/// な い も の ね だ り 。 -9ページ目

寒さが増す11月6日。

この今の気温くらいから
冬ってゆう匂いがやってくる気がしませんか。
おはようございます、今日の起床は3時半。

体調には細心の注意を払って
食事やヨーガなんてしてたりするのに、
最近はちっともそれを裏切られる。

「息をするのを忘れる」
その頻度が最近酷い。
本呼んでる時や睡眠中はとくに。
今日の眠りにもそれは4回くらいあって
寝て起きてびっくりして手足痺れての繰り返し。

病院にいっても処方されるのは大抵「ルボックス」
あれを飲むくらいなら、毎日この愚痴をいいながらやりすごした方がよっぽどいい。
医者とは仲良くやれない。

今日はバキバキテクノとグランジロックにまずいアメリカンコーヒーでいこ。
機嫌が思わしくないときはこれに限る。
クラブでチャッチャッッチャしたい、ムンパレNYオーナー仕込みのね。
yellow,Unit,ageHaあたり久々にいこう。


「退院したら」と言えること。

 昨日、大切な人がまた病院のベッドで過ごすようになった。
もう5回目くらいだろうか、入退院を繰り返して、三年が経つ。

病気を知ってから、やっぱり、うろたえた。
自分の中では、ここ三年とゆうのは善くも悪くももがいて歩いていた、結果的には「色々あった」と言うしかできないんだけれど。
走る・・・とゆうことは、このかた一度もしたことはなかったかもしれない。
小さい頃から口癖の様に父のジョーク混じりな「麻衣なんだからマイペース!マイペースにな。」がやっぱり無意識にあるようで。
速度とかではないけれど、最近はより鮮麗されたマイペース。
他者から見れば、それは「遅い」「わからない」と判断されるかもしれない。
ずっと育ててきてくれた親であっても、それはもどかしいと映ってしまう。
どんなに互いを「理解」していたとしても「わからない」はいたって普通で、その「わからない」を受け入れるとゆうことが辞書に載っている「諦め」の意味と帰結されることはないと思う。
もちろん、帰結されてもいいや、と。

ぐだぐだな話になったけれど、今は「静か」だと言いたいだけ。
大切な人の余命があとどれくらいであっても、それは静かなまま。

残された時をその人に注ぐこと、お世話をする、とか、実家に帰る、とか・・・
それをせずに東京で普通に朝起きて、気分が乗らないと登校せず、ふらふら公園いったり散歩したり。
そんな感じが親戚からすれば「馬鹿娘」になって怒られたりもする、「大切にしなさい」と。
本人は「手がかかる子で困ったわ。」と電話越しに毎回、静かに笑って言う。
21年間私を見てきた人たちでも、みんなの中の「私」はそれぞれ創りあげられて存在している。
それは、怒りとか「どうしてわかってくれないの」とならずに、「そうだね」と笑って言える様になった自分が今は凄い頼もしい。
理由付けとなってしまうかもしれないけれど、どんなに大切な人の予後に自分を注いでも
居なくなってしまったら「あの時」とか「もっと」とゆうのは自然に、自然にでてくるもの。
人ってゆうのは欲深いし、いつでも自己納得して事をおさめたいものであると思う、私も然り。
「行動」もどれがよくてどれが親不孝で・・・とゆうのは自分自身が選択して身を置かなければならない。
だから、やっぱり周りになんと言われようが、私は「馬鹿娘」でいい。
そう言えるのも、「困った子」と毎回言う大切な人に育てられて、「ヒトリアソビ」を21年間やってきたからだろう。

私に今できることは
今日一日のこと、同級生の結婚式の着物はどうしよっかとか、そんな普通の会話かな。
昔っから部活で帰ってきたら今日一日の出来事を話したり。
これはずっと変わらない日常。
それをあの人はにこにこして黙って聞く、それが一番のお互いの時間ではないかと思う、私がそう思うなら。


だから、「退院したら、次は奈良でも行こうよ」って四ヶ月先の話をわくわくしながら言える。



 今日は本は読めそうにない、音楽でも聴いてよ。




或るビルの3階のレコード屋にて、そして今日もチー

今日はランチタイムのバイトを終えて
ゆらゆらヘドフォン大音量で街を闊歩した。
「レコード40s~90s」とゆう赤い質素な看板が目に留まった。
白いビルの階段を3階まで上がっていったら、古着屋のような独特の匂いに10帖ほどの部屋にレコードがずらりと並ぶ。
毎日通る道なのに、知った気になってたのに、全くこの街を知らないと痛感しながらレコードを物色。
私の他に客はいない、店員のおじさんはぼーっとしていた。
”The Beatles" ”Carpenters” ”Leadbelly” "The Rolling stone" "Nirvana”
”Toto" "The Who" "Radiohead"などなどよく知ってる名前がちらほら見当たる。
店を切り盛りしているだろうおじさんが「何聴くの?」と。
『ビートルズとかトト、モンキーズもママパパも・・・70sから90sが好きなんです」と答えてみた。
そっから話は弾みに弾み、おじさんおすすめの曲をその店内には似合わないくらい素敵なステレオで聴かせてくれた。
部屋中の空気が揺れる、音が真っすぐ刺さってくる感じ。
ビートルズが当時録音した音源に一番近い音源とリマスター版の聴き比べも丁寧に説明しながら聴かせてくれたし、
私が好きなTotoやRadioheadの視聴も快く引き受けてくれて、部屋に色んな時代が流れる。
オーナーの昔のエピソードやエリッククラプトンのサインの話、
ビートルズはイギリス出身なのに音源はUSとJPの方がいいとゆう切り口からの日本の高度経済成長の話。
昭和の話、好きな女性の話、私みたいな子が以前この店を訪れてイギリスに永住した話・・・。
お互いのおすすめの曲を引っぱりだしてきては空気が揺れて・・・或る意味それが酒の肴であるかのような。
結局3時間くらいひたすら音楽を聴きながら会話を楽しんだ。
ここのオーナーの歳を聴くと父と同い年だった、父より少し老けていたけれど、
引っ張り出すレコード、レコードをいちいち説明するその姿は心地よかった。

残念ながら今日はレコードを買うお金持ち合わせていなかったから
またお金できたら来るねと言うと
「お金なくても音聴きに来なよ、会話だけでもしに気軽においでー、この店は客はいないからねえ」と。

もしかしたらオーナーが言ってた私にたいにどっか一人旅してビートルズの聖地に永住したってのは娘さんかな?と思い浮かんだりしながら
「またね」とバイバイした。

あいにくレコードプレーヤーがないだけに、あそこは私の音楽室になってくれそう。
口下手な私だけど、人と話すのは楽しいしね。
ああ楽しかった、

嬉しかったり、悲しかったり、何か自分の中で特別な日にはチーズケーキを焼くのが習慣になってきたここ半年。
今日はパンプキンのチーズケーキを(ハロウィン終わったのに)
クリームチーズは一人暮らしで毎回買ってると破産するから、豆乳でカッテージチーズを作って
チーズはとろけるチーズで代用。低カロリーかねてつなぎはおからにしてみた。
カボチャの身の黄色の層と皮の緑の層を作ってみたりして。
美味しいかはさておき、出来上がったのを見ると何か完結したような、そんな気分になる。
雪峰さんのヒトリアソビ。-091104_202619_ed.jpg

今日はオーナーから教えてもらった曲を聴いてゆったり本が読めそう。