2022

6/25

 

自分の過ちを認めること = 清清しい

 

 

みなさんお久しぶりです。管理人のarto@井口です。

最近は食について書くことが特になくてですね、

外はめっきり暑いのに、当ブログは更新もなく極寒の地。

それは私も不本意ということで、

たまには、本の内容をシェアしましょう。

 

 

久しぶりに本「尋常小学修身書」(八木秀次 監修) を読みまして。
みなさんもご存知かもしれませんが、
西郷隆盛と橋本佐内の話です。

 

 

 

 

 

概要はこうです。

(端折りますので、正しくは本を参照ください)

 

 

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橋本佐内が国のため、

西郷隆盛に会いにいきました。



西郷は初め、

左内の女のような、やさしい見かけを見て、
あなどって相手にしませんでした。



しかし左内は、それでも落ち着いて
「あなたの御精神は、よく承知しています。
そんなにお隠しなさらずに、どうぞ打ち明けていただきたい」

といいました。



左内の話を聞いた西郷は、
左内のしっかりした考えと日本を想う真心に

すっかり感心してしまいました。



西郷は、
「橋本はまだ若いが、意見は実に立派なものだ。
見かけがあまりにやさしいので、始め相手にしなかったのは、
自分の大きな過ちであった」

と深く恥じました。



西郷は、左内が死んだ後も
「学問も人物も、自分がとても及ばないと思った者が二人ある。
一人は先輩の藤田東湖で、
一人は友達の橋本佐内だ」

といってほめました。


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以上です。

 

 

 

 


・・・・・






( ;∀;) イイハナシダナー




本というのは、毎回感じることが違うと想いますが、
今回読んで感じたのは、

 

 

1)西郷隆盛のような人物であっても
相手を見た目で見くびることがあるんだなぁ~。


⇒このような傲慢心には、常に気をつけなくてはということ。


2)過ちに気づいて恥じること、過ちをわびること
というのは清々しいということ。


⇒これは本人もそうだし、この話を見た人の心も
キレイにしてくれる、スッキリしてくれる。

 

 

みなさんはどういうことを感じますでしょうか?

 

 

 

 

このような本やお話というのは、

「これは善い話です。だから暗記しましょう」

というのは、あまり大事でなく、

 

 

その時、貴方のハートがどう反応するか?

 

 

が何よりも大事だと思うのです。

 

 

 

「いい話だなぁ~」なのか、

「立派な人だ、自分も憧れる!」なのか、

「偽善者臭くって、イヤダ」なのか。

 

 

その人その人のハートによって違いまして、

まったく同じというのは、ほぼない。

また、同じ人でも、

その時その場所によって、ハートの反応は変わったりします。

 

 

 

それは、

貴方のハートを通して、

大いなる存在がその瞬間に「創造」してると思うのですね。

 

 

 

自分は、ハートの反応、心の奮えを大切にして

ブログに書き残そうとしている次第です。

 

 

 

ちなみに、

西郷隆盛が死ぬ最期まで
橋本佐内の手紙を肌身離さず持っていたエピソードは、
自分、感涙っす!ではでは。

 

 


 

6/6

 

食べない時間も大切なもの

 

 

人が生きていくためには

食を食べることも大事(不食の方以外)、ですが

同じくらい「食べない時間」も大事、

というのが今日の意見です。

これまで、当ブログで書いてきたことではありますが。

 

 

 

例えば、人がラットレースのように

年中動き続けていたら、いつか無理がくるでしょう?

休む時間も必要でしょう?

 

 

 

毎日3食かそれ以上食べるというのは、

「内臓的動の状態」が続いているのと同じ訳です。

その状態が続いていくことが

内臓に優しいかどうか。

 

 

 

動の時間と同じくらい、静・休の時間も大事なのです。

(陽と陰のバランスと同じように)

 

 

 

「内臓的静の状態」というのは、

3食のうち、1~2食を食べない、

あるいは、

一日ファスティングでありますが、

「どうくらい食べない時間をつくるか?」

それは、各人が自分の生活の中で見極めていく必要があります。

(体質や生活スタイルがそれぞれ違いますからね)

 

 

 

本「無病法」の中の解説に、

 

消化 ⇔ 代謝・修

は反対の関係

 

と書いてありましたが、多分その通りだと思うのです。

 

反対の関係というのは、

一方が終わった時、もう一方が動き出すということ。

 

 

 

3食以上では、内臓的動状態が続いて、代謝・修復の状態にならない。

その状態で快適に人生を送れるのかどうか?

時に休んで、家の中をメンテナンスするように、

内臓、身体のメンテナンスも必要なのではないか?

 

 

今日はそんなメッセージです。

 

 

 

PS.

