どうも「あの件」について、納得がいかない。
(すみません、キーワード検索で引っかかるとめんどくさそうなので、曖昧に;;;)
私は科学には全く明るくないので、内容的にとやかく言うことはできませんが、
ネット上で、あの発表に対し、匿名での反論が持ち上がってから、
この問題が大きく浮上することになったと聞いています。
納得できない点①
そういう匿名の反論がなければ、公はそれで良しとしてしまっていたのではないのか?
一度は鳴り物入りではやし立てたのはなぜか?
おかしいと思ったら、どうして発表を見合わせさせたり、思いとどまらせたりできなかったのか?
それをどうして騒ぎが大きくなってから、「今さらながら」の感で、再調査などをするのか。
上席の者、共同研究者には責任はないのか?
科学の世界ではわかりませんが、会社ならそんな風に考えますよね・・・
納得できない点②
これは毎度のことです。
あれだけ本筋とは違うことでも囃し立てておいて、
今度は全力で再起不能になるまで叩き潰すようなことをする・・・
全部とは言いませんが、マスコミはどうしてそういう報道しかできないんだろう???
あれを毎度やるから、その風潮がいろいろなところに蔓延して、
ひいては、子供のいじめの原因なんかにもなっているような気がしています。
悪いところと擁護すべきところと、両面を公正に伝えればいいのに、
「この人は悪で行こう!」と決めたら、もう悪人に仕上げて、ステレオタイプに報道する。
どこかで揚げ足をとろうと、突っ込みどころを探す・・・
日本人は、メディアリテラシーの勉強をほとんどしてきていないから、
テレビの・・・それも無責任なタレントコメンテーターの言うことを、吟味なしで100%信じてしまったりします。
はあ・・・って感じです。
またまた、まったくあさっての方向で、バッシングしたり、興味本位のことを書いたりする・・・
もう、お話にならないです。
◆
今回の事象だけに限らず、
どうもそういう風潮が私は嫌でたまりません。
確かに間違っているところがあれば、
(この事象についての真偽は分かりませんが)
正す必要があります。
そこはまっすぐ「違う!」と言うべきだと思うし、フェアに論争をすればいいと思います。
しかし、間違いをきちんと諭す、チャンスを与える、
そしてそれを後世につなげる、未来につなげる・・・
と言うことをしていかない限り、人は育たないし、国も育ちません。
間違いを正す必要はあっても、そのひとを潰す必要は全くない・・・
教育機関はそんなことを目的とはしていないでしょう?
まあ、いろいろドロドロしたものはあるんでしょうけれど;;;
若い人がいろいろなことにチャレンジしていかれるように、
年長者は門戸を広げ、チャンスを与え、経済的に支援し、時には責任をとる・・・
そうでないといけないよなあ・・・と思うんですけれどもね。
◆
今回の研究は、明るい未来につながる明るい研究です。
彼女の研究が、未来への一石を投じているのなら、ぜひ繋げていってほしいと考えます。
私は「成果主義」オンリーというのが、実はあんまり好きではありません。
人間、そんな完璧に生きられるはずがないし、
皆どこかで失敗をし、それを糧にここまで生きてきていると思うからです。
失敗が許されないのなら、ほんの一握りの人しか、生きている価値はなく、
他はいてもいなくても同じ人・・・ということになってしまう。
そんなことは絶対にないでしょう?
躓いて、学習して、再チャレンジの場をもらって、また一つ大きくなっていく・・・
それでいいんじゃないですか?
どうして執拗に、必要以上に、失敗や過ちを叩くんだろう・・・
(倫理的、人道的に許せないことはもちろんありますけれどもね)
叩く方はそこまで完璧な人間なんでしょうか?
子供を育てた経験のある人なら、そんな風に思いませんか?
かなり偏った見方であるとは思いますが、お許しください。
非常にもやもやとした気持ちになったので、気持ちを文章化してみました。















