30代からの人生プラン*最終決定まで気を抜かない*  | あ☆いの3児の子育てBlog・:*:・♫

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 今日は、もうすぐ35才を迎えるので、あ!ついにアラフォーの仲間入りですねっキラキラふぉー♪(アラフォーなだけにね(笑))

 まぁ、そんな私、あ☆いがですねー、これからの人生プランを考えているという感じで、今回のブログスタートさせていきます!

 まず、重要ポイントをいくつか整理していきたいと思います。


  1.  人は死ぬまで成長し続け、変化し続け、学び続ける柔軟な生き物である。
  2. 例え、間違えていると分かっていても、安全圏から出たくないのが人間である。(年をとると当然その気持ちは増す)
  3. 自己を高める努力(挑戦)を忘れれば、人を見下すようになる。(比較対照がいなければ自分の存在意義を見いだせないため)
  4. 夢を叶えたからといって180度何かが変わるわけではない。360度回転してしまうことも多い。ゴールテープの快楽は一瞬。

 こんな感じでざっと、あげてみました。ほんとに人生のゴールとか目的とかに正解はないので、まぁ大部分の人は人間関係の豊さとかかなと思いますが。 
(社会的な成功者とか地位とか名誉とかそういうのもあるのかな?見栄とか意地とかって限度がないし、どんどん自分をすり減らす気がするんだけど)

 なんで整理しているのかというと、やっぱり最後の最後の選択まで、いつもの思考回路の罠に、かかりそうになると思うからです。
 ちょいと頑張って新しいことを学ぼうとしてワンステージあがったよってなっても、次のステージでまた安全圏(仮)に戻ろうとする自分がいるんですよ。

 単純に先に経験しただけのことで、それが良い選択だったわけじゃないんです。だからこそ、新しいことをしろう、学ぼうとドアを開けたんです。

 わたしが今まで、例えばパート先であったり生涯学習であったり、様々な年齢性別の方とお話させてもらったり接する中で感じたこととして、やはり、いくつになっても新しいことを学ぼう!知りたい!叶えたい!そう考えて、行動に移せる人というのは本当に輝いているし、人として素晴らしいです。そしてちゃんと身についている。
 

 私なんか絶対無理、と思っている方にはもちろんその理由があるはずですし、バイタリティがあればいいわけでもない。 
 チャレンジすればもちろん失敗するし、その必要が本当に無い人はそれは今までの選択が正しかったということだと思います。

 わたし個人の将来を考えた時に、自分がゴールしたい先は何かな?そこに何があるかな?

 と思うと、自分が今選ぼうとしている様々な選択肢のうちの一つは、前に選んで失敗したなぁなんて思ったものと似ていないだろうか?
ともう一度、考えてみる必要があると、やっぱり思考の罠にはまってきてるかも、と思います。

 選択をするときにまず第一に、同じことを繰り返すようなルーチン的にマニュアルに従えば良いもの、楽そうなもの、同じ給料なら楽な方、出来る方、を選びガチです。(笑)私の思考と行動の癖というか、悪癖ですね。まぁ、もしかしたらめっちゃこれが合うってひともいるだろうし、個性があるので一概に言えません。

 しかし、私がこの楽チン思考の選択をしたときに起こるデメリットとして、いくつかあげます。

 残りの人生を50年と見積もった時に、同じ選択ミスをするのはあまりにもタイムロスがあるし、ミスした意味がないので、繰り返さないためにも書いています。
  1. 単純に嫌になる。(笑)飽きる。(笑)マスターしたあとは、一気に集中できなくなってくる。(私は物より人に関心があるため。)
  2. 楽なだけに、同じ身体の部位を集中して使う、もしくは特に硬直状態の部位が生まれ負担が体にくる。どこかしら壊す。(これはメンタル我慢強い私でも、堪えきれない)
  3. 挑戦しない安全地帯でしか戦わない奴のみ集まり(私も含め(笑))。勝てる試合しかしないやつ。 なので、ミスるやつ、頑張ってる人を馬鹿にする傾向が出る。(人の上に立つことでしか、自尊心を満たせない。戦ってミスする人、チャレンジして自分を伸ばす人の気持ちを理解できない。)老害予備軍。
  4. 人生は経験値の積み重ねなのに、積み重ねる経験自体が薄い&軽い(めっちゃ簡単だから)ので、どうでも良いような噂話や、大げさなドラマを生み出して話を大きく複雑にしてくる。プライベートに干渉する。はっきり言ってめんどくさい。
  5. 挑戦しない言い訳探しをするが故に、自分可哀想、同情してほしい、から抜け出せない。結果的に周りの人に迷惑かけてでも自分が守られれば良いっていう悲惨な思考回路の人がいる率が高い。

