● モスクワ市近代美術館所蔵 シャガールからマレーヴィチまで 青春のロシア・アヴァンギャルド | アートテラー・とに~の【ここにしかない美術室】

アートテラー・とに~の【ここにしかない美術室】

美術を、もっともっと身近なものに。もっともっと楽しいものに。もっともっと笑えるものに。

え~、改めまして。
日本で唯一人のアートテラーの “とに~” ですm(__)m

アートテラー “とに~” 名義1作目となる、記念すべき今回の “美術展へ行こう!”。
取り上げるのは、Bunkamuraザ・ミュージアムにて8月17日まで開催中の美術展。

モスクワ市近代美術館所蔵
シャガールからマレーヴィチまで 青春のロシア・アヴァンギャルド” です。
『青春』とタイトルにあるだけで、何だか妙に心惹かれますね。
…いや、僕だけでしょうか?

この美術展は、このシリーズ始まって以来初めてのロシア美術の美術展。
さてさて、皆様は、ロシアの画家と言うと、誰を思い浮かべますか?

“・・・・・”

僕の予想が正しければ、おそらく多くの方が、沈黙してしまったことでしょう。
大丈夫です、言った僕も沈黙してますから。

美術の中心地であったヨーロッパから見れば、辺境の地に過ぎなかったロシア。
それゆえ、ロシア美術は、ほとんど美術史に登場することはありません。
皆さんが知らないのも、そして、僕が知らなかったのも当然と言えましょう (←言い訳) 。


そんな不遇のロシア美術ですが、
20世紀初頭に突如として、世界の美術シーンから注目を受けるのです。
ロシア革命が起こり、ロシア市民がノリにノッている時代、
ロシア美術もノリにノッて、一気に大ブレイク。

そんな時期のロシア美術のブーム(=運動)を総称したのが、
この美術展のタイトルにも冠されている “ロシア・アヴァンギャルド” 。

ところが、この “ロシア・アバンギャルド” は、30年ほどしか続きませんでした。
あぁ、『青春』は、30年くらいで賞味期限が切れるものなのですね…。

今回の美術展では、その“ロシア・アヴァンギャルド”の代表的な画家の作品が一堂に会しています。
その名前を、ざっと挙げるならば、
ラリオーノフ、ゴンチャローヴァ、レントゥーロフ、グリゴリーエフ・・・
って、もうこの辺にしておきましょう。
どうせ覚えにくい名前ばかりです。

“知らない画家の作品ばかりだから、行かなくてもいいや…”
と、思ってしまった皆様、ここは逆転の発想で。
“この美術展に行けば、今まで名前を聞いたことのない画家の作品を、たくさん観ることができるぞ!”
と、思えば、きっと行きたくなるはずです…よね?
事実、僕自身、そう割り切って観に行ったところ、自分好みの素敵な画家に出会いました。

その画家の名は、ニコ・ピロスマニ。
今まで名前を聞いたこともない画家でしたが、現在グルジアでは、国民的な画家だそうで。
また、加藤登紀子の名曲 『百万本のバラ』 の歌詞の中で、
百万本のバラの花を、あなたにあなたにあなたにあげた貧しい絵描きのモデルが、ピロスマニだとか。

まぁ、それはさておき。
彼は、こんな絵を描いています。

≪小熊を連れた母白熊≫

小熊を連れた母白熊


何とも言えない素朴な感じです。
ニコ・ピロスマニ曰く、動物は “心の友” とのこと。
( “心の友” という言葉は、ジャイアンの専売特許ではないんですね)

ピロスマニの素朴な味のある作品は、今回10点ほど展示されておりますが、
僕が一番気になったのは、この作品。

≪宴にようこそ!(居酒屋のための看板)≫

宴にようこそ!(居酒屋のための看板)


僕は、レストランのホール、そして現在は結婚式のサービスと、
もう数年、トレンチ(=トレー)を持つ仕事に携わっております。

それゆえに、この絵を観て、真っ先に感じたのは、
“そのトレーの持ち方は危ないって!” と、いうこと。
この持ち方では、バランスは非常に取りづらいです。
しかも、トレンチの上に、ワインボトル。
見ていて、ハラハラします…


