最近母の認知症がさらに進んだな、と父も感じている。

 

 

〇〇さんに面会に来てもらいたい・・・、

(みんな親戚なんだけど)

まだ(母が)話せるうちに。(会話は成立しないんだけどね)

 

 

父に言われればすぐ連絡する。

みんなすぐ来てくれるし、久しぶりに会って私も楽しい。ニコニコ ラブラブ

 

 

 

父は亡くなった兄のところの孫(一人っ子)は何も言ってこないね、と時々言う。

 

遠回しな言い方だけど私に連絡を取ってもらえないかという意味なんだ。

 

 

兄が亡くなって5年経つけど私には一度も連絡のない兄嫁と姪っ子。

父にすら3年以上電話、メール一切ない。

 

 

 

私の中ではとっくに縁が切れている人たち。

 

 

 

父が兄嫁や姪っ子のことを話すとき、私は黙る。

 

連絡をとる気ゼロなので。凝視

 

気持ちがない人に来てもらっても嬉しくないし、時間の無駄。

父は満足するかもしれないけれど、残念ながら私はそこにつきあえません。

 

 

 

両親が亡くなったらこんな人たちに葬儀の連絡をしなくてはならないなんて、ね。

人を介して連絡するにしてもやり取りすることを想像するだけで嫌気がさす。

 

 

親がどうのこうの、というより、そっちの方が煩わしい。

 

少し前、親戚が面会に来てくれた。

 

母が実の弟のようにかわいがっていた人。

 

母は認知症が進み、今では父と私しかわからない。

宝物のように大事にしてくれたウチの子供たちですら顔も名前もわからない。

 

そんな母が、

ヒロシは~~~・・・(その後はわけのわからないこと言ってた)

 

会ってしばらくして、いきなり名前を言った!びっくり気づき

 

 

ヒロシさんだよ、とかヒロシさんって言ってみて、とか、誰も何も言っていないのに発した言葉にみんな驚いた。

 

 

 

 

 

今、父は母が使っていたショルダーバッグを使っている。

ずっと前から使っているけど母はいつも無反応だった。

 

 

数日前、

 

それわたしのカバン

 

母が言った。ハッ

 

 

 

 

 

続けてこんなことがあり、

 

もしかして中治り??

 

って頭をかすめた。

死期が近づいている人に起きる中治り(なかなおり)現象

 

 

 

認知症がこんなに進むと、正しいことを言うだけで

どうしたどうした!?

って思っちゃう自分に少々笑えます。ニヒヒ

 

母の施設のケアマネさんに母の意向が書かれたメモがあったことをお伝えした。

 

老人ホームを通して担当医からもしもの時のための家族の意志を確認する機会を与えてくださったことへの感謝の意を述べた。

 

 

父は母が弱ってきているとは感じていても、実際よりもっといい状態だと思っているのを私は感じる。

 

担当医からこうしたお話があるということは、もしものことがある可能性がある程度高い、ということと私は解釈する。

 

私から父に話すのはなかなか難しい。

私からすると父へのサポートをしてもらったような感じだ。ドキドキ


 

 

するとケアマネさんは、

こうしたお話をすると怒り出してしまうご家族もいらして・・・むかっ

と。

 

 

たしかにそうかもしれないと思った。

 

 

大切な家族の "もしものときのお話" なんて受け入れられないかも。プンプン

 

 

 

施設や病院にお願いする、というのは命を預けていることなんだと思う。

 

 

家族は施設や病院からの話をとりあえず冷静にいったん受け止める姿勢も大事かもしれないとも思う。

いたずらにそんな話をすることはないので。

 

母のモノの整理をしている実家の父。

 

 

    

老人ホームに入っている母は認知症

要介護4

何もわからない人になってしまった

 

 

父は母のノートを見つけた

 

 

<延命治療、尊厳死のための指示書>

 

胃瘻→しない

人工呼吸器(=つけると途中ではずせなくなる)→つけない

 

現在の医学で不治の状態であり死が迫っていると診断された時の死期を引き延ばすための延命の措置はお断りします。

 

管につながれることなく自然の死を迎えたい。

 

すべての延命治療はいらないが痛みを和らげるための適切な緩和医療は行ってください。

 