まぁ、ざっとこんくらいデメリットがある気がします。やばいやつが居る率があがると思います。

うーん、これは趣味とか、スポーツとかもそうですね。自分がスポーツ万能だからスポーツする、レベル下げて、みたいなのはかなりやばい人がいる感じがする。


 まぁ、いわゆるお局とか。誰でも出来る創造性のない仕事って、楽なのか楽じゃないのかでいうと、楽じゃないなって思います。



 まぁ、やってみて納得できたことなので、やらないよりは良い経験だったと思います。

逆にメリットとしては
  1. 仕事が簡単なのですぐ覚える。
  2. とりあえず、その場では優秀扱いしてもらえる。
  3. 恥をかかないから変なプライドを保てる。(良いプライドじゃないと意味ないけど)
  4. その知識とスキルだけは身につく。

 この辺でしょうか。まるで何もしないよりいくらかましというくらいかなと思います。
 その時間拘束されればもちろんお金もらえるしね。

労働って時間と引き換えに賃金を貰える行為ですが、自分の思考と行動を労働に合わせていけない場合のストレスって大きいですよね。

と言うことで今後じゃあどうするの?

という点では、純粋に自分が学びたいこと、知りたいことに必要な技術を習得し、実践力をつけること。 
 というように、しっかりと足場を固めていこうと思います。

 技術や専門知識の習得に焦点をあてたときに、やはりチャレンジするのは若い方が圧倒的に記憶力や柔軟性があるので有利だとは思います。ふつうに考えてそうですよね。  
 なので、まぁーそんな若くないですけど(笑)アラフォーに片足つっこんでるんで。

でも、学んでみて、手応えとしてはまだまだ覚えられるしアウトプットもできる、という感じはします。

 たぶん将来的に職業として、プロフェッショナルな立場に身を置いたときに、私の中で大きく変化した!と言う実感は、あまりないんじゃないかなって思っていて、というのは

例えば憧れの学校に入ったとしてもそれはすぐ当たり前の日常になるし、ゴールテープを切ってもまたスタートラインに立ってるだけですよね。
結婚もゴールでもないし過程にすぎない。 

目的となると、なんか違いますよね。

なので、その職業をゴールと捉えるのではなく、ひとつの階段を登っている時間にすぎないと考えたいと思います。

 残りの人生50段の階段を一段一段、積み重ねていく。登っていく。
一段一段の階段が低くても良いと思っていて、ただ狭くない階段の方が良いと思うんです。なるべく多くのこと学べる広い階段を登る。

 ピラミッドみたいに、横にだだっ広い階段だと踏み外しても、転げ落ちないんじゃないかと思うんで。なので、ちゃんと広くてデカい階段を登るようにしたいと思います。

そのぶん学ぶことも広く、視野を広げて、高める分野も広く柔軟に。

その階段を登るなかで時間をかけて深め、成熟させ、洗練させていく作業を残りの人生、残りの階段で行う。

 それが今35才の私が未来の私のためにしてあげられることかなー。と思います。

 まぁ、家族にもその経験値は巡っていくでしょうしショボーン
 今の私は10年前私が選んだ生涯の伴侶と共に決めた未来の上に立っています。ほとんど計画通りのところにいます。

 でも20年前の14才の私には、想像も出来ない未来の上にいます。だから見える世界も過去の私には見えなかったところが見えています。人生って想像できないから面白い側面もありますよね。カオス理論です。条件が異なれば結果は違ってくる。


 

ほんでは、それぞれ価値観は多様だと思いますが、私はいまのところ、そんな感じでしたーくるくる猫ではまた!あしあと