さて、これから行かれる方へ。
ピロスマニの作品には、もちろん注目して頂きたいのですが、
もう一人、注目して頂きたい画家がおります。
美術展のタイトルにも名前が載っている、こちらの画家。

マレーヴィチ


ロシアの偉大な画家カジミール・セヴェリーノヴィチ・マレーヴィチです。
彼は、ロシアという辺境の地にありながら(←ロシアの皆様、ごめんなさい)、
抽象絵画の極限にまで高めたことで、美術史にその名を刻んでいます。

あ、 『抽象絵画』 と聞いただけて、
“よくわからなそう…” と敬遠してしまった方がいらっしゃるようですね。
どうぞご安心を。
今回も、いつものように、 【キーワード】 を使って、
マレーヴィチの芸術を、わかりやす~くご説明いたします。


僕は、その今回の 【キーワード】 を、
マレーヴィチのこれらの作品を見ている時に、ひらめきました。

《農婦、スーパーナチュラリズム》 と、

農婦、スーパーナチュラリズム


《刈り入れ人、1909年のモティーフ》

刈り入れ人、1909年のモティーフ


そして、大きい画像は見つけられませんでしたが、
もう一枚同じように人物が描かれた 《農婦、1913年のモチーフ》 という絵。

農婦、1913年のモチーフ


会場ではこの3作品が、壁に隣り合って展示されていました。
まるでロボットのような女性が、3人並んでいたわけです。
その光景を見るなり、僕の頭の中では、こんな映像が再生されました。


 
 
“あ、Perfumeだ!!”

ロボットダンスのような独特の振り付け。
この公共広告機構のCMを最初に見た時は、度肝を抜かされたものです。


そう、今回の 【キーワード】 は、
現在人気急上昇中のアイドルユニット 【Perfume(パフューム)】 です。

perfume
 
 
(左から)、
「かしゆか(樫野 有香)です。」 「のっち(大本 彩乃)です。」 「あ~ちゃん(西脇 綾香)です。」
「三人合わせて 【Perfume】 です!よろしくおねがいします。」
と、言うのが彼女らのお決まりの挨拶。


…って、何の話をしてたんでしたっけ?
あ、そうです。マレーヴィチです。
えっ、「マレーヴィチと 【Perfume】 は全然関係ないじゃないか!
お前が、単に 【Perfume】 を好きなだけじゃないか!」って?
まぁ、それは、否定はしませんが(笑)。

【Perfume】 は、もともと広島のローカルアイドル。
彼女らは、広島というアイドル辺境の地でスタートしながら(←広島の皆様、ごめんなさい)、
アイドル界の新たなジャンルを切り開き、
今や、アイドル史にその名を刻むであろう存在にまでなったのです。

どうです?
マレーヴィチと、どこか似ているではありませんか?!


さて、先ほど、マレーヴィチは抽象画家とご紹介しましたが、
彼は最初から抽象画家だったわけではありません。
初期のマレーヴィチは、このような絵を描いていました。

《刈り入れ人》

刈り入れ人


これは、マレーヴィチが “クボ=フトゥリズム” と呼ばれる主義を取っていた時に描かれた作品。
クボ=フトゥリズム
声に出してみると、何とも言いづらいこの主義。
おそらく、このままでは、全く意味が想像できませんので、日本語に訳してみましょう。
“クボ=フトゥリズム” を訳すと、 “立体未来主義(立体未来派)” となります。

これは、マレーヴィチが、1910年当時ヨーロッパで流行していた


“立体派” と “未来派” という2つの美術の運動を取り入れ、そして融合させたもの。
この“立体派”、そして“未来派”という2つを自分の芸術に取り込んだことで、
マレーヴィチは独自の世界を確立したのです。