といっても、うちの母親がそうですが、

「食は毎回摂った方が健康」

「食を少しでも抜かすと命に関わる」

そういう大きな固定観念を持っている方は、結構いるのかもしれません。

 

 


 

5/20

 

少食と食事と精神(波動)の関係

 

 

食事をしてない状態(空腹)と食後を比べると、

食後は明らかに、精神(波動)の調子が低下する。

 

 

・ハートがクローズ

・イライラ

・怖れ

・人への対抗心

・気分が低下

・食べてない時と比べて愉快でなくなる

 

 

要するに、三次元二元性の波動へ低下するのである。

これは、食事の消化が始まることで、

胃(第3チャクラ)以下のチャクラが優位になるからかもしれない。

あるいは、消化を優先するための

自我の防衛機構かもしれない。

 

 

 

だいだい消化が落ち着く、2~4時間は

波動の調子低下と変動があるように思う。

 

※食べる内容によって、

その長さも変動するかと。

 

 

 

よって、

 

日中を気分よく、幸せに過ごしたいのであれば、

 

 

夜一食

 

 

に分がある、というのが今の意見。

 

 

 

ただし、

一食では無理がある人もいますし、

運動系を多くする人も居たりして、

そういう場合は、その人の必要に応じて、なのだが、

可能なら

 

 

昼、夜の二食

 

 

がいいのでは、と思う。

どうしても朝食べるのなら、

りんごのすりおろしとか、それくらいがいいと思う。

(朝食は、自分はキツイかな、なるべくならしたくないかな、と)

 

 

(朝マックにするなら、昼マックでお願いします。 (・ω<) )

 


 

5/18

 

少食のし過ぎ + 運動のし過ぎ

 

 

2016年の初めから、少食と菜食をやり始めて、

ここまでの自身の健康とその過程、結果には

おおむね満足している。

 

 

 

振り返って、注意する点があるとすれば、

 

 少食のし過ぎ + 運動のし過ぎ

 

である。

 

 

 

どちらかというと

少食の行き過ぎで、身体に無理をさせた、体調を崩したことが

多い。

 

 

身体に体内脂肪、体内余剰養分がない状態で

肉体的運動が過ぎると、

筋肉が分解されてエネルギーとして使われるようで、

これは身体に結構よくないと実感してる。

 

 

 

2019年くらいは一日一食でも

あまり感じなかったんだけどなー。

甘いものの食べ過ぎ → 胃腸機能の低下 → 吸収効率の低下

が徐々に起こっいったのもあるかもしれない。

 

 

 

今の身長:171cm

体重:51.5kg

 

 

 

今の体重は少し減っているので、

こういう時は

食事量を増やすなど、体重で調整するようにします。

 

 

 

とりあえず、

自分は、健康・健全で美しい心身の向上、

そのような日々の稽古的な生活が「好き」なのだと思う。

 

 

(こういう稽古的な生活が好きなんです)

 

 

プロフィールにも書いてある通り、本名が「健」なだけあるな、と。(笑)

 

 

ストイックな方で少食をやろうとする方は、

こういう注意点もありますよ、ということです。

 

 

(もちろん、

 ・その人の運動量

 ・それまでの食での脂肪の余剰分

 ・その人の食の吸収効率

 ・プラーナの吸収効率

などで、どれくらいで無理になるかは変わってくると思います)

 

 

 


5/8

 

姿勢を良くすることの重要性

 

 

以前は、下記記事に書いたように、

 

 

 

姿勢を大事にする意識があったのですが、

スマホの使いすぎ等で、いつのまにか姿勢が悪くなっていたようで。

フットサルで

プレーを振り返るためにスマホ撮影をしたのですが、

自分の姿勢がかなり気になりましたね。(苦笑)

 

 

 

自省もかねて、

姿勢をよくすることの重要性を

もう一度書いておきます。

 

 

 

(管理人的、誰でもできる姿勢をよくする方法)

 

①全身内部、力を抜いて

②「姿勢よく」と心の中で唱える

 

 

これだけです。

これなら、筋トレが辛い方でも、誰でもできます。

これをしながら歩くだけでかなり違うと思います。

その後、背筋に意識をおくのもオススメです。

 

 

 

背筋 = 天ノ御柱、内なる御柱をまっすぐにするのは、

その御柱が天地のエネルギーの通り道であり、

姿勢の良し悪しで、気分の良さすらも大きく変わってくる。

身体の中でとても重要な部分なのですね。

 

(この辺は、本「ガイアの法則Ⅱ」「タオの法則」によく書かれています)

 

加えて、

姿勢を良くする ⇒ 足のつき方もよくなり ⇒ 全身の歪みが解消

逆もまたしかり、なのが怖いところです。

 

 

現代では、スマホやPCを使うことで姿勢が曲がりやすく、

尚のこと、みなさんには姿勢をよくする重要性を再度シェアしておきます。

 

 

arto「姿勢については、私もおおいに反省です」

 


 

5/4

 

