ゲーム開始から数時間が経ち、既に複数の銃声が里奈たちの耳に聞こえていた。
里奈曰く、恐怖心から脅えての行動だろうと言う。

脅えた者は殺し合うーー優子は少しだけ険しい顔をしていた。

みなみは単純に、怖いなら隠れればいいと思っていた。だけど二人の持論は違うらしい。難しいことは分からない。

だけど、みなみは一つだけ思いついた事を口にする。

「だったら、二人以上で居る人は、何もしてこないのかな? 怖いから一人でいて、誰かを殺……すんだったら、二人で居るってことは、何もしないってこと、かも?」

みなみなりの持論だったのだろう、たった一人しか生き残れないこのゲームで、二人以上で居ると言うことは、少なくともやる気がないと言うことになるのではないか。

里奈が小さく「そっか……」と呟いて、「みなみ、すごーい」と頭を撫でた。

優子もまた、驚いた顔でみなみを見る。そして、「ふふ」と微笑んだ。

「前の時も同じこと言ってた子居たっけな。確かに、それはほぼ正解だよ」

ただ一つ違うことがあるのだとしたら、脅えた者だけがやる気になっているわけではない、と言うこと。このゲームの一番怖いところは、醜い本性が露呈してしまうことなのだと。

だが、今はそれは隠しておこう。それが正解かどうかはともかく、今は知る必要もないのだから。

そんな二人のやり取りを懐かしむ顔で見て、優子は一度立ち上がった。辺りの警戒は怠らない為でもあったのだが、立ち上がった目線の先に、誰かが居た。
眼の前わずか十数メートルの茂みの奥に、川村真洋が、拳銃を握って立っていた。














桜井玲香と若月佑美は、島の中伏に位置する倉庫の中に隠れていた。
学校から西側に位置する島唯一の倉庫には、使い古されたフォークリフトと、所々割れているパレットの山が積み上げられている。
垂れ下がった裸電球が点くのは、佑美が確認済みだったが、銃声を聴いた今、わざわざ居場所を教える必要もないと消している。

麻生地の布が入った段ボールのある窓からは、月明かりが射し込んでいた。薄暗い中で、二人は寄り添うように壁に背を向けて座っている。

最初の銃声からどれくらいの時間が経っただろうか、体感的には二時間は経っているように感じた。

沈黙の中、玲香がポツリと呟いた。

「私たち、助かるよね……?」

暗闇に、不安な声が宙を舞う。

「……うん。多分」

安心感を求めた回答は、曖昧な返事で濁された。
少しキツめの声色で、玲香はさらに問う。

「私のこと、助けてくれるよね?」

佑美の胸に小さな違和感が浮かんだ。

「……うん」

その返事に満足したのか、玲香は自身の背を壁に預けた。
風でカサカサと葉音が鳴る。首筋に通り抜ける冷たい風が、心地良い。

「もし、誰かに襲われたらさ、絶対守ってよ」

念を押すその言葉に、佑美の小さな違和感が、ふつふつと大きくなっていく。

「……」
「どうしたの? なんで黙ってんの?」
「……ないの?」
「え?」

玲香の声のトーンに対して、佑美の声色は先程から低く小さな物だ。聞き取れずに玲香が身体を、起こして覗き込んだ。

「なんで、私だけが守らなきゃいけないの?」

それは至極当然の疑問。二人に上下関係も無ければ、性別も同じなのだ。

「だって、わか……」
「私だって怖いのに? 私だって守ってもらいたいよ!? なのに、なんで私に求めるわけ!?」

突然の咆哮に玲香が身を竦めた。

「ごめ、だって、」
「うるさいっ!」

佑美の武器、アイスピックを持つ手が弧を描いた。振り払うだけのつもりが、無残にもその先端は玲香の右目に突き刺さる。

「ーーあ、ああああ!」

激痛に叫び声が轟く。玲香の右目玉は数ミリの穴を空け、月明かりに照らされた鮮血が、噴水のようにほとばしった。

蹲る、転がる、ギリギリと歯を鳴らす、再び声にならない声で叫ぶ。

右目が心臓のように、ドクンドクンと脈打つ度に痛みが駆け巡った。

「玲香が全部悪いんだよ」

非を認めなかったのは、芽生えた違和感がそうさせるのか、それともプライドがそうさせたのか。

蹲る玲香の左目が佑美に助けを請う。
こんな目にあっても、まだ助けがいるのか。どうして分かってくれないのか、佑美は小さく舌打ちをした。玲香の頭に足を乗せると、ぐりぐりと踏み躙る。

