そんな感じで、
自分を表現することや伝えること、また人を知ることのたいさつさに気がつきました…。
というのは、自分を伝えるためには人と話さないといけない、話すには話さないといけない。そして、話してくれない人に、もっと話してもらいたい、という当たり前のことに気がつきました。 (笑)
ことばにするとへんてこ。(話って何回言ってんだよ。)
色々な人と話してみたいという欲がどんどん湧いてきて、クラスメイトで話したことのない人が一人でいるのを見つけては、話しかけに行く、ということをしていました。(笑)
かなり変な人です。
でも小学生のころからやってました。クラスメイト全員さそって遊びに行くとか、誘っても絶対来ないで、いつも隅っこで、図鑑読んでる子と話したくて話したくて、チャンスを狙っては話に行って。
でも、話したことのない人や普段発言しない人が考えていることや感じていることを知ることが、新しい世界の扉を叩いているようで、本当に楽しい!と思いました。
普段一緒にいる人というのは大体私のパターンを読んでいて、大体ぼけと突っ込みのような会話か、事務的な連絡事項が会話の中心になります。
あとはお互いのペースや生活が重要になるので、それ以上広がらない。
このように、まさしく突飛なことをし始めてから、特別役に立ったと思うのは、
学校のイベントでアンケート調査をして回る時に、とにかく初対面の人にガンガン話しかけるという荒業が平気だったことと、(元々の資質もあるかとは思うが)イベントバイトでもまるであがらないこと、あとは、なぜその繋がりがあるの?と言う友達が突然できることがあること。友達が増えると活動の幅が広がること。
で、ギターを始めて路上ライブをして遊んでいたときに、知らない人と話すことがまた増えて、なんの意味もなく、なんの裏もなく、その場限りで話すことの楽しさを感じて、心底人間は良いなって思えたこと。
自分の話というとたいした話なんかないし、友達が多いかというと、全然多くないと思うし、繋がりがすごいのかって言われたら、すごくないし、感謝もされてないと思う。
でも意味はあると思う。
ないと言われても、あるとしか言えない。
出会えて良かったといってもらえることもあった。きっと二度とあうことが無くても、誰かにそう言ってもらえるなら、意味はあると思う。
又吉直樹さんの火花の初っ端から、自分の過去と、路上ライブを思い出して、笑いが止まらなかった。
スベってる感じというか、マイクなしだとただなんか喋ってる二人組になるから、五秒おきに面白いこと言わないといけないけど、そうなるとスベるリスクがかなり高いというくだりが。(笑) 想像できるというか、その通りすぎて、そのリスクを負うかを一応迷うことが面白くて。
ほんとに整備されてるところかどうかとか、実際にはマーケティングとか、たぶんそういった条件で全然変わるだろうし。
まぁ、スポンサーとか事務所とか、もしくは自分たちでやっちゃうって言う力なんだろうなと思う。整えちゃうという。実力だけじゃ食ってけないっていう。
私たちは遊びだったからまだ良いけど、本気で食ってこうって人達があれだと、と考えるだけでもう、辛すぎ。 花火に負けるならいいけど。(笑)
大きな流れに飲み込まれそうで、立ち尽くしてる時に、別の津波みたいな変な奴が現れたら、さぞ神々しいだろうって思う。
どうせ大河の一滴なら、自分が面白いと思う波に乗りたいんじゃあ。 って事で
理想と現実 人の目と自分の目
の中で、
どんどん理想も現実も距離が無くなってきて 人の目も霞んできて
自分の目はまだ見えてる ってことでした。
またね