 

このほかに

 

 

自分の最期の時をどこで迎えるのか。

自宅でなら終末期医療をしてくれる医師をご紹介いただきたいが、それでは家族の負担が大きすぎる。

どこか自分を受け入れてくれる老人ホームがあればいいが、それにはお金が必要だろう。

設備が悪くても自分は我慢できるのでどこか施設に入って最期を迎えられるのがいいと思う。

とにかく亡くなるときもそのあとお墓に入ってからも、家族に負担をかけたくない。

 

お墓は子供や孫にお金の負担やお墓の手入れなど面倒がかからないようなものにしてほしい。

 

 

こんな主旨のことが書かれていた。

 

 

 

 

ついひと月前、母の担当医と面談して、もしものときの家族の意向を聞かれたところだった。

父に突きつけられた現実

 

いよいよという場面では無理な医療措置は行わず自然にまかせたい、ということを本人が言っていたことをお伝えしたのだった。

 

 

 

    

先日担当医にお伝えした内容と

合致する母のメモだった。

 

 

 

父も私も母の意志は記憶に残っていたが、

それでも自筆の意志が残っていたという事実は私たちをほっとさせた。

 

2026.02.22 の日経新聞 The STYLE に ”闘病記の効能とは” というのがあった。

 

 

闘病記はで苦しむ人の生の声、苦しみの軽減方法、希望の持ち方、諦観のありようを知ることができる、とある。

 

 

自分と同じ病気にかかった人の闘病記により患者さんが慰められる、ということだ。

 

 

認知症患者を介護する家族も

同じ気持ちではないか。

 

 

”病” のところを ”家族の認知症” に置き換えられる、と思った。

 

 

病気のことは検索すれば調べられる。

でも病気になった人の心のことはわからない。

それが書かれているのが闘病記だ。

 

 

認知症という病気のことは調べられる。

認知症の家族がいるとどんなことが大変になるのかは、なかなかわからない。

介護する家族の気持ちは調べにくい。

 

 

 

 

自分の経験では、肉体的にも精神的にもへとへとになった。

 

 

母は精神的に不安定になり、いつも怒っていた。

次第に暴力的になり、物を投げつけたりハサミで切り刻んだり殴ったり蹴ったり。

 

怖かった。

2人きりで隣にいたくなかった。

殺されるかもしれない、と思うときもあった。

 

暴力的にもなる認知症

二度と繰り返したくない

 

全ての時間は母のために使われ、自分のことは一切できなくなった。

もちろん仕事も辞めなくてはならなくなった。

 

 

 

認知症が進むほど介護はきつくなる。

 

着替えだって腕を伸ばすといった協力もなくなり時間もかかるようになる。

 

失禁が増える。

でも本人は汚れていることもわからない。

椅子から立ち上がると座面がびっしょり、座面の中まで尿がしみ込んでいる。

 

便の時もある。

きれいにしている間じっとしてくれればいいのに、わからないから勝手に手で触ったり動いたりする。

何を言っても伝わらない。

 

下着、パジャマ、服、布団類が失禁で汚れる。

洗濯物が増えていく。

しかも洗濯はまず手洗いしなくてはならない。

ニオイでくじけそうになる。

自分もくさいのではないかといつも気になる。

 

夜なんだから寝かせてよ、オネショはしないでよ

 

 

 

介護、投げ出したいけど投げ出したらもっと大変になる!

 

 

 

 

 

義母が認知症になり、老人ホームで暴れ、何度も家族が呼び出しを受けた。

入居者さんたちから義母は怖がられ、老人ホームを経営する本社に直接クレームの電話が入ったりもした。

 

施設から精神病院入院を勧められた。

 

でも入院の決断がなかなかできず、結局私たちは選択を誤り、社会にも迷惑をかけてしまった。

入院の決断ができなかったのは”精神科の治療”の解釈ができず不安だったからだ。

 

自分たちは精神科と縁のない生活をしてきたから精神科自体を理解するのが難しかった。

義母は精神病院に入院しなくてはならないほど大変な状態なのか、入院させたらどうなるのか、それがわからないんだ。

 