そして、実に驚くべきことに、 【Perfume】 も、
この “立体派” と “未来派” の2つを、自身に取り入れていたのです。


では、 “立体派” と “未来派” とは、一体どんな主義なのか。
【Perfume】 に登場してもらいながら、説明することにいたしましょう。

 ★ “未来派” とは??
 未来派とは、20世紀初頭にイタリアを中心として起こった美術の運動のこと。
 未来派の芸術家たちは、それまでの芸術を徹底的に否定した上で、
 自身の作品に機械化によって実現された近代社会のエネルギーやスピードを取り入れました。
 

う~ん、イメージしづらいですよね。
というわけで、 【Perfume】 に登場して頂きましょう。

何を隠そう、彼女たちこそ、 “未来派” のアイドル。
…いやいや、これは、いつものような僕のこじつけではありません。
何たって 【Perfume】 は “近未来型テクノポップユニット” と呼ばれているのですから。

では、まずは1曲お聴きくださいませ。




この曲は、彼女たちのブレイクのきっかけとなった 『ポリリズム』 。
どうでしょう?曲だけを聴くと、全然アイドルっぽくないですよね。

今までのアイドルたち(松田聖子、おニャン子クラブ、あやや…etc)の楽曲とは、
タイトルからして違います。
【Perfume】 も、デビュー時には、『OMAJINAI★ペロリ』 という
いかにもアイドル的な曲を歌っていましたが、
今では、それまでのアイドルが歌っていたような曲は一切歌っていません。
まさに未来派。

さらに、彼女たちの楽曲の最大の特徴は、
中田ヤスタカプロデュースによる、機械化されたテクノサウンド。
このテクノサウンドが、アイドルファンという枠を超えて、
様々な層から絶大な支持を受けているのです。
ちなみに、2008年4月16日に発売された2ndアルバム 『GAME』 は、
YMO以来24年11か月ぶりとなるテクノユニットでのオリコン1位を獲得しニュースにもなりました。
 
さらに、 【Perfume】 がメジャーデビューしてからの曲のタイトルを挙げると、
「リニアモーターガール」、「コンピューターシティ」、「エレクトロ・ワールド」…
と、これまた、かなり意識して、“機械”を作品に取り込んでいることがわかります。
この辺りも、やはり未来派。


 ★ “立体派” とは??
 “未来派” を、何となくイメージして頂けたところで、今度は “立体派” をご説明いたしましょう。
 “キュビスム” とも呼ばれる “立体派” 。
 これは、セザンヌの影響を受け、20世紀初頭に、
 パブロ・ピカソとジョルジュ・ブラックが創始した、視覚上の革命的な美術動向。


う~ん、これまた何やら小難しそうなので、 【Perfume】 に登場して頂きましょう。
何を隠そう、彼女たちは、その振り付けに、 “立体派” の要素を取り込んだアイドル。
いや、別に、 【Perfume】 は “立体派テクノポップユニット” とは、呼ばれてはいませんが…。
 
では、一体、 “立体派” の要素を取り入れた振り付けとは何なのか?
同じ3人組のアイドル・キャンディーズと比較しながら、ご覧くださいませ。

まずは、キャンディーズの 『春一番』 から。




そして、お次は 【Perfume】 の 『コンピューター・シティ』 を。




決定的に振付が違った点、おわかりになりましたか?


正解は、1曲の間に、 【Perfume】 は立ち位置が目まぐるしく変わっていたということ。
そう、立ち位置の変化。
これこそが、 “立体派” の画家たちにとって、重要なポイント。

“立体派” が誕生する以前の画家は、
一つの作品を描くにあたって、一か所から見たものを描いていました。
まぁ、これはイメージしやすいですよね。いわゆる普通の描き方です。
ところが、 “立体派” の画家は、一つの作品を描くにあたって、
立ち位置を数か所変えて、描いたのです。

“そうすることに、何の意味が…?” と、思った方。
ちょっとアイドルになったつもりで、もう一度先ほどの映像をご覧くださいませ。
(あ、全部見なくて、いいですからね)
 
アナタは、キャンディーズのランちゃん(センターポジション)です。
と、観客席に、一際目立つ大きなサイコロが (←どんな状況かはわかりませんが) 。
1曲歌いながら、サイコロがどのように見えるか、絵に描いてみて下さい。
(↑やっぱり、どんな状況かはわかりませんが…)