「さっき、言ったよね? どうして私が守らなきゃいけないの?」

うーうー唸る玲香の髪を掴んで、地面に叩きつけた。


違和感は、快感へと変わっていく。


「いた、いた……い……たす、け……」
「まだ分かってくれないんだ? 私だって女の子なんだよ?」

地面に転がっていたアイスピックを拾いあげると、振り上げた。玲香が反射的に顔を庇ったのを見て、佑美は何故か満足そうな顔をした。

「助けてあげようか?」
「……え?」

突然の救いの手、伸ばさない者などいない。

「だったらさ、土下座してお願いしなよ」

自分でも何故こんな事を言ってるのか不思議だった。だが、何故か口が滑らかに動く。気分は最高だった。


快感が、優越感に。


痛みを堪えて土下座した玲香に、投げ掛ける残酷な答え。

「でも、助けなーい」

佑美は玲香のバッグにあるマシンガンを手に取ると、標的に向かって銃弾を数十発放った。


優越感は、達成感に到達して、


「ごめんね玲香。私だってさ、女の子なんだよね」


完結した。













新内眞衣は、自身の武器である刃渡十五センチ以上あるナイフの切れ味を試していた。木から延びる蔓を何度も斬る。数分繰り返した後、ハンカチで丹念に磨き上げてから、大事そうに鞘に収めた。

先程耳にした銃声のせいか、警戒心は強まっている。
あれが誰かを殺した何かなら、いつかはきっと対峙することになる。その時に怯えないように、眞衣はナイフを右手にしっかりと握った。

出発した直後、眞衣はどこを走ったかさえ覚えていなかったが、気がつくと山の上の方まで登っていた。視界に映る海が月の明かりで乱反射していて、昼間だったら綺麗なんだろうなと思った。

そして、バッグの中身を確認すると、武器であろうナイフで眞衣はお手製の隠れ家を作った。隠れ家と言っても、茂みにナイフで空洞を作り、上から草葉を被せただけの簡単な物だった。
隠れると言うより、安心を得る為の秘密基地のような物だ。

朝陽が登ったら山を降りよう。そして、ここから逃げ出す手段を探すのだ。それまでは、先程の銃声を放った人物には、なるべく出会いたくない。

あれこれと考える。そうしていると、ガサガサと何かが動く音が聞こえてきた。眞衣の心臓がざわざわと高鳴る。

眞衣の作った隠れ家からでも、その音が近づいてくるのは分かった。

距離にして五メートル程先から、「ふふっ」と笑い声のようなものが聞こえる。そして、

「なんで孫の手、ウケる」

きゃはは、と笑うその声に聞き覚えがあった。

眞衣はカタカタ鳴る奥歯を噛みしめると、隠れ家からそっと瞳を覗かせた。

「あー、笑った」

その声の主は、やはり未央奈だった。笑いすぎたのか、お腹を抑えて深呼吸をしている。

何故未央奈は笑っているのか、眞衣には理解出来ない。それに、あの手に持ってるのは、銃。
信じられないと言った表情で顔を引っ込めた。

まさか、先程の銃声は未央奈なのか? だとしたら、自分も見つかれば殺される?

