行になってしまうので、、、
ワクワクどきどきして楽しめるものなのか、寝る前に気分を落ち着けるために読むものなのか。というような幼児向けではなかったですね。![]()
(大人向けなのかな?まちがえたなー)
例えば子どもに読むような本なら、
子どもの成長は、早いし親の時間も限られているので大切な時間を、絵本の時間に費やすのでその内容か一方通行でいいのかな
とか思うわけです。ちょっと残念。
【何を手本にしたらよいのか】
ゴミをきれいに洗うところなのか
空を見に飛び立つところなのか、教訓が分かりにくい気がしました。
例えば、洗ってもらってありがとうを言う
とか、空を飛ぶなら飛ぶで、話し合って決めて、作る作業は協力して行う大切さを教える内容であるとか。
規模 勢い だけがベクトルが大きくて誤魔化されていて、絵本(幼児教育)において大切な言語表現による、コミュニケーションの大切さを感じさせる内容がない印象です。
その辺をなんとなく勢いで【臭いから!】とか【もう消えちゃうから!】とか
伝え方が、強引。綺麗であればよいというほかに、友達にゴミ人間の友達としての価値を伝えるなどの交流があればよいと思います。
分かるヤツは分かればいい。という
壁が感じられて プペルとゴミ人間の行動パターンに 上から目線で壁がある気がします。
子どもに読み聞かせたいとは素直には思えません。
思いやりや協力を伝えたいのであればスポットライトを当てるところはそこ。
西野さんの言うように、家族をテーマにしているのであれば、母や父との思い出を中心にして 友達のいじめのシーンには何故 母親は気がつけないのかとかが、気になる。
絵本を読むような年齢の子にとって、母親は自分の分身なのに 存在感が薄いし、父親との思い出話しかしないのも気になる。
宮崎駿さんや、ディズニーもそうですが、本人が(ペットや友達はあくまでも脇役)、思春期の失敗を通じて、大人へと変化するのを、描いているので思春期向けなのです。
思春期向けであれば、プペル自信の失敗(ゴミ人間を拒絶する場面)から、何を学び、どう行動を変えたのかに、スポットライトを、強く当てたほうが良い気がしました。
ただ、友達(父)にひっぱられて受動的になんとなく星を見る船にのる、では大人になる課程としてはあまりにも弱い。
絵と同様に、テーマや対象がごちゃついて、どこを見ていいのか分かりにくい。ねらいがはっきりしていない。
整理されておらず、枝分かれしすぎて薄い印象で、【新しさ】という謎のワードだけか前に出て、本来の絵本の養育というねらいから外れており、なんとなくオシャレでしょって煙に巻かれている印象。
という視点で読むと、
宮崎駿さんのジブリ作品などもそうですが
建物や土地、看板、マークが意味するものへ視点が移ります。
プペルくんの住むえんとつ町は、和風の石畳が使われていたり、かと思えばヨーロッパの石畳がつぎはぎになって、まるでタペストリーのようになっています。
和の石畳というのは、神聖な場所に使われていたと言われています。
そのような神聖な土地と、ヨーロッパの文化が合わさっているというのは 時代背景でいうといつ頃なのか。 和の宗教、文化を洋の文化とが混ざり合うような革命が起こった後と考えると良いのでしょうか。
看板では昭和を思わせるような タバコ であったり 酒 であったり ラムネなどもありました。
ネオン街、映画の看板も昭和風です。昭和世代が萌えそうです。昭和なのに横書きの文字が右側から書かれておらず、左側から書かれているます。なので昭和ではありません。
えんとつ町が何故か高い壁で覆われており、外の世界を知ることを禁じているようなので、鎖国(町?)状態なのかと思われますが、その割には他国の文化がすでに入っていると思われるため、時代背景的にはまだ見ぬ未来を描いているのではないかと予想しました。
令和以降か、架空の世界ということですね。
様々な文化が混ざり合い新たな文明となり、今や煙まみれゴミまみれという揶揄するような、絵であまり美しいとは思えませんでした。
電球が、提灯(ちょうちん)になっていたりするし、ハロウィンで使われている衣装が和柄であったりするし、比較的日本語の看板も多いため、舞台は日本なのではないかと思ったのですが
主人公の名前がプペルと明らかに西洋人。【ゴミ箱を考えた方の名前が由来とかなので、ゴミはゴミ箱へ捨てようという環境への高い意識を感じさせます。】
もしく逆に、この町には、多様性を認め、様々な国の、人がうまく調和しがら生活しているというメッセージ性があるのかもしれません。私が美しさを感じなかっただけで、美しさを表しているかもしれません。それは主観によるところです。
では、そんなえんとつ町は、いったいその、壁は何から身を守っているのか、とても気になるところですよね。
アントニオやレベッカの服装から見ても、ヨーロッパの上流階級風とアメリカの労働者風がミックスされております。
プペルは煙突掃除が、仕事であり、しかも子どもなのに働いているので、社会福祉制度はどうなっているのでしょうか。心配ですね。
なぜか服装はスーツにハット姿です。
服装からは、あまりカートスや差別がある町には見えません。
えんとつとゴミはやたら多いので、石油や、石炭に支えられているようですが、特別貧富の差を感じさせるような建物は描かれていません。
というように、町の人々の生活の問題点は社会福祉制度が整っていないことと空が見えないほどの人の文明(自然破壊)なのか、と思われましたが、どうやら、伝えたいことはそこではないようです。
私としては、あまりにも外の町がミステリアスすぎて逆に一定の秩序のある町の中よりも、怖いなっていう印象でした。
星を見たい(外の世界をみたいのではない)という好奇心から気球を生み出して(ゴミ人間=父が)煙の外へ出るのですが、そのシーンでは地球の、ほかの惑星や星がよく見えますが、そこで、肝心な塀の外の外国が見えません。
唐突に現れる宇宙、それはまるでえんとつ町自体が 地球そのものであるようにも感じられるような絵の構図となっており、印象としては 古代の地球の捉え方のようであり、視野の狭さを印象づけられました。
(町がおそれているのは星、惑星、宇宙人なのだろうか?何故鎖国しているのか?)
