こんにちは~
今日も秋晴れですね~!
Blu-rayレンタルをすると返す前に2回は観たいなって思ってしまうあ☆いです。
皆さんは何回くらい観ますか?
ちなみに、洋画は二回戦は、もちろん英語で観ます~。英語だと役者さんの声が聞けるのが好きなんよ。
そしてメイキングを見るのが大好きなんです。
メイキングってみんなは見るんでしょうか??
今回のジョーカーだと、監督が人物をリアルに描くとかおもしろい人間の研究という角度から描いているって知りました。
け、け、研究?!?!そうだったのか。。。![]()
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博士的な、、、?実験的な、、、ね?ん?![]()
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メイキングの中で、『実際はメイクをしているジョーカーが仮の姿![]()
だが、本当の自分
が素顔を捨て影として生きたら?』 と監督が仰っているんですよ。と言うことは、そもそもの設定として
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Aアーサーが仕事用のメイクしてピエロになるとき=ジョーカー
→時折攻撃性を出してしまうコメディアンの自我。
ピエロ=『明るく楽しく笑顔を忘れず。』
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Bアーサーさんがアーサーさんとしてお母さんを献身的に介護し、真面目に仕事をして養う、薬を服用して社会に適応する人格=アーサー
→攻撃性のないあまり人を笑わせるなどをしない自我。
という図式が存在しているのです。
印象的なシーンの一つとして、アーサーが仕事を辞めさせられ、職場の玄関付近に書かれている『笑顔を忘れずに』のスローガンを『笑うな』に書き換えて去るシーンがありますが、このときの後ろ姿にはむしろ清々しさすら感じます。
アーサーはジョーカーとしても、アーサーとしても、努力しても報われず、大切にされない経験をしています。
心理学の実験でも、犬に電気刺激を与え続けるってう有名な実験があって、1、逃れられる状況下の犬の場合 2ずっと逃げ場がない状況下で電気刺激を与え続けられた場合。 だと1は次に刺激を与えられたらもちろん逃げる。
2だと、逃げ場があっても逃げない。というのがありますね。
つまり辛い状況、ストレスの多い状況下でも、これはあとどの位で終わる=逃げられる。
という条件が大切と言うことです。
笑いが止まらなくなる持病のあるアーサ
ー→幼少期ストーブに縛り付けられ逃れられないという虐待を受けていました。
アーサーが幼少期という、潜在的な能力を伸ばす大切な時期に虐待を受け続けるしかないという環境下に置かれていた、と言うことが病気の発症した大きな原因であったのでしょう。
逃れられない大きなストレスを受け、体が心よりも先に笑いを求めた結果ではないでしょうか。
大人になったアーサーにとって、お母さんの存在とテレビの中の憧れのコメディアン、ジョーカーとしてのピエロの仕事が、アーサーの活力源だったのでしょう。心の支えだった。
誰かに認められたいというのは、人間の根本的欲求であります。ない人はいない。名前を呼ばれ、良いところを認められたい、良くないところも認められたい。
アーサーは自分が認められているという妄想を見始めます。彼女ができて、犯罪を容認され、一般的にはさして面白くないジョークがウケるという。
誰しも彼の様な状況下に置かれて耐えられるのはせいぜい1~2年では無いでしょうか。
さらに、母親が虐待に加担していた過去の事実を知ることとなったら。
『あなたは笑いが止まらない病気なのよ』そう母親に言われ続け、自分の笑いがとまらくなるのは気持ちからではなく、体の反応なのだと信じていた、その真実が、彼の中で歪み始める。
『病気ではなく、面白いから笑うのだ』と。
人が死ぬのは面白い。それが彼の価値観なのだ、と。
ジョーカーとは猟奇的殺人鬼で、鋼の精神と肉体があるのではなく、アーサーという紛れもなく生身の人間なのだ。ということを感じました。傷つき易いただの人間なのだ。と。
自分を大切に、してほしいなぁ~ってアーサーに言いたいですねぇ。そしていつも思うのが、『銃』怖い、、、。
だってこれ『銃』がなかったら頭の中で『こいつらはジャガイモ』とか思っていればスルー出来る話じゃないですか。
ところで、海外と日本の文化では、主に男性の暴力的な側面に対しての価値観の違いがありますよね。
日本は、昭和まで父親とか祖父、または近所の爺さんが子供を一発軽く殴ったりしても、全然ありな文化が根付いていました。
令和だとたまにしか聞かないですけど、たふん、今でも家庭内でお尻ぺんぺん位だと、普通にする家はあるかもねっていう認識が一般的かなと思います。ネットだと簡単に炎上すると思うんですけど。それはまた別として。
流石に、その辺で我が子の頭ポカって叩いてる人を見かけても、さすがに見かけた人が通報するなんてことは、ありえないと思うんですよね。
ぼっこぼこに馬乗りになってマウントしていたらそれはレッドカード通報案件だけど、基本的に家庭の躾のレベルだとイエローのラインがかなり大きい。
でも先進国の海外だと、ぽか!とかでもレッドカード通報じゃないですか。
なので、ピエロの時には攻撃性を見せます=あの献身的で優しいアーサーとは人格違うんですよって図式にはなりにくいんです。言われたら、あーそうなの? ってなるんですけど、頭では『いや普通に介護士さんとか看護士さんでも普段も、色々な人がいるし、いつも優しいとか思わないしなぁ、、、』ってなるじゃないですか。
なので、文化の違いの点で、ジョーカーを観たときの監督の意図と、日本人の私の受け手との間ではやや違和感があった所があるかなとは思いました。
でもある意味で、人間の研究、実験的、挑戦的な作品ってことで、大切にするべきものってなんなの?ってことを本当に考えさせられるものになったと思いますね~![]()
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自分をたいせつに
逃げられる力ってたいせつ~![]()
ちなみに最近の研究で
1人の能力が潜在的育まれるのは5歳まで
2身体能力が伸びるのは小学校低学年まで
3性格が形成されるのは思春期
と言われており、年々 1の潜在的な能力が強まるそうですね。
1で乗り切れない部分を、2だったり3だったりでクリアしていくような形になるのかなと思います。
いやーそれにしても主人格と、影の人格が交差するシーン、とかジョーカーの人格の時のダンスがすごい、めちゃくちゃセクシーなので大好きなのです。階段のところも見所![]()
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