この状況で笑っている未央奈が恐ろしい。

眞衣の身体は先程よりも激しく震えていた。

ああーー神様お願い、助けてーー。どうしてこんな簡素な隠れ家を作ったんだろう。気づかないで。

その願いは叶うことは無かった。

「見ぃつけた」

眞衣の作った隠れ家の入り口から、微笑を浮かべた未央奈の顔がぼんやりと浮かんでいた。













「ーーそっか……ほっちゃんが……」
みなみは全てを話した。隠す必要もなかったから。甘いと言われるかもしれないが、隠すよりも、全てを話して未央奈を正気に戻す方法を一緒に考えたい。そう思った。

「銃声が鳴ったから来てみれば、やっぱり”やる気”になった子が出てきたってわけか」

優子が腰に手を当てて空を見上げた。何かを思い出しているのか、視界の先になにか見えるのか、みなみには分からなかった。

「怖かっただけだと思う」

里奈が優子の「やる気」発言に反論するように語調を強めた。

「いきなりこんなことになって、一人でこんなとこに居たら、誰だって不安で怖いよ」
「だったら、なんで仲間に出会ったのに撃ったんだろね? 安心感から脱力しちゃったとか、泣いちゃったとかなら分かるんだけど、普通、撃つかな?」

ぞんざいな口調で言う優子に、里奈が鋭い目つきで睨みつける。優子はわざとらしく「おお、こわ」と言った。

「ほっちゃんはそんな子じゃない! メンバーを殺しちゃうような子なんかじゃ……」

瞳に涙を浮かべて声を荒げている里奈に、優子はある人物の影を重ねていた。

「そう。あんたがそう言うなら、そうなのかもね」

六年前にも同じようなことを言ってた子が居たな、と思い出す。自然と苦笑が漏れた。

優子が自分を笑っているのだと勘違いした里奈が怒る横で、みなみが先ほどからバッグを抱きしめているのを優子は気になっていた。
ふと、みなみに問いかける。

「バッグ、どうした?」
「え? えと、あの……」

突然矛先が自分に向いたみなみは、慌てて取り繕おうとする。

「中、見た?」
「いえ、見てないです」
「じゃあ、武器の確認もまだなんだ?」

優子が自身の武器(と言っても、本来は里奈の物だが)を掲げて見せる。そして、「見せてよ」と言った。

一瞬だけ躊躇いがちにバッグをギュッと抱き寄せたが、みなみはすぐにバッグのジッパーに手をかける。

「水とかあったから、飲んだら?」

みなみの頭を里奈がよしよしと撫でる。小さく「うん」と応えたみなみが、中から武器らしき物を取り出した。

「え? それって……」

里奈が唖然とした表情でみなみの取り出した物を見つめた。

「おもちゃだよね?」

みなみも同じく唖然とする。

それは、誰がどう見てもおもちゃだった。
プラスチック製の素材で出来た赤いハンマー、柄の部分は黄色い。みなみは思わずそれを里奈の頭に打ちつけた。

ピコ、と間抜けな音が鳴る。

「ちょっとぉ、みなみちゃんひどーい」

笑みが零れる。もう一度、今度は地面に打ち付けると、またもや、ピコっと音が鳴った。

「ハズレだね? これ、どうしたらいいですか?」

里奈が優子に問いかけたのは、優子が持っていた鍋の蓋を船着場のベンチに捨ててきたからだ。

優子は目を細めてみなみの持っている玩具を見ている。それは何かを懐かしんでいるような表情だった。子供の頃でも思い出したに違いないと、里奈は思った。

「優子さん?」里奈がもう一度呼ぶ。

優しそうな笑みを浮かべた優子が、みなみからそれを取り上げて、木の幹に打ち付けた。

ピコ。

「そうだなぁ、持っていった方がいいかも?」
「え?」

意外な答えに二人が驚く。

「少なくとも、私はこれに命を救われたからね」

「縁起はいいかも」そう言うと、玩具をみなみに投げ返す。

二人が目を合わせ、同時に首を傾げると、優子は一つ伸びをして「さあ、そろそろ行こうか」と二人に告げた。

里奈は思う。優子は何故このゲームに参加をしたのだろうか。そして、六年前にこの島で何が起こったのだろうか、と。

ふと見せるその表情を見てると、優子が殺人鬼だったとは到底思えなかった。