プペルとゴミ人間は地球のどこにも居場所がなく、会話する術もなく、努力もなく、宇宙旅行に逃げ、死者と再開し、めでたしめでたしなのでしょうか?
そして、父が帰ってきたのは、お盆ではなく、何故ハロウィンなのでしょうか。つまりこの国は日本ではなくアイルランド辺りでしょうか。
あの感動的な飛行シーンで ばーん!と外の世界が広がることをなんとなく期待していたので 何故宇宙?と意外でした。
(子ども向けとして捉えるならこの辺りで 体臭が酷いという展開の伏線を回収しなければ終われないので、町の謎についての風呂敷を広げすぎないように、加減し、焦点をゴミ人間と星空に当てることにしたと捉えるべきかもしれません。)
やはり、なぜ相方をゴミ人間にしたのか、その意図が分からず、(子どもが関心をもって物語に引き込まれ、文字を習得するなどの意図からすると、ゴミではなく動物や人の方が適切)
作者にアミニズム的な考えであるとすると、ものにも心がある、というメッセージなのでしょうか。ゴミにも心がある。そうすると納得できます。
今までのアニメや絵本において、生き物にも、植物にも心があるというメッセージはありました。
ゴミにも心があるというメッセージは私は初めてだったので、ゴミを大切にしましょうという意味があるのか、子どもの創造性を大切にしたいのか、あるいは家族との思い出の詰まったものがゴミの中にもあるということなのか、あるいはその全部なのか。
今まで人類は、数々の神話の神様であったり、石や木、ライオンヤ、オオカミ、クマ、といった様々な有形無形問わず、無機物や生き物に価値を生み出し
虚像、偶像を崇めてきた歴史があります。
ですが、ゴミに命を吹き込み、言葉を与えることなどあったでしょうか。(トイストーリーとかはそれに近いけど、結果的に仲良く一つになろうという展開)
その虚構の神の言葉を授かる人、啓示を受ける人、理解する人(ホモサピエンス)の地位を上げるということを行ってきた長い歴史が、人類にはあります。
ですから、この、キャラクターからはゴミ(使用価値が無くなった創造物)に言語を与え命を吹き込み友人という虚像を、生み出すことで、ゴミに価値を与え、その言葉を聞くことができる選ばれし人間達という意味で、一定の価値を理解できる人間の地位を、上げるという意図がくみ取れます。
(町の人と仲良くなるのではなく宇宙空間?へ飛び立ってしまう???)
どんな展開であれ、特にプペル自身の葛藤や悩み、少年から大人への成長がなさすぎる。
なんとなく、ゴミの行動力や言葉を理解し、世話をし、付いてゆく人。
つまり主役のプペルくんは、自分で考えたり戦ったり、見守ったり、悩んだり話し合ったりして、成長をする悩める思春期を迎えず、人としては未熟な子どものままですが
ゴミの、言葉を理解しようとした唯一の人であり、いわゆる預言者のような存在ということでしょう。
一般的に、ゴミと言われているものに対して金銭的な高い価値を与えているのは、西野さんのセミナーでも話されている内容と一致していると思うので、だいたい合ってるかなーと思います。
有名な方の使い終わった本を、売るなどもそうですよね。
ということで、絵本の感想でした。あまりにも絵本としては未熟というか、、、親としては子どもに読む本とは思わなかったです。
まぁ絵本としてではない、ファンの方の読む有名人のエッセイとしての価値があるかもしれないですね。 それではまた。

