よく、昔は、わたしのなりたい職業って何だろうって考えてた。
こうなりたい、あぁなりたい…
お花屋さんになりたい
お嫁さんになりたい
漫画家になりたい
魔法使いになりたい
水泳選手になりたい
カウンセラーになりたい
作家になりたい
芸術家になりたい
美人になりたい
可愛くなりたい
面白くなりたい
芸人にもなりたい…(笑)
とまぁ、最後の願いはいいとして。
たくさんたくさん、あったな。
でも、いま、
インストラクターとして、
研修講師として、
メンタルサポートのカウンセラーとして、
様々な役をいただいて、
お仕事いただけて、
その役を楽しくこなしてる自分がいることに気付いたとき、
あぁ、なりたいという気持ちは
本当にわたしにとっては
苦しいものだったんだな、
ということがわかったのです。
わたしは "在る" ことを重要視していたのに
それらを混同して、区分けが出来ずに、
"成る" ことにすりかえて
色々あーでもないこーでもないってやっていたのだな、って。
正直、なりたいものなどいつだって、
言ってしまえば、いま、この瞬間から
それに "なる" ことが出来る。
でも、
"在りたい" は違う。
"なりたい" だって難しいよ…
そう思った人がいるのなら
それは、"在る" と "成る" が混同してるだけ、かも。
"成る" は、要は見せ方。
見せ方はいくらでも、成立する。
でも、その時のこころの状態までそうか?
たぶん、答えはノーだろう。
そう、
こころは、そう "在れて" いないから。
"成れる" けれど、
"在れる" ことができないから。
ただ、こころが
自分の "在りたい" とおもうものに "在り続けている" のなら
それはすでに
"成り" でも "在り" でも有るのだろう。
面白き、この世をさらに面白く。
世界は今日も歩んでく。