どれくらい走っただろうか。肺の限界をとうに超えたにも関わらず、みなみは走り続けていた。
背後から聞こえた二度目の銃声に足を止めかけそうになったりもしたが、それでも走り続けた。

森の中を抜けたとき、ようやくみなみは足を止めた。果てるように地面に足をつき、荒い呼吸を整える。追っ手がいないかと耳をそば立てた。

どうやら大丈夫らしい。ほっと胸を撫で下ろし、胸に抱えていたバッグを地面に置いてから、一休みした。

自分にとって信用できそうな仲間が、豹変した。ただーー

みなみは、そんな未央奈を美しいとさえ思った。
自分に銃口を向けたにも関わらずだ。弾丸を自分に向けて撃ったにも関わらずだ。

その一瞬の光景が、凄く似合っていた。

「でも……やっぱり怖いよ」

寂しそうにぽつりと呟くと、いつの間にが涙が溢れていた。地面にぽつぽつと斑点模様を作る。
一度溢れた涙は止まることを知らない。

みなみの記憶が先ほどの未央奈を思い返す。ぐにゃりと歪ませた笑顔と、耳に残る笑い声。
いつもの未央奈とは何かが違った。

普段見せる笑顔とも違う。みんなで馬鹿やって笑うのとも違う。二人で秘密の話をするときの微笑みとも違う。ふとした瞬間に目が合った時に見せる微笑とも違う。目上の人に見せる愛想笑いとも違う。

あんな笑顔を、未央奈は持っていたのだ。

物思いに更けていると、目の前の道から二つの影が近づいてくるのが分かった。

「もう少し、ゆっくり歩いてーー」
「知らねえよ、勝手に着いてきたのはお前ーー」

二つの影が目の前で止まった。どうやらみなみの存在に気付いて驚いているようだ。

ーー見つかった。

そう思って、みなみは俯く。

「みなみぃ、大丈夫? 泥ついてる」

一つの影がみなみにそば寄ると、肩に付いた泥を叩いて落とした。

舌ったらずなその喋り方は、よく知るものだった。

諦め俯いたみなみの顔を覗き込むのは、生駒里奈だった。

「生駒ちゃん……?」
「そだよ。みなみ一人? もう大丈夫だよ」

何が大丈夫なのか、明確な理由はないが、里奈なりに安心させようとしてくれているらしい。

舌ったらずなその声に、みなみは幾分落ち着きを取り戻す。

里奈が必死に喋っているのを見て、自然、笑顔になる。

そこで、ふとみなみはもう一つの影を思い出して、顔を上げる。

そこには、何故か、大島優子がいて、何故かこちらを見て微笑んでいた。










 


手のひらを叩いた時の何倍もの大きさの音が、井上小百合の耳に届いた。
小百合にはそれが銃声だとは分からない。いや、分かるはずがなかった。

「なんだろ……?」

俯いてた顔を夜空へと巡らせる。木々の隙間から覗く空には、いくつもの星が瞬いていたが、今の小百合にはそんなことはどうだってよかった。

訳の分からないまま皆の側から放り出され、重たいバッグを抱えて山道を登った。
一息ついて、バッグの中身を漁ると、中には水の入ったペットボトルが二本と、僅かな食料とコンパス。あとは、何故か孫の手が入っていた。
ペットボトルのキャップを外し、口をつけて喉を鳴らした。
夜の山道は遭難する。そう思った小百合は学校からある程度離れた場所で、朝陽が昇るのを待っているつもりだった。
それが先ほどまでの小百合の動向だ。

銃声の後に聞こえた笑い声は、風に妨げられることがない。

夜啼き鳥がパタパタと羽ばたくのを見届けて、小百合はそっと立ち上がった。

「あっち、から……?」

風が吹いてくる方をじっと見添える。何故か手には孫の手が握られていた。

聞き覚えのある、特徴的な笑い方。
少し考えて、それが未央奈のものだと気づく。

正解を導きはしたが、それは逆に小百合に恐怖を覚えさせた。

なんで笑っているのだろう。

疑問と恐怖な混合する。

刹那、今度は足音が近づいてきているのに気付いた。
それは風の吹く方角から。

木と木の間に笑顔が浮き出る。

思わず息を飲み込んだ。

「孫の手……?」

笑い声の正体が正解したことを、こんなに嬉しくないことなんてない。

小百合が持っている孫の手が、未央奈は可笑しくて仕方がなかった。
一度笑うとどうにも止まらなくなってしまうらしい。未央奈は口に手を当てて、しばらく声に出して笑った。

「な、なに……? ドッキリ?」

カメラは見当たらないが、もしかしたら遠くから赤外線カメラで撮っているかもしれない。
だとしたら、今起きてることも、先程教室で受けた説明も納得がいく。

だって、おかしいもん。メンバー同士で殺し合いしなきゃいけないなんて。

緊張から深いため息を吐くと、小百合は孫の手を足元に落として未央奈の元へと一歩歩みを進めた。

途端、未央奈の笑顔が固まる。

「あれ? 武器、捨てちゃうんですか?」
「え……?」
「試合放棄ですか? 脱落希望なら、今すぐ消えます?」

吊り目がちの瞳は瞬きをすることを知らない。
吸い込まれそうなその瞳で、小百合をじっと見つめている。

「ううん、消えちゃえ」

言うと、未央奈の右腕から鉛弾が二発放たれた。

一つは腹部を、もう一つは頭部に、小百合の身体に二つの穴を開けた。

何が起きたのか分からない。だが、未央奈の手にある拳銃を見て、小百合は撃たれたのだと気付いた。
仰向けに倒れ、そのまま瞳を閉じたのは、視界が自身の血で奪われたからだった。

意識がなくなる。

最後に小百合が理解したのは、先ほどの音が銃声だったということだけだった。


「孫の手、面白すぎ」

小百合が死んだのを確認することなく、未央奈は踵を返して死体を跡にした。













銃を撃ったのは初めてだ。
しかも人を狙って、躊躇いもなく。

「逃しちゃった」
別段残念そうでもない声で呟く。

「ま、いっか」

次見つけた時は確実に狙えばいいし。問題無い。
未央奈からすれば、みなみは圧倒的弱者だ。泣いて叫んで、尻尾を巻いて逃げる。

そんな奴は、

「いつでも殺せるし」

言ってから笑みを浮かべた。
先ほどのツボに嵌った笑いとは違う、悪戯を思い付いた少年のそれのような笑みを浮かべた。

それから、未央奈は自分が放った拳銃、S&Wに目をやった。

初めて撃った銃は、しっかりと身体で衝撃を受け止めたはずなのに、まだ腕が痺れている。
だが、何とも言えない快感が身体中を巡ったのも事実だ。

生き残りたいという願望が未央奈を変えたはずだったが、銃を撃った快感がまた、未央奈を変えた。

こうして深い闇へと堕ちていく。

「生きたい」から「殺したい」

そして、

「死ね」

へと。


再び笑いが込み上げてくる。

自分の笑い声が島中に聞こえるように、未央奈は空を見上げて、大声で笑った。