結局手がつけられない状態になり、入院することになる。

 

今も忘れられない出来事になってしまったこと

 

退院した姿をみて、なんだ、こういうことか、とやっとわかった。

 

認知症の怖さが消えた義母

 

 

認知症が原因で精神病院に入院する人は珍しくないようだ。

つまり、特別なことではないらしい。

このことを知っていれば入院のハードルはもっと低かったように思う。

 

認知症の知識がない家族は大事な判断ができない

 

 

 

認知症を理解できずに苦しむ家族は

多いと思う。

 

父は母のおやつにあんこ玉を持ってきたことがある。

 

あんこ玉。

 

こしあんを丸めたもの。(和菓子屋さんで売っている)

 

 

う~ん、喉に張り付きそうで怖いな・・・。汗うさぎ

 

 

ケアマネさんに相談してすこしお湯で溶いてもらった。

 

 

母はとってもおいしかったようで次々と口をあけて完食した。ニヤニヤ  お団子

 

 

 

父はあんこ玉なら大丈夫だと思って持ってきたのだが、母の認知症はもうちょっと進んでいる。

 

父を誘って母の面会に行った。

 

 

施設に向かいながら車中、母の話になった。

(毎日母の様子を書かれた日誌がスマホで見られるサービスがある)

 

 

なんでも100%食べてるって。

歯があるからちゃんと食べられるんだね。

流動食になっちゃったらあんなに元気じゃいられないよね。

 

 

母には入れ歯がない。

先日1本抜歯したが、残りは全て自分の歯だ。

 

 

 

歯があれば噛める。

噛めればなんでも食べられる。凝視

 

 

父はそう思っているようだった。

 

 

まあ、そうよね、私たちは食べ物を口に入れれば何も考えなくても自然に胃袋に落ちていくんだもの。

噛めれば食べられる、って思う気持ちはすごーくわかる!

でもそうじゃないのよ・・・。

 

 

お姑さん(義母)は入れ歯があったけど全部インプラントしていたから歯は最後まであったよ。

でもね、飲み込みが難しくなっていったのよ。指差し

 

 

 

父はイマイチ私の言っていることが理解できていない様子だった。もやもや

 

 

 

 

父はいつも母におやつを用意してくる。

(食べさせるのはいつも私の役目なんだけどね)

 

最近はゼリーやプリンが続いていた。

しかし今日はリンゴだった。りんご キラキラ

 

 

 

容器の蓋を開けると2~3センチ角ぐらいに切ったリンゴが入っている。

最近の母は大きなものは食べられないことがわかっていて、父なりに小さく切ってあった。

 

<最近は刻み食で汁物にはとろみがついている母>

 

 

これ、ちょっと危ないかも・・・真顔汗

 

 

ちょっと大きくない?

 

そお??

小さくしてあるから大丈夫でしょ。

 

 

触ると柔らかいリンゴだった。

小さいのなら危険は少ないと思いあげてみた。

 

 

母はシャリシャリとよく噛んでいる。ニヒヒ

 

 

ほら、大丈夫だよ。

 

 

父はそう言っていたが、私の心配はそこではなくて飲み込むときのこと。

 

 

黙って様子を見ていた。

 

 

少しずつ飲み込むが、途中、軽くむせそうになった。

 

 

噛むことは脳の刺激になっていいかもしれないけど、飲み込むことが難しくなってくるの。

 

そうかぁ。

 

 

介護士さんに適切な大きさを聞きにいくと、その半分くらいなら大丈夫ですよ、とのこと。

 

 

父に適切な大きさを伝えると、

 

そっか~、それでも大きいんだね。

 

 

 

怖いので半分ではなく、4つに切って食べさせた。

 

小さければちゃんと飲み込めました。ウインク ルンルン

 

父は飲み込みが難しくなる、という意味がわかったようだった。

 

 

 

認知症が進行すると適切な飲み込む量もわからなくなってくるのかな。

母ぐらい認知症が進行してくると飲み込む量一回分ずつぐらいを口に運んであげないといけないんだと思います。

 

 

これからは父にはプリンやゼリーにしてもらおう・・・プリン

 

母の施設のケアマネさんから おむつパッドのサイズを大きくします、と言われた。

 