砂糖の多い甘いもの、スイーツを食べる時

 

 

2月に体調ダウンしてから、食と健康を見直して、

その後、ふしぎと

スイーツや甘いものはほとんど摂らなくなりまして、

 

 

食べると言えば、

りんごのすりおろしなどフルーツ、

100%ジュース、

しょうが紅茶に入れる黒糖

たまに甘いカフェラテくらいなのですが、

 

 

今日、AMからウーバーをやって、

お昼にカステラを食べたくなり、セブンイレブンで買いました。

 

 

 

その後を自分を観察すると、

 

 

 

砂糖の多い甘いものは、

食した後は、波動が荒れやすい気がしますねー。

 

 

荒れやすい、というのは、

波動が二極、二元性に大きく振動するイメージでしょうか。

 

 

 

もう一つあるのは、

甘いものは、その後、中毒性があるというのもあります。

また食べたくなる。

 

 

ですので、

砂糖の多いスイーツを食べる時は、

 

 

スイーツは美味しい、食べるな、とはいわない。

食べた後は、それを覚悟して食べる。

 

 

のがよいかもしれません。

 

 

(その瞬間はおいしいけど・・・というようなものは、

世の中に結構ありますよね)

 

 



5/3-2

食の欲求と聖(性)の欲求のさまざまな見解


ふと、パラパラーと読み返した本「あるヨギの自叙伝」
におもしろいことが書いてあったので紹介する。


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スリ・ユクテスワは決して、
男性の堕落の責任を女性に押し付けたり、
また、そのために女性を避けたりするようなことはなかった。


彼は、男性もまた女性にとって誘惑の因になることを指摘した。
私はあるとき、昔のある偉大な聖者がなぜ女性を
”地獄への門”と呼んだのか尋ねてみた。


「おそらくその聖者は、若いとき女のために
幾たびも心の平和を乱された苦い経験をもっていたのだろう」


先生(スリ・ユクテスワのこと)の答えは辛らつだった。


「もしそうでなかったら、彼は女を責めるかわりに、
自分自身の自制力の弱さを責めたはずだ」


(本「あるヨギの自叙伝」P.132)

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「官能的な誘惑の挑発に負けてはならない」


先生は弟子たちに言い聞かせた。


「官能の奴隷になっている者には、
人生の真の楽しみはわからない。
そのふくいくたる香りは、
彼らが泥沼の快楽に
酔いしている間に逃げていってしまう。


色欲に溺れた者は、

何事にも適切な判断力を失ってしまうものだ」


迷妄がもたらす性の誘惑から抜け出そうと苦闘している
弟子たちに、スリ・ユクテスワは根気よく
思いやりのある助言を与えた。


(同本 P.132)

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「人間が空腹を訴えるのは、
必要な食物の補給を促すためで、
意地きたない食欲をあおるためではない。



それと同様に、性的本能も、
自然が種族保存のために植え付けたもので、
あくなき性欲を駆り立てるためにあるのではない。


誤った欲望は今すぐ捨てなさい。
さもないと、その欲望はお前の幽体が肉体の殻を
脱ぎ捨てたあとまでもお前について来る。
たとえ肉体は弱くとも、
心はたえず抵抗していなくてはいけない。


誘惑の強襲を受けたら、
冷静な自己分析と不屈の意志をもってそれを
克服しなさい。
そうすればどんな欲情も必ず押えることができるものだ。


自分のエネルギーは浪費せずにたくわえておきなさい。


そして大洋のような大きな器となって、
感覚の河川から流れ込むすべての刺激を
静かにのみ込んでしまいなさい。
感覚的刺激を次々と追い求めることは、
心の平和を蝕むことになる。


それは、水おけの底にあいた穴のように、
たいせつな活力の水を漏らして唯物主義の砂漠の中に
失わせてしまう。
誤った欲望を駆り立てようとする執拗な衝動は、
人間の幸福をおびやかす最大の敵だ。
厳然たる自己制御の王者となって人生を歩みなさい。
感覚の弱卒どもの弱音に耳を傾けてはならない」


(同本 P.133)

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スリ・ユクテスワは、人の食と性の欲求について、
必要なものなんだけど、
エスカレートする欲求に注意を促しているようですね・・・。




・・・・・・





・・・・・・






おや?



artoさんからなにか発言があるようです。どうぞ!




arto「先生!すいませんでしたっ!!!




街ゆく女性の胸ばかり凝視してスイマセンしたっ!




女性のパンチラ画像を検索してスイマセンしたっ!




Amebaトピックスに出てくる女性タレントのえっちなサムネをみて、
股間をおっきさせてスイマセンしたっ!




ほかにも、ネットのポルノサイトの~~~~」




(懺悔は永遠に続く)

 

 

 


 

 

(その3からの続きです)

 

 

 

 

(こちらもお気軽にどうぞ~♪)