1曲歌っている間、立ち位置が全く変わらず、1か所からサイコロを見ていたなら、
当然、見える部分と見えない部分とがあります。
すると、描かれた作品は、自然と3次元の立体的な仕上がりになります。
これが、 “立体派” 以前の絵画。


今度は、アナタは 【Perfume】 ののっちです。
はい、また観客席には、大きなサイコロが。
やっぱり、1曲歌いながら、サイコロがどのように見えるか、絵に描いてみて下さい。


さぁ、今度はどうでしょう。
1曲歌っている間に、何回も立ち位置が変わります。
立ち位置が変わるれば、当然、視点も変わり、さっきまで見えなかった部分が見えてきます。
またポジションが変われば、また違う部分が見えます。
見えた部分を全て描いたなら、描かれたサイコロは展開図のようになっているはず。
おー、3次元的ではなく2次元的な仕上がりになりました!

これこそが、 “立体派” の絵画。
“立体派” のくせして、特に立体的なわけではないのです。
あぁ、ややこしやややこしや。


さてさて、これでようやく “立体派” と “未来派” の二つのご説明が終わりました。
それでは、改めまして。
“立体未来主義” のマレーヴィチの作品を見てみましょう。

《刈り入れ人》

刈り入れ人


女性が平面的に描かれていますね。ここが “立体派”
そして、どこかテクノサウンドのような機械的な感じ。ここが “未来派”
その2つが合わさったので、 “立体未来主義” 。
いやぁ、めでたしめでたし。


…のはずが。
マレーヴィチは、“立体未来主義” では飽き足らず、
この後、さらに一歩先へと、進んでいくのです。
これまでは、序章に過ぎなかったのです。
マレーヴィチは、 “立体未来主義” 時代の後、世界に衝撃を走らせる一枚の絵画を発表します。

それが、この 《黒の正方形》 (注・今展には展示されていません)。

黒の正方形


キャンバスに黒い正方形を描いただけの作品です。
ここまで長々と読んできて疲れた頭には、何とも理解不能ですね。

ちょっと 【Perfume】 の歌でも1曲聴きましょうか。




はい。気持ちをリフレッシュしたところで。
このマレーヴィチの描いた 『モノクローム・エフェクト(=白黒作品の効果)』 には、
どんな意味があるのでしょうか。

日食を表している、だとか。
砂漠を表している、だとか。
はたまた、キリスト教のイコン(崇拝の対象になる像や絵)である、だとか。

いろんな解釈があるそうですが、
具象的なものを一切排除した絵だと、マレーヴィチ本人が言っています。
本人が言うから、そうなのでしょう。
日食では、ないのです。


マレーヴィチが “立体未来主義” の運動の末に辿り着いた境地。
それは、芸術を再現の重荷から解き放ち、純粋な感覚で描く絵画。
と、言われたところで、もう何だか理解できる気がしません。


一つ確実に言えるのは、マレーヴィチ自身は、
このような絵こそが、絶対的な絵画だと思っていたということ。
それだけに、彼は、この独自に辿り着いたワールドを
“スプレマティズム(絶対主義)” と名付けました。

マレーヴィチは、この絵の他にも、
《スプレマティズム(白い十字架のあるスプレマティズムのコンポジション)》 など、

スプレマティズム


様々な “スプレマティズム” 作品を発表します。
そう、これらの作品は、彼にとって、




まさに 『パーフェクトスター・パーフェクトスタイル』 だったのです。
さぁ、 【Perfume】 を聴きながら、 “青春のロシア・アヴァンギャルド” へ行こう!



031.マレーヴィチ Illust by.yukimone



★ from yukimone ★

今回は私もハマり中のPerfumeです♪
好きなものがキーワードの回は
特に気合いが入りますね(^u^)

マレーヴィチの画風でPerfumeということで…
「Baby cruising Love」の衣装+背景にしてみました。
筆タッチの質感もほんのりと。

■Bunkamuraザ・ミュージアム URL
http://www.bunkamura.co.jp/museum/index.html