 

最近便失禁が続いたので。

 

 

 

うわぁ~、申し訳ない・・・

 

 

 

朝から地獄である。

 

 

母の体をきれいにし、下着もきれいにし、布団類もきれいにし、新しいおむつに替える。

 

そして強烈なニオイピリピリ えーん

 

 

 

自分で寝返りもできない母。

言われたことが理解できず、要求されていることができない認知症の母。

 

言葉が理解できて体を動かしてくれればかなりラクなはずなんだ。

(それでもとても大変だということは間違いないのですが)

それができなくなってしまい、普通の介護以上に大変になるのが認知症の介護。

 

 

 

体を右に向けててくださいねー。

 

って言われても理解できないし自分で動けない、というか動かない。真顔

 

 

そのままの位置でキープしていてくれればいいけれど、言葉を理解できない母はきっと勝手に動くだろう。汗うさぎ

 

 

困るのは拭いている便をさわろうとすること。あせる

 

 

やめて! 触らないの! パー笑い

 

 

そんなやり取りは自宅にいたころからあった。

 

 

 

老人ホームでお世話になっていること、本当にありがたく思います。泣くうさぎ

 

 

これが自宅で連日続いたらたまらない! 叫び 汗

 

母は認知症で現在要介護4、老人ホームに入っている。

 

 

絶対にお出かけなんてしない。

できない。

何よりもう何もわからなくなっている。

 

 

父は一軒家に一人で住み、母のモノの片づけをしている。

 

 

私から見るともういいんじゃない?って思えるものはたくさんある。

でも父がいるから片付けることはできない。

 

実家は父と母が永年過ごしてきたところ。

施設に入ってもう2年半以上経つけれど、母のモノは見えるところにチラチラある。

 

 

施設に入ったから、じゃあ、もうこの母のコートは要らないよね、着ないから。

そう言って、部屋に掛かっている母のコートを片付けることはできません。

 

父にとっては大事なコート。

まだ、母が近くにいるような気持ちになれる。

 

施設に入っただけで亡くなってしまったわけではないけれど、簡単に片づけられません。

 

 

 

2年以上の月日が経ち、

部屋に掛かっていた母の服はなくなった。

 

 

まだ今も下駄箱にぎっしり入っている母のパンプス。

下駄箱開けた時、空っぽだったら、父は淋しい気持ちになるのだと思います。

 

 

片づけは父に任せています。

 

独り暮らしになってから、父はコツコツと家の中を片付けている。

 

買い物好きだった母なのでとにかくモノが多い。

認知症が始まってからは制御もきかなくなったようだった。

ストッキングの量から母の不安を思う

そうか、あれは認知症だったからか、と思うこと

テレビショッピングとかでも化粧品や健康器具なども買ってました!指差し気づき

 

時々母のモノが玄関で山になっている。

バッグ、服、化粧品、、、

 

使えるのあるかな?

もっていって~おじいちゃん

 

 

父の整理の成果が玄関にある。スーツ  カバン  傘  マニキュアセーター

 

 

 

母がどこかにしまっていたのだろうか。

先日の山の中に、押し入れで使う防虫シートと箪笥シートがあった。

 

 

箪笥とか整理したい、という母に私が買ってあげたものだった。

 

 

あの頃は確かに認知症は始まっていた。

でも会話はちゃんとできていた。

お買い物に連れていくとなんでもポンポンと買い物かごに入れてしまうから、やたらと買い物には連れ出せなかった。

 

 

今思うと、あの頃は認知症の症状にムラがあったのかもしれない。

まだ正常な判断ができる部分が残っていたのかもしれないということだ。

 

 

いっとき思考が 正常な時に  片付けたい  と私に言ったのかな。

 

シートを受け取ったときは、これをどうすれば、どう扱えばいいんだろう?と、理解できず行動もできない認知症の母になっていたのかな?

 

 

開封もされていないシートを見て、今になって思うこと。

 

 

    

認知症になって、わからなく

なってしまっていたんだね。

 

 

    

母はわからなくなってきている自分に

不安を感じていたようです。

 

でもわからないということを打ち明ける

ことが難しいのが認知症のようです。